三十四章 “旅人の罠”
やっとなのか……やっと、この世界に来て初のまともな食事が摂れるのか!?
考えてみれば騎士昇華訓練の時の焼きそばみたいな何かも美味しかったような気がしないでもないけれど、やっぱりこうして食事としてちゃんと食うのは大切な事だよね、うん。
「あれ?良い匂いが……」
ふいにタンパク質の焦げる独特の芳ばしい香りが俺の鼻腔を擽った。
これは……まさか……
「む?」
自分の体よりも遥かに大きいその肉に下品なかぶり付き方をしているやや小汚い男がこちらを振り返った。
「あ゛ー!!」
と思わず叫んでしまった俺をどうか許して欲しい。
「誰じゃ貴様。ワシは見てのとおり忙しい。食事の邪魔をするでない。」
そう、例の山賊風の旅人男だ。いや逆かな……肉にかぶりついているその様子は、どちらかというと旅人風の山賊男だ。
ところで、俺はここで初めて近くでその男の風貌を見た。
近くで見ると、顔には歴戦の勇士でさえもこうは成らないだろうと言うほどの無数の傷跡が縦横無尽に走り、もはや整形手術でも元の顔を取り戻す事は出来ないほどに歪んでしまっている。
継接ぎだらけのボロボロの衣服の隙間から見える体には袈裟切りに巨大な傷跡が走っている。それも未だ血が滲んでいる様子からみて、新しい傷跡であるようにも見える。
だけどまあ、空腹もそろそろ限界に達し気味な俺にはそんな男の事情など知った事ではないわけで……
「よし奴だ!シュレン、捕まえろ!」
そう頭で思う言葉をそのまま叫んだ。
「いやケント、気持は分からんでも無いが、この場では私に彼を捕縛する権限は無いのだが……」
場所はシュレンが近道だと言って通った広場。そんな場所でこの男は肉を食っているのだ。
周りには先程肉を焼いていた時のように何事かと人も集まっている。
まあ今回は変な人がいると言うだけで先程の様に迷惑を掛けているわけじゃないから逮捕とかはできないのだろう。と、理性で納得は出来ても、空腹により極限まで苛立っている感情では理解できない。
腹減りと酔っ払いに理屈は通じないのだ。
「ええい!その肉を俺にも食わせろっ!!」
結局のところ、文句無い解決策としてあるのはそれである。何も問題がない。
俺の怒りは収まるし、空腹は満たされるしで悪い所がない。
「なんじゃ、そんなことか。ええぞ小僧。貴様も食え。」
「そう言うと思ったぜ。だが何度断られようと、俺は何としても、例え力尽くでもゴリ押しでも反則技を使おうとも、全身全霊を掛けてその肉を食べさせていただけるのですかっ!?」
肉ではなく一杯喰わされた感じだ……上手い事は言えていないが。
「そんなでかい声出さんでもくれてやるわい。ほれ、後ろの騎士と小娘も欲しいじゃろ?食え。」
そう言って男はわざわざ食べやすいようにでかい肉を一部切り分けて、俺とフィニ、それとシュレンに押し付けて来た。
「い、いいの?」
「なんじゃいらんのか?」
「頂きます!」
俺は徐に肉に齧り付いた。
マジで美味い。滴る肉汁が口の中で弾け、柔らかいその肉質は舌の上で蕩けるようだ。
これといった味付けは施されていないのに、ほんのりと感じる甘さは肉そのものの素材の味なのか。
あぁ……ご飯が欲しいなぁ。せめてパンか……兎に角炭水化物が欲しいよー
と、俺は遠慮なくお肉と頂いたわけだが、シュレンとフィニは若干戸惑った表情で渡された肉と男を交互に見比べている。
「ほれ、食え。何を遠慮しとる。食わんか。」
「いえ、名も知らぬ方に御馳走になるわけには……」
そこは真面目なシュレンのことだ。きっぱりと、とは言えないが断った。
「トールじゃ。」
「え?」
「トール=テン=ハリエニーラじゃ。ほれ、これで名も知らぬ他人ではあるまい。顔見知りじゃ。食えるじゃろ?」
良い人だ!?
「む……う……」
しかしまあ、そこで固まるシュレンはアホだ。
「私は……その……頂きますね。」
フィニは俺が美味そうに食べているのを見てか、空腹に耐えかねてか、おずおずとそう囁くように言って肉に口を付けた。
「!!……お、美味しい。」
驚いたように口元に手をやって、やや頬を赤らめながら感想を口にした。
「そんなにか!?……オホン。私も頂こう。」
結局、シュレンも肉の誘惑に勝てず、躊躇いがちながらも肉を齧った。
「クク……全員食ったな?」
その瞬間、トールは表情をニヤリと不敵に歪めた。
「「「え?」」」
そんな素っ頓狂な声を俺達三人は同時に洩らしたのだった。




