裁判編
天条 誠人の殺人罪を問う裁判の争点は、超能力による殺人を司法が認めるのか、というところにあった。
いまだかつて、世界的に見ても、超能力による殺人を司法が認め、裁いたという前例がない。
現行の法律は、超能力などないことが、前提で作られている。超能力者を裁く法律など、今、現在、どこの国にも存在しないのだ。
念じるだけで人を殺せる者に対して、物的証拠などあるわけもなく、本来なら、逮捕すら成立しない。
しかし、天条 誠人が殺した数は、2500万人を越える。世論に圧され、警察組織が何もしないわけには、いかなかった。
が、捕まえたは、いいものの、この者をいったい、現行の法律の元、どう裁くかは、完全な見切り発車で、見当が誰もついてなかった。
世論は、死刑を求めている。2500万人越えの死亡者の遺族がそれ以外の判決を認めない。
しかし、推定無罪の現在の法律の原則に従えば、立証責任は検察側にあり、検察は、天条 誠人が、超能力者であるという物的証拠を何も提出できていない。ということからして、天条 誠人は、2500万人以上も殺しておいて、無罪になる公算が非常に高かった。
この裁判の裁判長を務める者の両肩には、とてつもない重圧がかかっていた。裁判官として司法の原則を守るべきか、それとも人間として圧倒的世論に従うべきか。
もし、この者を無罪にしようものなら、自分は、おそらく、日本では暮らしていけなくなる事は、ほぼ間違いない。
裁判長は、裁判中、沈痛な面持ちで被告席に座る天条 誠人を見つめていた。
が、天条 誠人は、そんな配慮など吹き飛んでしまう発言をした。
それは、第一回弁護側被告人質問での事だった。
天条 誠人の弁護人は、天条 誠人に
「あなたは、2500万人以上の人を殺せる超能力のようなものを持っていますか?」
とストレートに質問した。
天条 誠人は、これに対し、否定するだけでいい。
そんな超能力など持っていないと――。
それだけで、法的には、無罪が確定する。
しかし、天条 誠人は、
「はい。持っています」
と平然と答えた。
これに裁判長は、身を乗り出し、
「待って下さい。あなたは、自分に念じるだけで人が殺せる能力があると、つまり、2500万人以上の人々を殺したのは、自分だと認めるのですか?」
と天条に訊いた。
これに天条は、
「そうです。その通りです。私がやったと認めます」
とすらりと答えた。
天条が唯一、裁判長の世論に対する忖度以外で有罪となり、死刑になる筋があるとすれば、それは、天条自身による自白であった。
それを天条は、した。
これに焦ったのは、天条の弁護人である。
「裁判長。被告は、一種の神経衰弱状態にあり、今、まともに受け答えができない、まともな判断ができない状態にあるようです。質問をやめて、裁判の一時、休廷を求めます」
天条の弁護人の立てたプランでは、ここで天条が超能力など自分にはないと言い張り、証拠不十分で無罪へと持ち込むはずだったのである。
天条も事前の打ち合わせでそれを了承していたはずなのだが、天条は、
「こんだけ表沙汰になってるんだ。今さら、能力のことを隠すつもりはない。映像も残ってるしな」
とあっけらかんとして、そんなことを言う。
開き直りとも取れる言動だ。
「被告人は、弁護人の質問にない発言は、控えるように」
と裁判長は、冷静にいつも通りに裁判を進めようとしたが、天条は、黙らなかった。
「悪いが、俺は、最初から裁判なんて、まどろっこしい、かったるい事をするつもりは、ない。恩赦を求める」
「は?」
と天条の発言に思わず、裁判長は、意表を突かれた裁判長らしからぬ声を漏らす。
「総理大臣による恩赦を求める」
いまだかつて、天条以外で裁判中にそんなことをほざいた奴を裁判長は、知らない。
天条は、横柄に話を進める。
「まかり間違って、俺を死刑なんかにしたら、この国の大きな損失になるとは、思わないか?この国に危機が訪れた時、一番に頼りになるのは、この俺だ。なんせ、俺の能力を使えば、大抵の問題は、解決してしまうんだからな」
「繰り返します。被告人は、勝手な発言は、控えるように。従わない場合は、退廷を命じます」
「却下しろ」
「今の私の発言を却下します」
と裁判長は、自分の意識がありながらも、天条の言いなりとなってしまう。
その様子に警務官達が動き出し、天条を捕らえようとするが、天条が指を一本立てると動けなくなった。
「まぁ、俺もタダで恩赦を与えろとは、言わない。俺を恩赦で自由にしてくれたら、死んだ2500万人を越える人々をすべて生き返らせてやろう」
「どうやって?すでに火葬されて、遺体もない人もいるのに」
自信満々な天条に裁判長は、思わず、素になって、訊ねた。
「俺なら可能だ。催眠術で神も言いなりにできる」
「バカげている。とんでもないハッタリだ」
裁判長は、口車で司法を言いくるめようようとする天条に怒りを覚えた。
天条は、裁判長を見上げながら、まるで臆さず、余裕をもって、こう言う。
「裁判長。もし、俺の言ってることが、本当だったら、どうする?むざむざ、2500万人以上の人々を救える人間を死刑になんてしたら?そうしたら、2500万人以上の人々を殺したのは、俺じゃなく、あんたにならないか?」
裁判長の立腹は、この時点で頂点に達した。
この男は、絶対に死刑にせねば、と決意した。
そして、後日、天条 誠人に判決を言い渡す日――。
天条は、裁判所の被告席で拘束具をつけられ、アイマスクをつけられ、猿ぐつわもはめられていた。
催眠術で判決を自分に都合の良いように変えさせない為の処置だった。
しかし、裁判長が
「主文、」と判決を言い渡す段階になって、ストップがかかる。
「なに?首相官邸から?」
と耳うちされた裁判長は、つぶやき、
「本日は、これにて、休廷!」
ダン!ダン!
と小槌を打つ。それには、若干どころではない怒りが込められていた。
同日、午後6時過ぎの首相官邸内の一室では、羽瀬川 金之助総理大臣と与党幹事長の竹之内 豊之助が二人だけで密談していた。
「総理。本気ですか?三権分立を壊すおつもりですか?」
焦り。怒り。恐れ。困惑。侮蔑。いろんな感情がないまぜになった表情で、竹之内幹事長は、羽瀬川総理に訊ねた。
歳は、竹之内の方が上だが、当選回数は、総理の方が上で二人とも派閥の長をしていて、力関係は、微妙だ。
「竹之内さん。考えても、見てくれないか。我々は、被爆国だから、核武装ができない。だから、アメリカの核の傘に守られている。そういう矛盾をもう何十年も抱えて、綱渡りをするように必死で平和を保ってきた。その我々が核爆弾にも匹敵する抑止力を手にできるチャンスが巡って来たのだ。法律の一つや二つ、変える価値があるとは、思わんか?」
「しかし、総理!奴は、大量殺人犯です!民意が得られません!」
「民意など、どうでもいい!2500万人の命が助かるんだぞ!」
羽瀬川金之助総理が、そう竹之内豊之助幹事長を怒鳴りつけた時、二人だけのはずの室内に、
「ハッハッハッ」という二人以外の笑い声とゆっくりとした拍手が響く。
「総理は、立派なご決断をなさった」
二人が声の聞こえた方を振り向くと、そこには、天条 誠人が机に腰かけていた。
「バカな。留置場で拘束されているはず。アイマスクや猿ぐつわは、どうした?警官は、ここの警備は、何をやってるんだ!?」
焦る竹之内を前に羽瀬川 金之助の方は、落ち着いていた。まさに、この状況を待っていたかのように。
天条は、余裕の笑みを二人に向け、
「アイマスク?猿ぐつわ?そんなもの、付ける前は、フリーなんだから、後で外すように催眠術で警務官に指示を出していれば、どうとでもなる。ここの警備にしても、そう。俺の能力を使えば、首相官邸であろうと、簡単に侵入できる」
と手品を明かすように、教えた。
「総理!すぐに警官を呼びましょう!この男は、危険です!」
「まぁ、待て」
羽瀬川総理は、竹之内幹事長をなだめた。
「君が死人を生き返らせれるというのは、本当か?」
羽瀬川総理の質問に天条は、
「もちろん」
と答える。
「火葬して、遺体がなくても?」
「もちろん」
「君が能力で殺した2500万人以上の人々以外でも、生き返らせれるのか?何年も前に死んだ人でも?」
「可能ですよ」
羽瀬川金之助は、天条の返答をいちいち噛みしめるようにして、唾を飲み込んだ。
「10年前に一人娘の明美を交通事故で失っているんだが……」
「総理!あなたという人は!それが、本音ですか!」
羽瀬川に詰め寄る竹之内を天条は、手をかざして、動きを止め、
「眠れ」
と命令する。
竹之内は、ばったりとその場に倒れて、眠ってしまう。
「後で記憶を消して、あなたの言う通りに従うよう暗示をかけておきます」
天条は、総理の真正面に立って、言った。
「娘のこと、どうか、お願い致します」
天条は、羽瀬川総理に握手を求められ、両手でしっかりと受け止める。
「交渉成立ということで」
天条 誠人が、恩赦で釈放された日――。
「サトシさん?」
草根のお昼のワイドショーの後番組で作られた椎馬族長がMCを務めるお昼の生放送バラエティ番組に突然、生き返ったサトシ・ナカムラが現れる。
「みなさん、天条様は、悪魔ではありません。奇跡の力を持った我々の救済神です。奇跡のお力にて、こうして、私を生き返らせてくださいました。みなさん、天条様に感謝、致しましょう。天条様に感謝する者だけが、天条様のお力の庇護を受けれるのです」
人が変わったようなサトシ・ナカムラのその発言が生放送で全国に配信されると、全国各地で次々と天条によって、殺された2500万人以上の人々が甦り、姿を現す。その中に紛れて、こっそりと羽瀬川 明美も復活したのは、世間の知るところでは、なかった。
一方、その頃、天条自身が何をしていたかというと、
「ヒロちゃん、僕は、君に会えない間、ずっと寂しかった。もう、君が側にいない人生なんて考えられない。僕と結婚してくれ」
とえびすヒロ子にプロポーズしていた。
もう、その時には、えびすヒロ子は、天条 誠人の事が信じられなくなっていた。
自分の前で見せる彼の姿とそれ以外の彼があまりにも完全に解離していて、とてもじゃないが、信用できなかった。
しかし、えびすヒロ子の天条へのプロポーズの答えは、YESだった。
何せ、彼は、2500万人以上も殺した大量殺戮犯。怖くて、NOなど言えなかった。
こうして、天条 誠人は、かねてより、願いだったえびすヒロ子の彼ピからダーとなったのである。