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9話 やかましいけれど、可愛い後輩



ゆさ、ゆさ……ゆさ、ゆさ……




誰かに身体を揺すられている。


意識は完全にはハッキリしていない。まだ微睡の中におり、全感覚がいつもより遠くまるで分厚いフィルターを通しているかのようだ。


ただ誰かによって身体を揺すられているということは分かる。



…………輩………………先輩……



ああ、声も聞こえ始めた。俺を呼ぶ声が。


俺を「先輩」と呼ぶ人間は限られている。なら、俺を呼ぶのは……


呼ばれているのであれば、このままというわけにもいくまい。呼びかけにはしっかりと応じるべきだろう。






すっごい怠いけれど。








「あ、やっと起きた」



そんな声が上から降ってきたため、それを辿って顔を上げると誰かの顔が視界に映った。


霞んでおり顔がよく見えないため、俺は瞬きを数回し目を凝らす。


クリアになった視界に映ったのは可愛く、やかましい俺の後輩女子だった。


少し呆れた顔で俺のことを見下ろしてくる。



「先輩、こんなところで寝てたら風邪ひいちゃいますよー?バックルームは暖房切ってるんですから」



言われて俺はようやく身体を起こし辺りを見回した。


そこはいつも見慣れた店のバックルーム。


スタッフのロッカーと長机、店で使う備品の数々、そして相も変わらず店内の様子を映し出しているテレビモニター。彼女と一緒にシフトに入っている朝勤さんがレジ対応をしている姿が見える。


自分の身体を見ると上着が着込まれ、もう帰る準備万端と言った風だ。


壁に掛けられた時計は退勤時間をとっくに過ぎ、本来であれば家でくつろいでいるか眠りこけている頃をさしている。



俺は一体何をしているのだろうか?



思い出そうとして、しかし上手くいかず、首を傾げていると「忘れちゃったんですかぁー?」と言って後輩女子がより一段と呆れた顔を向けて来た。



「仕事が終わってから大学生の先輩とここで話してたじゃないですかー?」


「あー……」



言われて徐々に思い出してきた。





仕事が終わり退勤しようとしたところで、昨晩勤務中に相談された件について後輩男子に捕まったのだった。


自分の彼女との馴れ初めや自分の彼女がいかに良い女なのかということを延々繰り返し語られ、それを聞き流すという実に不毛な時間を過ごしたのだった。


まったく興味がなかったため早々に話を打ち切り帰りたかったのだが、思った以上に後輩男子の押しと拘束力が強く結局ずるずると聞く羽目になった。


「夏休みに二人で旅行に行った思い出」の辺りまでは覚えているのだがそこからの記憶が不鮮明だ。どうしたのだろうか?



「先輩話の途中で寝ちゃって、起きないからって大学生の先輩今度は私に同じ話始めたんですよ」



寝落ちか。


まぁよっぽどウンザリしていたんだろうな、俺。


結果的に後輩女子には悪いことをしてしまったかもしれない。



「で、仕事中だから邪魔ですって言ったら大人しく帰っていきましたー」


「……」



わぁ……



彼女らしいと言えばそうなのだが……実に辛辣だ。冗談めかしたトーンならまだしも……恐らく違うのだろう。



よっぽど鬱陶しかったんだろうな……。



仕方がないと思いつつも、その一方でバッサリと切られ、肩を落として帰って行く後輩男子の姿を思い浮かべると少し気の毒にも思う。俺が彼の立場だったら耐えられない。


「超メンドくさかったんですよー」となおも文句を言っている彼女を横目に、俺は人知れず後輩男子の心を案じた。






「先輩は私とお話しすることはないんですかー?」


「あ……?」



もういい時間なので(とは言えまだ朝なのだが)今度こそ家に帰ろうとしたところでまたも後輩女子が話しかけてきた。


バックルームのドアノブを握ったまま振り返ると後輩女子がパイプ椅子の背もたれに手を置きながら訊いてくる。



「いや……ないけど」


「えーー!ないんですかー?」


「むしろ何であると思ったの?俺何か話してたっけ?」


少なくとも俺にその覚えはない。業務以外のことでもこの娘とは頻繁に話をするが、後に尾を引

くような話はなかったはずだ。



「そういうわけじゃないですけどー……偶にはいいじゃないですかー」


「よくないよ……俺もう眠いんだよ。早く帰って寝たいの」



じゃっと片手を上げると俺は扉を開けて外に出ようとして、しかしそこで彼女に腕を掴まれて再度バックルームに引き戻される。そしてそのままドカッとパイプ椅子に座らされた。



「どういうつもりだよ……」


「そんな冷たいこと言わないで少しで良いからお話しましょうよー。ほら、お菓子もありますよー」



そういって長机の上にあったクッキーの箱を突き出してくる。



「菓子なんかで釣られるかよ……。お前勤務中だろうが。働け!あと他のスタッフに迷惑かけんな」



丁度混みあう時間帯だ。一人で回すのは中々にしんどいだろう。



「今空いてるから大丈夫ですよー」


「あ?そんなわけないだろ。この時間帯で空いているわけ……」



言いながら店内を映すモニターを見てそして言葉に詰まった。モニターが映し出す店内には朝勤さん以外誰の姿もなかった。



「今日日曜日ですよー。いつもよりお客さん少ないです」



言われて今更ながらに今日が日曜日であることに気づく。本当に曜日の感覚が狂ってしまっている。



「と、言うわけでお話ししましょー」


「えー……帰りたいんだけど……。そんなに話がしたいんだったら先輩の話聞いてやればよかったじゃないか。嬉々として話してくれたと思うぞアイツ」


「大学生の先輩は自分のことと彼女さんの自慢しかしないから嫌です。あと私のことを見る目がいやらしいです」



アイツ何やってんだよ……。



女好きな奴だということは分かっていたがやはり節操がない。昨夜真剣な顔で彼女のことを語っていた彼はどこへ行ってしまったのか……。


同じ男性として可愛い女子に興味をもつ気持ちが分からないわけでは決してないが、少しは自重するべきだと思う。



後輩の女子から×をつけられる彼を可哀そうにと思わなくもないが、事実そうなので擁護できない。自業自得だ。



「まぁ……その通りだけどさ。本人には言うなよ?」


「善処します」


「それ絶対無理なやつだよな……」



俺ははぁと溜息を一つすると背もたれに身体を預けた。



「で、何話すの?」



俺が諦めてそう言うと後輩女子は嬉々としてパイプ椅子を引き俺の前までやって来ると腰を下ろした。








ご覧いただきありがとうございました。

有意義な時間を過ごしていただけていたら幸いです。


次回の更新は10/1(日)の予定です。

またお会いできることを願っております。

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