思案 “ケントについて”
フィニ視点
短めです。
駄目人間……ケントはよく自分の事をそう言う。
まるで、それが当然、自分はそうあるべきだという戒めであるかのように、ケントは何度も何度も言うのだ。
特に大きい声というわけじゃない。誰かに聞かせようというわけでもない。ただ、ケントが何かをするたびに、小さく、自分を律するように駄目人間だと口にする。
一体ケントは元の世界でどれほどの迫害に合ったのだろう……
自分が駄目人間だと、そう妄信的なまでに断言するケントは、元の世界で一体どれほどの重圧の中を生きて来たのか……
私には分からない。
ケントは駄目人間なんかじゃないと私は思う。
ケントは優しい、凄く……優しい。
ケントが行動する時、ケントは我が身を顧みていない。
例えば、村がカレイプスに襲われた時、ケントはカレイプスに踏み潰されそうになった女の子を見を呈して守ろうとした。
あのときのケントからは、その後助かる術を考えてあったとか、何かしらの打診があったとか、そんな雰囲気を一切感じ取れなかった。
それはつまり、ケントは何の見返りも求めずに、何の関係もない赤の他人の為にだって咄嗟に命を掛ける事が出来るほどに優しい。
そんな優しい人が、自分の事を駄目人間だと言い続けるなんて……私にはとてもケントの心理的な重圧を推し量ることができない。
私にベッドを譲り、ソファの方で横になるケントを見ながら、私はそんな事を考えていた。
「……≪ケントの疲労を取り除け≫」
既に静かに鼾をかき始めたケントを指差しながら、私は静かに呟く。
ケントは頬を少し緩めながら寝返りをうった……あ、ソファから落ちちゃった。
「うべっ」と呻き声を洩らしながらも、ケントはそのまま眠り続ける。
私はそれを見て、少し微笑んでから続きを考える。
私が元の世界で聞いた“声”は「別の世界で人生をやり直さないか」と訊いた。
ケントだって同様だったはず。ケントも、私と一緒で人生をやり直したかったんだ。
私は、この世界で、新しい自分を探していけると思う。
言霊を使って、そのたびに恐れられる自分じゃなくて、そのたびに人が喜んでくれる道を探していける自分。
私はやり直したい。
ケントはずっと引き摺っている。
元の世界の自分を引き摺って「どうせ自分は駄目人間だから」と諦める……それを悪い事だとは思わない。弱い事だとも……思わない。
そんな風に考えてしまうくらい、元の世界はケントにとってどうしようもなかったんだ。
でも、私はケントに新しい自分を見つけて欲しい。
自分を駄目人間だと蔑んで、それでケントにもある良い所を自分で見つけられないなんて、そんなのは悲し過ぎる。
私はケントの良い所を知っているから、ケントにも自分で自分の良い所を知って欲しい。
それは、難しい事じゃない筈。
「ケントは、強いですよね。」
自分の事を駄目人間だと思い込んでしまうくらいの重圧が常に掛け続けられるなんて、私には絶対に耐えられない。それなら、自身の行動の責任で化物と呼ばれる方がまだマシ。
私が化物だって呼ばれるのは、私の行動の結果だから、私はそれを享受しなきゃいけない。
でも、ケントはなにも悪くないのに、それで駄目人間だなんて、そんなの酷い。
私にはない強さ。
ケントは……
「≪ケントをベッドへ≫」
私はベッドの上で少し左にずれながら、言霊でそう告げた。
ケントの体が、スゥと浮いて、そして少しだけ大きいベッドの、私の隣にすっぽりと収まる。
「ケント、おやすみなさい。」
「グゥ……」
寝息で返事が返って来て、それに私は微笑むと、自分も目を閉じて、やがて眠りの世界に落ちた。