(15)
突然の再会に、お互い目を丸くして見つめあう。
まさか、こんなに早く福本を見つけることができるとは。
我に返ったのは涼が先だった。
「福本先生、無事だったんですね! よかったぁ……!」
「御手洗くん、どうしてここに……」
福本は困惑したように目を瞬かせている。しかし、はっと顔色を変えて立ち上がる。
「ここにいては駄目だ、今すぐ戻りなさい」
焦った表情で涼を部屋の外に出そうとするが、目の前で音を立てて襖が閉まってしまった。引き手に手を掛けて開けようとするが、びくともしない。しばらく押したり引いたりしても駄目だった。
終いには壊す覚悟で襖に体当たりしたり、行儀や恥じらいをかなぐり捨てて足で思いきり蹴ってみたりしたが、すべて無駄だった。
「と、閉じ込められた……!?」
「……やはり出られないか」
焦る涼に対し、福本は分かっていたかのように溜息をつく。
ひとまず落ち着こうと、福本は涼を手招いて座敷の中央へと座った。
「……」
「……」
しばし無言で向かい合う。穏やかな福本の態度に、涼も次第に冷静さを取り戻す。
涼が見る限り、福本は元気そうだ。
三ヶ月間行方不明になっていたが、後ろに軽く撫で付けた銀髪は多少乱れがあるものの、伸び放題にはなっていない。髭もしかりで、やつれた様子もなく、服装も特に汚れているわけではなかった。表情は少し疲れているようだったが、春休み以前に研究室で見たときと変わらないように見えた。
閉じ込められた状況ではあるが、福本が無事だったことに涼は少しほっとする。
「先生、今までどうしていたんですか? 三ヶ月も連絡が取れなくて……ご家族も、瀬里先輩も那岐先輩も、皆心配しています」
「三ヶ月? ……ああ、そうか。やはりその時間経っていたのか」
福本は小さく呟き、しばらく額を押さえて黙り込んだ後、顔を上げる。眼鏡の奥の目は真剣そのものだった。
「……御手洗くん、外であったことを教えてくれませんか? 君がどうやってここまで来たのかも」
涼は今までの経緯を話した。
福本が三月から行方不明になっていること、研究室に代理の講師が来たこと、皆で四木山地区に探しに来たこと、山の中で名を呼ばれてこの屋敷に招かれたこと……。
一通り話を終えると、福本は深く息をつく。
「そうだったんですね……。仮説は当たっていたということか」
「先生?」
「……私自身の感覚では、ここに閉じ込められてから一日も経っていないんですよ」
「え!?」
「君から聞いて私も驚きました。でも、この部屋に入ってから私は食事どころか水分も一切取っていないし、寝てもいないんです。……正確には、お腹は空かないし、眠くもならないというか……ただ、部屋から出られなくなって、ぼんやり考え事をしていたら君が来たんです」
福本の言葉に涼は目を瞠った。
飲まず食わず、ましてや睡眠を一切取らずに三か月も過ごせるわけがない。
まさか、と言う表情を浮かべる涼に福本は苦笑した後、己の身に起こったことを静かに話し出した。
福本が四木山地区を訪れたのは、三月の中旬に入った頃だった。
その前には、宮城県の集落を二つ尋ねていた。もっとも、ここは以前訪れたことがある場所で、ちょうど今の時期に行う行事があるからと伺う約束を取り付けていたのだ。行事を見学することもできたし、知己となっていた集落の人達と親交を深めることもできた。
その後、福島県に入り檜枝岐村周辺を回った。この近辺の民話は採集されており、檜枝岐昔話集という論文も発表されている。
とはいえ、民話と実際に地元の人に言い伝えられている話に多少の差異はある。登場人物や物語の舞台となる場所、さらには結末にも違いがあったりするのだ。
それらの差異を探すことは、その地域の人々の生活や風習の研究にも繋がる。
福本が高齢になってもフィールドワークを続けているのは、実際に民話の語り継がれる土地に赴き、その地に住む人々の暮らしを肌で感じ取りたいからだ。民話は、その地で人々が生き抜いてきた文化を、そして時には隠された歴史を伝えるものである。
福本は四木山地区に唯一ある民宿『しき野』に予約を入れて、三日ほど滞在して民話採集をしようと考えていた。
そして、民宿の女将から四木山地区に伝わる『山神の大欅』の昔話を聞いた。さらには、親切にもその民話に出てくる大欅の場所まで案内してくれるという。
福本は民宿の主人に案内されて山中を歩いている時、誰かに名前を呼ばれた。振り返った時には、案内していた主人の姿は無く――。
「……その後、山女と出会って屋敷まで連れて来られて、この部屋に閉じ込められました」
「じゃあ、私も同じように……」
涼はさあっと青ざめる。
福本と涼の状態は、ほとんど同じだ。
この部屋に閉じ込められた後、外の世界の時間が早く過ぎるのなら。
涼もまた、福本と同じように行方不明として扱われているかもしれない。
もしかしたら、こうやって考えている間にも、元いた世界では一週間、二週間と過ぎているのだろうか。まさに浦島太郎状態じゃないか。
「そんな……」
頭を抱える涼だったが、福本は首を横に振った。
「いえ……御手洗さんはまだ大丈夫ですよ」
「えっ? どういうことですか?」
涼がばっと顔を上げると、福本は四方を囲む襖の一つを横目で見やった。
彼の目にあるのは何かを渇望する熱量と好奇心。それに反して顰められた眉には、後悔の念が刻まれる。
「……君はまだ、『四季の庭』を見ていませんから」