50 頑張った結果、幸せ。
王妃 ヴェロニカ・アズリオン 炎魔法
国王 アルト・アズリオン 水魔法
王弟 シエル・アズリオン 風魔法
王弟妃 リリアーヌ・マーロウ 雷魔法
罪人 ミレイア・ノクス 光魔法
「お、ヴェロのパン屋さんが開店だね」
アルトが仕事を終えて足を運んでくれた。
窯を開けた瞬間、焼き立てのパンの香りがふわっと広がる。
「ええ、久しぶりに焼いてみたけど。できるもんですね」
粉まみれの手を軽くはたきながら答える。
作業台には焼き上がったパンが並び、差し込む光に小麦の粒がきらりと浮かんで見えた。
炎魔法を使うのも久しぶりだけど、できるもんだ。
「母上~!パンを1つくださいっ」
そう言って駆け寄ってきた男の子は、アルヴィン。
勢いよくカウンターに何かを置いて、目を輝かせている。
アルトによく似たこの子は、もちろん私とアルトの子だ。
たしか、庭で遊んでいたはずだけれど、何を持ってきたのかしら。
「あらあら、どこでこんな石…ん?」
手にしたものを見て、一瞬動きが止まる。
これは、水晶。
お金になるやつじゃん…
「ははうえ~、僕も、パンくださぃっ」
少し遅れて、裾を揺らしながら近寄ってきた男の子はヴァレウス。
小さな手を一生懸命伸ばしてくる。
この子も、アルトと私の子だ。
ヴァレウスも庭で遊んでいたはずなのに、水晶を持ってきていた。
水晶といえば、王族しか入れない庭の、さらに高位なものしか入れない庭にしかないものだ。
「この水晶…おじい様とおばあ様のお庭に勝手に入ったの?…ちゃんと後で、ごめんなさいするのよ?」
しゃがんで目線を合わせながら言っていると「いいんだよ」と王と王妃…今は、退位して先王と先王妃になられたお二人がやってきた。
「さっきそこで会ってね。一緒に庭で遊んでいたんだ」
ゆったりとした足取りで、どこか穏やかな空気をまとっている。
先王の腕の中には、これまたアルトによく似た女の子、エルゼが抱かれている。
「私たちにもパンを売ってくれるかな?」
そう言って先王までも、水晶をカウンターの上に置く。
いやいや、水晶はいらないです。
困っていると、また声が聞こえてきた。
「ははうえ、僕も…」
小さな足音をぱたぱたと響かせながら、そう言って近寄ってきて私に手を広げて虫を見せた男の子はルシアンだ。
ルシアンも庭で遊んでいたはずだけど。
両手のひらの中で大事そうに包むようにしているそれは、まだ土の香りをまとった小さな命だった。
この子も、私とアルトの子…。
胸の奥が少しだけくすぐったくなるような感覚を覚えながら、しゃがみ込む。
ポンポン産むつもりはなかったのだけれど、男の子3人と女の子1人を授かることができた。
3人目の子が生まれたとき、シエル殿下がリリアーヌ嬢と結婚されて、いつの間にか側妃を求める声もなくなってしまったのだ。
リリアーヌ嬢とも、シエル殿下とも、相変わらず仲良くさせていただいている。
ただ残念なことに、シエル殿下の母君、側妃様とは交流がない。
なにもかも、めでたしめでたしとならないのは、現実だからしかたがないだろう。
でもいつか、みんなでお茶を飲める日がきたらいいなとは思っている。
あらためて、ルシアンを見る。
アルトをちょっと控えめにしたような男の子。
「あらあら…これは…幼虫さんね。土から掘り出してしまったの?」
そっと距離を取りながらも、なるべく穏やかな声を意識して言う。
虫が嫌いだから、本当は飛び上がって叫びたい。
それをぐっとこらえる。
「うん…僕も、パンほしいの…」
ルシアンはまだ視線をこちらに向けたまま、小さく頷く。
「パンを食べたいから、土から幼虫さんを出しちゃったの?寒い寒いって震えて、可哀想じゃない?」
ゆっくりと、言葉を選びながら諭すように伝える。
私がそう言うと、ルシアンは少し考え込んでから、また幼虫を土の中に戻す。
指先で丁寧に穴を掘り直し、そっと置くように戻している。
「寒くしてごめんね。バイバイ…」
そう言って、優しく土をかぶせている。
小さな背中が真剣で、思わず目を細める。
いい子に育っている…と思う。
「幼虫さんに優しくできたルシアンも、みんなで一緒にパンを食べましょう。…さあ、皆、手を洗ってきてくださいね。アルトも、ね」
そう言って、手を洗いにいく私の家族を見送った。
水場へ向かって走っていく小さな背中たちと、それを見守る大人たちの姿が並ぶ。
幸せだ。
乙女ゲームに悪役令嬢として転生したときは運命を呪った。
初めて鏡の中の自分を見た瞬間から、受け入れるまでに随分時間がかかった。
誰にも愛されない悪役令嬢という役割に苦しめられた。
夜中に天井を見上げながら、何度もため息をついた記憶がある。
努力して、逃げて。
どうしてヒロインじゃなくて悪役令嬢なのかと嘆いたことは1度や2度じゃない。
でも、悪役令嬢に転生したから、今の私がいる。
もしも私がヒロインとして乙女ゲームの世界に転生していたらどうなっていただろうか。
何もしなくても友達に囲まれ、好きな人に囲まれて、何も心配しなくていい人生だったのかもしれない。
自分のことだけ考えていればよくて、誰に何を言おうと、どんな失敗をしようと、全て許してもらえる。
みんなからチヤホヤされて、特別扱いされて。
幸せになるためのレールがひかれていて、何もかもうまくいって、それが当然になる。
もしかしたら、ミレイアのように勘違いしてしまったかもしれない。
私が世界の中心なのだと。
努力を忘れ、相手を思いやることを忘れて。
その『世界』が終わってしまっているのにも気づかず、自らの身を滅ぼしていたかもしれない。
だから、悪役令嬢などに転生させたクソ神様に、感謝しておこう。
一応ね、一応。
私をどこかから見ていて「もっと感謝していいよ」と言っていそうだから、それはそれで腹が立つけど。
空を見上げながら、少しだけ肩をすくめる。
雲がゆっくり流れていて、まるで何もなかったかのように穏やかだった。
「ヴェロ…息子たちは父と母に任せて、今夜、もう1人、作っちゃおうか」
そう言って、アルトが少しだけ悪戯っぽく笑いながら私にキスをする。
いつの間にか、手洗いから戻ってきていたみたいだ。
距離の近さに、心臓が跳ねる。
推しの前だと、いつでも気持ちが若返るから不思議だ。
「もう…産むのは私なのよ。ちょっとは…加減しなさいっ」
顔を赤くしながらも、ペシっとアルトの額を叩いて、キスをした。
「いいなあ。僕も、母上ににキスする~」
そう言って、戻ってきたアルヴィンがキスしてくれる。
「ぼくも、ぼくも」とヴァレウスとルシアンにそれぞれキスをしてもらう。
「わたしもぉ」とエルゼが言うから、ハグしてあげた。
その様子を、先王と先王妃が少し離れたところから見守ってくれている。
なんて平和。
そして、うちのこは、なんて可愛いんだろう。
もう1人、ほしいかも。
愛しい人と愛でられる、こんな可愛い宝物なら、何人いてもいいに決まっている。
愛する人のために諦めて身を引く愛もある。
自分の気持ちに蓋をして、相手の幸せを願うだけの恋。
それが必要なときもある。
思えば私はそういう恋愛しか知らなかったように思う。
与えることが愛で、引くことが優しさだと信じていた。
そんな私にアルトは、愛する人のために諦めない愛を教えてくれた。
手を伸ばして、隣にいることを選び続けるという形の愛。
最推しは、私が思っていた人とは…設定とはちょっと違ったけど。
少し意地悪で、ちょっとエロエロ星人で、かなり腹黒い。
そんな、よくいる人間だった。
それでも、今、目の前にいるこの人が、私のすべてになってる。
「アル、愛してるわ」
アルトにそう伝えると、顔を真っ赤にして微笑んで、私を抱きしめてくれた。
鼓動が重なって、ゆっくりと同じリズムになっていくのが分かる。
目の前にいるこの人を、私は愛していく。
逃げるが勝ちっていうことわざがある。
私はそれを実践してきたわけだけど。
もう、逃げるつもりはない。
諦めない、手をはなさない。
そう約束したからね。
これからも、私の物語が続くかぎり…
「破滅エンドが確定しました。悪役令嬢ですが知ったこっちゃない、逃げる。」、完結となります。
こんな自慰小説を、多くの方が目にとめてくださるのが嬉しくて、本当に執筆の励みになりました。
読んでいただいた皆さま、ありがとうございます。
普段は18禁の小説をメインで書いております。
18歳以上の方はよければ、のぞいてみてください。




