01 頑張った結果、破滅。
『蒼い誓いと紅い秘密、その扉の向こうで』
ヒロイン ミレイア・ノクス 光魔法
皇太子 アルト・アズリオン 水魔法
悪役令嬢 ヴェロニカ・ルージュリス 炎魔法
異世界転生なんて、小説とかゲームとか、そういう世界の話よね。
夜更けの部屋で、ぼんやりとスマホ画面を眺める。
異世界も転生も、どこか他人事のように語られるジャンル。
それは自分の人生とは無関係で、現実とは切り離された娯楽の領域だと思っていた。
多くの人がそう思ってる。
カフェやSNSで軽く話題にする程度の、「もしも」の空想。
私もその1人だった。
死ぬまでは…
呼吸が途切れた瞬間の感覚だけが、妙に鮮明に残っている。
光と音が一気に遠ざかって、身体の輪郭が曖昧になっていくような、あの奇妙な浮遊感。
それなのに、死んだんだということが、妙にはっきりとわかる。
二度と死にたくはない、そう思わせる、喪失感。
「いや~。めんご、めんご。君、まだ死ぬ順番じゃなかったんだよ~」
空間そのものに直接響くような、軽薄で間延びした声が聞こえた。
今の私の心境に、1番似つかわしくないと言ってもいい。
視界の中心に、妙に白くて眩しい何かが浮かんでいる。
輪郭は人型に近いのに、現実感だけが決定的に欠けていた。
いまや、死語となっている言葉を使う、この白いやつ。
どうやら、神様らしい。
状況を理解しようとするほど、思考が空回りする。
説明を求めても、返ってくるのは軽い調子の笑いだけだった。
で、なぜか、異世界転生してしまった。
私が熱心にプレイしていた乙女ゲームの世界に。
気づけば、足元には見知らぬ大理石の床、頭上には豪奢すぎるシャンデリアの光。
身体は軽く、服装も見慣れたものではない。
画面越しに何度も見た背景、何度も聞いたBGMの気配が、現実として立ち上がってくる。
転生…それはまあ、100歩譲っていいとして。
ヒロインに転生させてくれればいいのに、悪役令嬢に転生ってどういうことだろう。
鏡に映る自分の姿を見た瞬間、理解してした。
最悪の役に配置されたことを。
「めんご、めんごじゃねーよ、あのクソ神めっ!」
怒りをあらわにしたところで、どうにもならない。
叫びは豪奢な空間に虚しく吸い込まれていっただけだった。
あらためて。
ここは乙女ゲーム「蒼い誓いと紅い秘密、その扉の向こうで」の世界だ。
タイトルを思い出すだけで、当時のプレイ時間や攻略失敗の記憶まで蘇ってくる。
それくらい、やりこんだゲームだ。
ヒロインは光の聖女で異世界からやってきたミレイア・ノクス。
攻略対象は皇太子と騎士と隣国の皇太子の3人だけというちょっと変わったゲームだ。
学園を中心に物語が進み、それぞれのルートで国の運命すら変わる構造だったことを思い出す。
実は、私は皇太子ルートしかプレイしていない。
何度も選択肢をやり直し、そのたびに同じ結末へ向かった記憶だけが残っている。
皇太子は、アルト・アズリオン。
そして、悪役令嬢のヴェロニカ・ルージュリス。
鏡の中の自分の名を、まだどこか現実として受け止めきれない。
魔法技術が発達したルミナリス王国の学園に通い、勉強に恋にと頑張るゲームだ。
隣国はセレネイド王国。
歴史はあるものの、魔法技術は発達していない。
隣国の王子は魔法技術を学ぶためにルミナリス王国に来ている、という設定だった。
私は、ヴェロニカ・ルージュリス。
名前を口にするたびに、背筋に妙な緊張が走る。
炎の魔法を得意とする。
手をかざせば小さな火花が生まれる感覚が、確かに自分の中にあった。
ゲームでは皇太子の婚約者という設定だった。
でも、水魔法を得意とする皇太子と炎の魔法を得意とするヴェロニカは、敵対するために生まれてきたようなものだった。
ゲームの内容を知っている私は、頑張った。
未来の展開を思い出しながら、選択肢を慎重に潰していく日々だった。
皇太子とはできるかぎり距離をとり、他の攻略対象との接触もできるかぎり避けた。
廊下で視線が交わらないように、時間をずらし、会話を避けた。
ヒロインと仲良くなろうともした。
本来のルート崩壊を防ぐための、必死の調整だった。
ヒロインも、ヒロイン以外もイジメないようにした。
むしろ、人と関わらないことを徹底した。
できるだけ、人と距離をとって学園生活を送ったのだ。
ただ、このヒロインというのが曲者だった。
記憶の中の設定とは明らかに違う存在感を放っていた。
ゲームの中では「性格のいい、可憐な女性」として描かれていたはずなのに。
別の意味で、性格がイイ。
笑顔には裏があり、無邪気さの中に計算が見える、あざといタイプだった。
周りに敵を作るので、多くの女生徒から嫌われていた。
で、イジメられる。
私がイジメたわけじゃないのに、なぜか、ヒロインは私がイジメたことになってしまっていた。
物語の強制力か…
説明のつかない流れに、そう納得するしかなかった。
無駄な努力をして3年。
明日は、いよいよ、断罪イベントが行われる卒業式である。
私なりに頑張ったけど、破滅エンドからは逃れられないようだ。
破滅エンドが、修道院へ送られるとかなら、まだいい。
まだ生き延びる余地がある結末なら、受け入れられたかもしれない。
でもストーリーでは、処刑…ギロチン台へ一直線という、まさかな展開なのである。
いやいや。
頭を振っても、消えてくれない未来。
あまりにもひどくないですか?
心の中で何度も問い返す。
私、本当に何もしてないのに…
それに…どちらにしても、この国で私に未来はない。
そんなわけで、逃げることにした。
逃げるは恥だが役に立つ、ではなく、逃げるが勝ち。
ゲームは卒業式、つまり、悪役令嬢が断罪されると終了する。
その後はエンドロールで、悪役令嬢が処刑されて、ヒロインと皇太子が結婚しましたとさ、めでたしめでたし、というような文章が流れるだけ。
だから、明日1日、逃げきれればいいんじゃないかと思ったのだ。
ただそれだけで、逃げるだけで、結末は変わるかもしれない。
ともかく、逃げよう。




