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一行目探偵  作者: てこ/ひかり
最終幕
37/37

二百万人殺人事件

「犯人は貴方ですね……新井先生」

「…………」


 静まり返った留置所の面会室に、探偵の言葉がポツリと響き、やがて床に転がった。穴を開けられた強化ガラス越しに、新井は燻んだ目でじっと探偵を見つめていた。探偵もまた、自分の助手を死に追いやった犯人を、能面のような顔で睨んでいた。身動ぎさえ躊躇われるほどピンと張り詰めた空気が部屋の中を覆い、永遠とも思える長い沈黙が二人の間を漂った。


「…………」

「…………」

「…………」

「……では」


 先に動いたのは、真田探偵の方だった。彼は新井に一瞥をくれると、もう用はないと言わんばかりに席を立った。パイプ椅子の引く音が冷たい部屋の中に響き渡る。

「おい」

背中を向け、颯爽と部屋を出ようとする真田に、新井が嗄れ声を上げた。

「待てよ」

「…………」

「聞かないのか? 私がどうして犯行に及んだのか、とか。どんなトリックを考えていたか、とかさ。知りたくないのか?」

「…………」


 真田はドアノブに手をかけたまま、黙って彼の言葉を背中に受けていた。新井は無精髭を生やした顔で、ニヤリと唇を釣り上げた。


「先生、アンタがいつもやってることだろう。それとも自分の身内のことなら、急に心が痛んだかい? 何なら教えてやろうか? あの子が死んだ時、最後になんて言ってたか……」

「失礼だが」


 真田は振り返ることなく、静かに、だが力強く彼の言葉を遮った。


「次の事件が待っているんでね。もう行かせてもらう……」

「おいおい。愛弟子が殺されたにしちゃ、やけに冷たいじゃないか。のんびりしてけよ、一行目探偵。私を懲らしめに来たんだろう?」

「いいや」

 真田は首を振った。

「事件を解決しに来たんだ。別に私は正義の味方じゃない……探偵だからな」


そう言うと彼は、扉の向こうへと静かに姿を消した。


□□□


 真田は外に出ると、広がる青い空を見上げふう……と息を吐き出した。敷地の外に出て壁に背を預け、ふと辺りを見渡す。彼に駆け寄ってくる人影は……今はもう、いなかった。

「…………」

 ぼんやりと路上の野良猫を見つめていると、真田は後ろから肩を叩かれた。

「よっ」


 真田が振り返ると、そこには夜霧が立っていた。彼女だけでは無い。その後ろには猪本警部や、ミステリィ作家の一条千鶴。それに路上に留まるバスの群れの中には、今まで真田が事件を解決して来た、歴代の犯人達が並んでいた。皆一様に真田を見つめ、その顔つきはとても穏やかだった。


「ちょうどこの留置場に連れてくる予定だったんだ」

「そうなんですか……」

 呆気に取られる真田に、猪本警部が頷いた。

 少し気後れしたように、それでも精一杯微笑みながら夜霧探偵が真田に声をかけた。

「お疲れ様。ようやく終わったみたいだね……」

「終わった?」

 真田は首を振った。


「いいや、まだ始まったばかりさ。新井元探偵が世界中にばら撒いた二百万枚の【謎】のカード……。それらを全部解決しない限り、助手君が報われたとは言えない……」

「一人で全部解決するつもりかい?」

 夜霧がそう言って、人差し指で車のキーをくるくると回した。


「この間みたいに、取り乱して一人突っ走るんじゃないのォ?」

「……!」

 夜霧が真田の肩に手を回して、揶揄うように笑った。真田は少し罰が悪そうに咳き込んだ。

「だってあの猫娘が天秤にかけるみたいなこと言うから、私はてっきり……!」

「フフ……! じゃあ、行こうか。【二百万人】を全部解決して、助手君を救わなきゃ!」

「! ああ……」

「大丈夫。探偵仲間だって全国にいるよ。それに心霊探偵の私がいれば、幽霊だって直ぐに見つかるさ」

「そうだな……助かるよ」


 赤いスポーツカーに颯爽と飛び乗り、何もない空間に決めポーズを作る夜霧探偵に呆れながらも、真田は助手席へと乗り込むのだった。



 

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