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三十五章 “突撃獣”

 象の様に巨大で、チーターの様にしなやかで、亀の甲羅のように頑丈な体を持つ獣。

名を『エインゲンバー』、通称『突撃獣』だそうだ。


   「あのヤロー……」

   「あ、アハハ。仕方ないんじゃないですか?あんなに美味しいお肉を御馳走になってしまったのですし。」


 エインゲンバーの額には一本の立派な角が生えており、その尖った先端は先程巨大な岩に綺麗な円形の穴を開けた所だ。頑丈で、尖鋭で、そして格好良い。って最後のは関係ないな。


 エインゲンバーはその通り名の示す通り、額の角をこちらに向けて突進してくる以外の行動をしない。

故に動体視力という特殊技能を持つ上に身体能力的にはそれなりに優れている駄目人間である俺を始めとして、フィニだって突進自体の回避はそれほど苦ではない。

かと言って、それが現状を楽にする理由にはならないのだが。


   「来るっ!」


 俺がそう言うと同時、やっと岩から角を引き抜いたエインゲンバーが再びこちらに照準を合わせ、突進するべく地面を足で掻き始める。


   「はい。」


 それに対して、俺達はすぐさまサイドステップで避けるべくやや腰を落として構える。


 そんな俺達の準備を知ってか知らずか、エインゲンバーは構わず突進を開始する。当然、俺にもフィニにも当たらない。


   「で、どうしよっか?」

   「どうしましょう?」


 フィニも困ってる感じ。


   「依頼内容は捕獲……でしたら……」


 フィニの無敵の言霊の出番である。


   「≪拘束≫」


 フィニがエインゲンバーを指差してそう言うと同時、地面から伸びる無数のロープが振り向きざまのエインゲンバーの体に絡みついた。

雁字搦めになったエインゲンバーの動きは封じられる。


 しかし……


   「で、どうしよっか?」


 同じ問いかけ。


   「どうしましょう?」


 フィニの反応も同じく困って頭を傾げた。


 暴れるのである。

このままじゃあ持ち運べない。


 いや、そもそも象に様に巨大な生き物である。

とても俺とフィニだけで運べる重さではないだろう。


   「まずは……こうしましょう。≪昏倒≫」


 捕獲され、なんとか抜け出そうと暴れているエインゲンバーを再度指差してフィニはそう呟く。エインゲンバーは一瞬でフラッと倒れて気絶した。


 相変わらず、えげつない能力である。


   「で、どうしよっか?」


 再三の同じ問い。


   「どうしましょう?」


 やっぱりフィニの反応も変わらない。


   「≪浮け≫」


 浮いた。エインゲンバーの巨体が羽のようにフワリと浮いた。


   「これで運べますね。」


 言霊の便利さは異常である。




 そもそも何故こんな事になったのか説明しなければなるまい。


   「クク……全員食ったな?」

   「「「え?」」」


 三人揃ってアホみたいな声を洩らしたこの時のことである。


   「何、そんな不安そうな声を出す事は無い。別に取って食おうというわけじゃないからのぅ。」


 ちょっと安心。


   「依頼じゃよ。もともとここの騎士団の方へ依頼するつもりじゃったが、この国の騎士団は心が狭いからのぅ。」


 自分の所属する騎士団が悪く言われたのが悔しいのか、シュレンはやや唇を引き結んだ。


   「実はその肉、ワシが先程西の平原で仕留めて来た『フーガ』という獣の肉での。」

   「フーガ!?」


 フーガというらしい獣の名前にシュレンが過剰に反応した。

見れば、フィニも若干ながら驚いた表情をしている。


   「知っとるようじゃの。」


 いや知りませんが。


   「知っての通り、大柄の癖に臆病で『逃亡獣』と呼ばれるくらい逃げ足の速い獣じゃ。それ故、なかなか仕留める事も出来ず、市場にも殆ど出回っておらん。何が言いたいか分かるじゃろう?」


 分からない俺は駄目人間ですか?はいそうですね。その通りです。


   「ほんの一欠片でもなかなか口に出来ない高級品。食べた分は働いて返せ、と。」

   「小娘の方はまあまあ頭も回るようじゃの。もっとも、こんなことも分からないようでは人間をやめた方が良いかもしれんがのぅ。」


 人間までやめちゃったら俺はもうただの駄目・・じゃないか!?

あ、シュレン落ち込んでる。やっぱりお前も俺と同類なんだなぁ。ちょっと嬉しい。


   「そういうわけで依頼じゃ。ここから東の方へ20キリほど行くと、エインゲンバーの巣がある。言いたい事は分かるな?」


 そりゃあ俺だって分かるさ。

エインゲンバーなる生き物を見物したいからそこまで護衛しろってことだろ?


   「食べたいから捕獲して来い、ですね?」

   「その通りじゃ。」


 違った。


   「騎士の小僧も頭は悪そうじゃったが、流石にそれくらいは分かるか。もっとも、分からない方がどうかしとるがの。」


 俺はどうかしているらしい。まあ、今更か……泣かないぞ!


   「やっと分かりましたよ。トール=テン=ハリエニーラ……世界を渡り歩く美食家で、人の思考を縛る話術の使い手……」

   「ホッホッホ。ワシも有名になったもんじゃの。」


 なんか、それだけ聞くと、物凄く悪い奴っぽいよな。


   「それで、ワシの依頼、受けるじゃろ?」




 まあそんなわけで、こんなわけである。


 ちなみにシュレンは「午後は別の依頼で遠出しなければならないんだ。本当に申し訳ないが、この件は任せる」とか言って、騎士達の集合場所であるランクルート城の方へ行ってしまった。


 最初は逃げたかと思ったけど、本当に申し訳なさそうなその表情を見て、仕方なく認めた。


   「さて、帰りましょうか?」

   「そうだな。」


 駄目人間、もとい駄目と美女が並んで歩き、その後ろに気絶した象の様な巨体の獣がフワフワと浮いて付いてくる、という奇妙な構図がそこにはあった。

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