43 宣言
「鈴音が死ぬかと思ったら、冷静ではいられなかった」
喧騒の中で、黒曜が囁く。
「もう二度と、こんな思いはしたくない。どうか、ずっとこの腕の中にいてくれ」
「え?」
「鈴音も榮の国も、どちらも生涯かけて守ると誓う」
顔から火が出るかと思った。
鼓動が激しすぎて、胸が破けてしまいそうだ。
見上げると、少し潤んだ黒曜の瞳があった。
まるで深い湖のようなその色に、見入ってしまって言葉が出ない。
「黒曜……」
それでもどうにか紡いだ言葉は、甲高い叫びによって遮られた。
「これは一体どういうこと!?」
振り返ると、皇太后と一人の老人が集まった北衙に槍を突き付けられていた。
しかし皇太后は怯えるでもなく、不愉快そうに眉を顰めている。
「我々は後宮に逆賊ありとの知らせを受け、参上つかまつりました。ご覧の通り、逆賊はあなた方の招いた雑技団の中に身を潜めていたようです。これは責任問題になりますよ」
深潭は、罪を宣告する裁判官のようにはっきりと言った。
「わしゃ知らん! はめられたのじゃ!」
老人が騒ぎ立てる。彼こそが雨露なのだろう。他の宦官に比べて、いっそう煌びやかな服を着ていた。
「聖母神皇、何か言ってくだされ! わしは何も知らん! 逆賊などとんでもない!」
「ええい五月蠅い! その老害をとっとと叩きだしてしまえ。折角の祝宴が台無しじゃ」
「聖母神皇! それはあんまりじゃ! もとはと言えばあなたが……」
「五月蠅い五月蠅い! もうその者の首を切ってしまえ!」
それからしばらく、二人は言い争いを続けた。
地位の高い二人なので、誰も下手に口を挟むことができないのだ。
どうするのだろうかと黒曜を見上げると、彼はまるで深潭のように気難しい顔をしていた。
黒曜が前に進み出たので、なんとなく私もそれに従う。
「……義母上ははうえ」
彼の一言で、諍いは止んだ。
「雨露にはよくよく事情を聞いた上で、処分を決めます。―――連れて行け」
その声にすぐさま反応した兵士が、老人を引きずるように連れ去ってしまう。
掴まれた時は何事か言っていた雨露も、少し行ってからは項垂れてもう何も言わなくなった。
後宮を牛耳っていた老人の末路は哀れなものだった。
栄華を誇った皇太后も離宮での蟄居を申し付けられ、以降死ぬまで不自由な生活を送ることになる。
***
皇太后がいなくなった後も、私は後宮に残った。
余暉の許に戻らなかったのは、黒曜の近くにいたかったからだ。
今は毎日、尚紅の女官として忙しく暮らしている。
日本のことはもう、あまり思い出さなくなった。
勿論恋しい気持ちはあるが、この世界にも大切な人はいるからだ。
「化粧師、陛下のおなりです」
「はーい!」
もし日本に帰れても、帰れなくても。
後悔しない人生を生きたい。人生は一度きりだから。
―――叶うなら、ずっとこの人の近くに。
そう願った私を見て、黒曜はうっすらとほほ笑んでいた。




