第476話 亜獣人創世歴:1300年 兆し
創世歴1300年。変異の発露が発覚してから500年と、他種族より寿命も短く、生魔法による延命もないため、サイクルが早いとはいえ、生物の進化としては極めて早い速度で、超高濃度の魔力で満たされた世界に亜獣人たちの肉体も順応できてきていた。
ここまでくれば、もはや進化と言っていいだろう。
そんな進化も細かく言えばもっと細分化できるのだが、大きく分けると二種類に分類することができた。
それは魔力を貯める遺伝子を完全に捨て去った、創世最初期に村内に残ることを決めた亜獣人たちの末裔と、頑なに順応することを拒否して外へ出た亜獣人たちの末裔。
その最初の選択肢で枝分かれした亜獣人たちで、綺麗に種族が分かれたのだ。
「もともと同じ亜獣人さんだったのに、こんなに綺麗に最初の選択肢で分かれるもんなんだね」
「気質というか、性格? みたいなものも遺伝するんだろうな。犬だって大人しい狼を何代も重ねて品種改良した結果らしいし」
村内派は創世歴500年と変わらない文明レベルを最低限保ちつつも、究極の脳筋種へと変貌した。
魔法? そんなもの知るか! ──と、魔法の兆候がでた者は町から追放するほどに毛嫌いする徹底ぶりには、竜郎たちも引いてしまうほど。
けれどそこまで徹底したおかげで、この甘やかされた世界でも自分たちで、ドMのように己を痛めつけて身体を研ぎ澄ます傾向が高くなり、鈍りかけていた感覚も世代を重ね取り戻した──というより、むしろ元々の亜獣人たちの正統進化とでもいうべきか。
最初期の亜獣人と、この脳筋亜獣人が同数で争えば、間違いなく後者が勝つと言えるほど身体能力が高くなっていた。
魔力を溜めこまないが、魔力を拒否する細胞が肉体の強化に作用したのかもしれないと、素人ながらに考察をする。
「けれどより排他的な種族になったようにも感じるな」
1300年の歴史を刻んだ脳筋種を見て、アーサーはそんな感想を抱き、他も似たような感想はもっていたのか小さく頷き返していた。
「それに比例して、〝同胞〟に対しての仲間意識は、異常なくらい高うなってるようやしなぁ」
「これも〝同胞〟以外を容赦なく切り捨ててきた歴史の結果と言ったところでしょうか」
「うーん……仲間意識が強いのは良い事だけど、あれはちょっと見てて気分が悪かったかも」
「それでも最低限、自活できるまで育ててはいたから、まったくの人でなしってわけでもないから、微妙に責めづらくはあるんだけどな」
魔力への適性の片鱗を見出した子供は、我が子であろうと容赦なく追いだしていた。
早いうちに分かれば、どうせ追いだす子だからと愛情を持つことが無くなり、最低限の食料だけ与えて、ほとんどネグレクト状態。
周りからの視線も冷たく、それに耐え切れず追いだされる前に自分から町を出てしまう子供まで出るほどだった。
とはいえ、その身体をいじめるような虐待はなかった。最低限、自分たちと似たような血が流れているという認識はあったのかもしれない。
平気で無視していたため、それはそれで辛かったのだろうが……。
それでも我が子に愛情をもった亜獣人も、数百年の中でもちろんいた。
そういった親は子を受け入れてくれない町を捨て、子と一緒に旅に出て最終的に村外派に合流している。
そんな経緯もあって、どんな子でも愛せるという親の遺伝子もどんどん外に出ていったため、〝同胞〟でないと認識すればどこまでも冷たくなれる冷徹さが、脳筋種族たちの血に受け継がれたと言っていいだろう。
「それでいくと村外派はもう大らかというか、あれだけ村内で生きることを拒否した人たちの末裔とは思えないくらい、懐の大きな種族になったな」
「そやけど、自分の自由に生きたいって人たちでもあったんやないかな」
「確かに、その気質は見て取れるな。マスターが用意した家畜からはじまり、他を受け入れるという土壌があったからこそなのかもしれない」
「こうしてみると、本当に人間というのは面白いですね」
見下しているわけではないのだろうが、ミネルヴァはどうしてもこの結果が面白くて溜まらず、ずっと観察してその経過を記録し続けていた。
そんな村外派たちの末裔は、あれほど魔法適性がなかったというのに、数百年かけて魔力を溜めこむだけでなく、気力を使って魔法らしき現象を起こすでもなく、ちゃんと魔力を使った正真正銘の魔法を発現していた。
初期スキルで魔法系のスキルを持っている者がいるのだから、完全に元の亜獣人とは分かれた種族になったといっていい。
知能レベルも上昇し、まだ本当の世界で生きる普通の種族と比べると「ん?」と感じる言動もまま見られるが、それでも元の亜獣人を思えばもはや別種族だ。
気質は大らかで、外からきた者たちも友好的なら積極的に受け入れる心の広さもある。
彼らは遊牧民から各部族に分かれて各地に散っていき、それから村を作る部族が現れ、やがていくつかの部族の村同士が合併して町となり、さらに町と町同士が合併して国を名乗る場所も複数あった。
脳筋種族たちのような強い、もしくは何らかの能力を示せた者に発言権があるという、明確な指導者を設けないシステムではなく、ちゃんと自分たちの国の指導者を選んでいた。
王のように世襲制になっている国もあれば、選挙程明確にしたものではないにしろ、そのときに優秀だと皆に選ばれ指導者となる国もある。
それぞれの考えと文化が国の特色となり、文明レベルも脳筋種族に完全に追いついたうえで、華やかに国内を彩る感性の高さもうかがえた。
「こっちの種族は外に出しても、他の種族と生きていけるかもしれへんね」
「俺もちょうど思ってたところだ。いずれ、そういう仕組みを作ってもいいかもしれないな」
「けれど慎重にやった方が、いいかもしれませんね。どんなに変わろうと、亜獣人という種族であることには変わりありませんし」
大らかに見えるとはいえ、ずっと亜獣人という根底を同じくする者たち同士としか歩んでこなかった。
魔物の家畜には心開いているようではあるが、それが他種族の人類となれば、また違う反応を示すかもしれない。
あの遺伝子に組み込まれているのではないかというほどの、他種族への──特に獣人への憎悪や嫌悪感が消えているか判断がつかないのだ。
だからこそ、いつかこの種族に本当の外の世界へ解き放つという判断をしても、段階踏んでやっていこうとミネルヴァは提案した。
竜郎としてもそれには賛成だ。ここまで面倒見てきたため、亜獣人たちにも愛着が湧いてきてしまっているため、もっと広い本物の世界で生きたいと願うのであれば、それを叶えたいという気持ちだってある。
かといって本当の世界で生きる獣人たちや、そこに生きる人々に迷惑を掛けたいわけではない。
どちらも不幸にならないように、竜郎たちはちゃんと考えなくてはいけないのだ。
「けどまぁ、そこは後々にちゃんと考えていくとしてだ。
ちょっと、このままだとヤバそうな気配が漂いだしているんだよな……どうしたものか」
「進化した方向性の違いが故の──といったところでしょうか。マスターが神となって、調停するという手もありますが」
「たつろーがまた神様になって、喧嘩は止めなさーいっていえば、解決はしそうではあるよね」
「まぁなぁ。けどあまり神というか、俺たちの存在を知って欲しくはないんだよな。
ここまで干渉しておいて言えたことじゃないんだろうけど、できるだけ上位存在は意識せずに、自由に生きてほしくはある」
「そうですね。そこまでやってしまうと、本来あり得た結果から、また逸れてしまうかもしれませんし」
ミネルヴァも神降臨は最終手段にしてほしそうに、そう口にする。
今の竜郎たちの会話が示すところは、つまり〝戦争〟の気配がしはじめていた。
同胞同士でも部族同士での衝突はあったが、それだって小競り合いのような、お互いを滅ぼし尽くすような戦いではなかった。
だが今回は違う。分かたれた二つの派閥は、村内派がそれほど外へ目を向けていないこともあって、まだまだ出会う気配はなかった。
しかし村内派の町──もはやこちらも国と言えるだけの規模に成長し、人口の増加に伴い土地の拡張を続けていた。
それだけの人数を抱えるために、いろんな狩場の開拓もしていた。
そのときに見つけてしまったのだ。かつて分かたれたもう一つの自分たちの元同胞を。
けれど彼らの歴史に、そんな連中は刻まれていない。1000年以上昔の歴史など、彼らは覚えていないのだ。
せいぜいが神様がいて、邪神と戦って、この世界を創ってくれた。賢者モズが知恵を授けて、栄えることができた。それくらいが彼らに語り継がれた歴史だからである。
そして脳筋種族たちから見て、村外派から亜獣人という〝同胞〟の気配が感じられなくなっていた。
それほどに二つの種の遺伝子は、違いが出てしまったということの証明でもあった。
二種族間での交配は可能だ。それくらいには近い種のはずなのだが、排他的な脳筋種族たちからすれば、それは気味の悪い力を受け入れた異物たちに見えてしまった。
村内派からすれば、神から貰ったこの世界に、勝手に住み着いた何者かでしかなかったのだ。
それがいつの間にかあちこちに国を築き、自分たちよりも広い土地を占有している。
これは脅威なり。あのよく分からない連中に、将来的に自分たちの国の縄張りまで侵食してくるかもしれない。
そう考えた脳筋派閥は、徹底的な交戦を見据えるようになり、その準備をはじめていた。
一方で村外派たちは、あちらが穏便ならば話し合いで解決することもできるだけの余裕があった。
けれど明らかに敵対意識を持たれていることを、いち早く気が付き、彼らも応戦の構えを取り出した。
村外派の国々は、そこにもう一つの自分たちとは考えが違う国があることは気づいていた。
だから刺激しないようにしながらも、常に監視はしていたのだ。
そしてなにより、村外派の中には村内派に捨てられた者たちの子孫がいる。
当然、祖先たちからいい話を聞かされていなかったこともあり、村内派の国に不信感を最初から持っていたのも大きかった。
ただ他と違うから、魔法の素養があったからと、群れから祖先たちを追いだした冷血漢ども。
そんな認識が村外派の国に住まう民衆の何割かには根付いてしまっている。
大らかであろうと、村外派も亜獣人。同族意識は強い。その何割かの者たちが悪く思っているのだから、悪い国なのだろうという認識が全体に広がってしまってもいた。
実際に、こちらにいきなり戦を仕掛けてこようと、準備をしているような連中だ。
話し合いができるはずの村外派も、会話は不要と判断してしまい、各国での連合軍を組みはじめている。
「このまま放置していれば、確実にどちらかが滅ぶまで戦うんだろうな」
「最初の頃はあんなに皆、仲間って感じで生きてたのに……」
「なんとか回避できへんやろか」
「これも自然の摂理であり、どちらかが淘汰されるならそれはそれで種の選択である──とも考えられますが、止められるのなら止めてあげたくもありますね」
できるだけ自由に過ごしてほしいとは考えていたが、片方の種を淘汰するほどの戦争をして欲しいわけがない。
さてどうするべきか。竜郎たちは、時間の流れを極限まで遅くして、今後の亜獣人たちの歴史について話をはじめた。
次も木曜日更新予定です!




