第473話 亜獣人創世歴:200年~500年
200年かけて木造技術を発展させた、村内派の亜獣人たち。ついに金属や鉱物、魔物素材による防具など、道具に頼るという意識を向けさせることには成功した……かに思えたが、亜獣人というものは、なかなかに竜郎たちの想定通りには動いてくれなかった。
「飽きるの早すぎだろ……」
「むしろ、なんか退化してってない……?」
ゴブリン集団との約100年にも及ぶ熾烈な戦いに幕を下ろし、平和が訪れた亜獣人たちだったが、そこから発展を──という意識があったのは、せいぜい10年程度。
せっかくゴブリンたちが使っていましたという体で、整った設備をゴブリン集落のあちこちに用意し、材料まで置いてあったというのに、ついにそれを技術として完成させるには至らなかった。
もちろん、中にはスキルを取得し個人で自分の武器や防具を作ったものはいた。
それにより狩りも安定し、弱い者でも強者たちについて行けるという自信をつけたのも今は昔。
当時の権力を握っていたのは素の強者たちであり、武器や防具に頼るのはやっぱりダサい──というような風潮を、狙ってか天然かは定かではないが作り上げた。
それにより道具を使って自分を強化していた者たちを、異性に興味を抱かれにくくした。
異性にモテるというのは、亜獣人たちには重要なことだ。自分の子を残せない。自分の遺伝子を絶やしてしまう。それは亜獣人たちにとっては、大問題だった。
その風潮はそのまま根付いてしまい、村内派の亜獣人たちは、より自然のままの強さを見せるのが異性へのアピールとなっていった。
終戦から50年経った頃には、100年で築き上げてきた技術すらも使わなくなり、また野生に帰ろうとしはじめていた。
「ままなりませんね……。自ら不便を強いて、それを乗り越える姿こそが美しい、恰好がいいという認識になってしまいましたから、それも当然の流れなのかもしれませんが……」
「同調圧力ゆうか……村内派は特に皆の意見が自分の意見と思う傾向が強い気ぃするわ」
「群れでの生活では悪くないのだが……それにしても極端すぎるな。マスター、また敵を出したほうがいいのではありませんか?」
「それでもパワーー!とかいって、脳筋で解決しはじめそうじゃないか?」
「あー……ね。その光景が思い浮かんじゃったかも」
「スキルももう積極的に取るようになっとるからなぁ」
亜獣人という考えるより行動するのが得意な種族に対しては、どうしても戦闘という彼らの本能を刺激しながら、必要性を教えるのが一番早くはある。
しかしここまでくると、神に言われても躊躇うほどスキル取得に忌避感を持っていた亜獣人たちも、計画性などほとんどの者がかなぐり捨てて気軽にシステムから取るようになっている。
けれどそれがあるからこそ素の状態での戦闘能力も上がり、個々の戦い方も特色がついて、魔物を用意するにしても調整が難しくなっていた。
下手な魔物を用意しても力づくで解決され、強い相手を用意すれば大量の死者が──といった具合にだ。
「いや、でもそうだな……これならどうだろう」
「お? なになに?」
そして新しいテコ入れを竜郎たちは行っていく。
創世から250年。ゴブリンたちを滅ぼして約50年が経った。
すっかり平和になったことで、亜獣人たちはこれまでの戦いの時間を、さらなる発展に当てるのではなく、己を鍛えることを優先しだした。
素の肉体を鍛え、自分の力だけで狩猟をすると異性にモテるからだ。膨れ上がった筋肉を見せると、異性から感嘆の声や黄色い悲鳴が上がるからだ。
だったら鍛えるしかねぇ!と男も女も関係なく、時間さえあれば筋トレに明け暮れた。
木造の建築技術も、最低限暮らせるだけの家さえあればいいという状況になり忘れられていった。
木造技術で何か作ったところで、異性にはモテないのだ。
そうしてゴブリンたちの襲撃を幾度も防いでくれた、今や町と言ってもいい規模だった木造の外壁は、見るも無残に壊されている。
出入りが邪魔だからだとか、筋トレに、攻撃の的に好き勝手使われた結果だ。
あの頃のように皆が一丸となって、自分のすべきことを全力で行っていたのが嘘のように、完全に個人個人が好き勝手に行動していた。
そんなある日。筋骨隆々に鍛え上げた肉体を、これでもかと見せつけながら、町でも有数のモテ男がファンを引き連れ狩りに向かう。
「グルルゥゥ……なんだ? あれ。デカいナメクジか?」
「………………」
いつもの狩場に、見たこともない魔物がいた。それは体高一メートル以上ある、銀色のスライム。
それが亜獣人たちの糧である、丸々太った喰いごたえのありそうな魔物を狙っていることに気が付いた。
「何だか知らねぇが、それぁ俺の獲物だっ!! ギャォオオオーーーー!!」
連れてきた異性に良いところを見せようと、虎系の亜獣人のモテ男は鍛え上げた太い腕を振り上げ、スキルによって発現した気力の爪で引き裂きにかかる。
「ニ゛ャァアッ!? なんだオマエ!!」
「………………ニャア」
だがその爪が当たる前に銀スライムは、モテ男を銀色にしたような姿になり、鏡合わせのように同じ技でそれを受け止める。
「気持ちわりぃんだよ!!」
「ニャ~~~~~」
爪と爪がぶつかり合って火花が飛び、蹴りと蹴りが当たって轟音が鳴り響く。
完全にモテ男の動きをトレースし、全く同じ動きで決着がつかない。見ていただけの女性たちも、これは加勢したほうがいいとモテ男の元へ駆けだした。
しかし銀色スライムは分裂し、加勢しに来た女性たちの形を真似して邪魔をする。
やはりそちらも全く同じ動きで、決着はつかない。こちらが疲れればあちらも疲れ、まったくの互角。
そんなことをしている間に、狩る予定だった魔物たちはどこかに行ってしまった。
こうなってしまえば、もうこんな不毛な戦いをする意味がないことくらいは、すっかり脳みそまで筋肉になってしまったかのようなモテ男たちにも分かる。
その日はなんの成果も得られず、すごすごと帰るしかなかった。
その話は瞬く間に町中に広がっていった。そして日を追うごとに目撃証言が増えていき、あちこちの狩り場が銀色のスライムに占領されてしまう。
食いでのある大きな魔物の群生地。美味しい果物がなる果樹林。青々とした草花が生い茂る平原。肉食も草食も双方、食べるならここだと昔から言われていた場所が使えなくなった。
他の場所でも確保できないこともないが、質も量もそこと比べるとかなり落ちる。なにより探し回るのに時間もかかる。
亜獣人たちも焦りだし、町中が大パニックに陥った。これでは、おちおち筋トレもできないではないかと。
ここまできても筋トレかよ! と、これを見ていた竜郎はツッコミを入れていたが、その声は彼らにまでは届かない。
しかし、その数年後に救世主が現れる。
その町には、いわゆる非モテに分類される知恵の回る男──モズがいた。
珍しく知恵が回る一方で筋肉がつかない体質なのか、線の細いイタチ系亜獣人だ。おかげで異性には見向きもされない。
そんなモズは、周囲の会話から銀スライムの情報を集め考えた。
そして首に下げている狩猟トロフィー代わりの牙のネックレスなどを身に着けている者もいるのだが、そういった装飾品は真似されていないことに気が付く。
であれば、非モテアイテム──武器や防具を使ったらどうだろうかと思いつく。
どの道、自分は女に見向きもされない。だったら今更、俺が武器や防具を使ったところで何が変わるものでもない。
そう思って好奇心に駆られ、面白いものはないかとたまにやってくるゴブリン集落の跡地に足を向ける。
その加工場で、使ってくれとばかりに置いてあったのに、誰も使わなくなったホコリまみれの槍と鎧を入手する。
川で適当に洗って、最低限の形は整えられた。古びているが、意外と物はしっかりしている。
それらを身に着け、モズは誰も使えなくなった肉食の狩場の中でも一等地に赴いた。
ここが一番、銀スライムの数が多い。だが何故か、このスライムは一対一に拘る性質があることも、あちこちで情報を集めてきたので知っていた。
「キィゥッ! や、やっぱりだ! こいつら、武器は真似できないぞ!」
町一番の筋肉ダルマでも勝てなかった銀スライムに、モズはその手にした槍であっさりと勝ってしまった。
武器が真似できないから、動きも真似できず、バグったように動きが鈍っている隙に槍で何度も突いたのだ。
すると風船から空気が抜けていくように、銀スライムは地面にべちゃりと潰れて溶けていった。
それから次々とモズは銀スライムを蹴散らしていき、ついにこれらが居着いてから、誰も手に入れられなかった極上の獲物たる魔物を仕留め、町に凱旋した。
ここ数年見たこともなかったような大物に、町の者たちは大いに沸いた。どうやったのか、モズは皆に囲まれ、惜しげもなくその知恵を授けた。
それからモズの人生は大きく変わった。狩場は少しすると、どこからともなく湧いてきて、再び銀スライムが邪魔をしてくるようになる。
しかしモズが皆に教えていった武器と防具を使った方法を使えば、皆が美味しい食べ物を取れるようになった。
独占せずに、皆のためにその知恵を広めたモズは『賢者モズ』と呼ばれ、皆に一目置かれるようになった。あと美人の奥さんを数人娶ることができた。
だが銀スライムもゆっくりとだが、少しずつ学習する。
同じ武器を使い続けていると学習していき、その武器では通用しなくなった。
どうすればいいと、賢者モズの知恵を皆が頼る。
モズは武器を変えればいい。もしくは武器の形を変えてみようと提案する。
それは見事に的を射ており、形状を変えただけでも違う武器とスライムは判断するようで、バグ挙動を起こし簡単に仕留められた。
賢者モズはますます皆に頼りにされるようになった。
賢者モズが死んでからも、武器と防具のブームは止まらない。
武器があれば簡単に銀スライムを攻撃でき、防具があれば銀スライムの攻撃から身を守れるからだ。
次第に筋肉を鍛えることよりも、いかに良い武器を、防具を持つかでモテるかどうかが判断されるようになっていった。
これにより創世から約300年かけて、ようやく本格的な石器だけでなく、金属や魔物素材の加工技術が研究されるようになり、創世500年頃になると完全に製造技術が普及した。
その頃には、武器や防具の研究の一環のお試しとして町自体にも手が加えられるようになった。
家々は木造だけでなく、石造りだけでもなく、レンガや魔物の骨粉を利用したコンクリートのような物まで生み出し、もはやあの竪穴式住居を使っていた亜獣人とは思えないほどの、人間らしい町ができあがっていた。
理屈が分かっている者はいないが、スキルのおかげでなんかできちゃったのだ。
ちなみに町の中心地には、今もなお亜獣人の未来を切り開いた偉人として、神の像の近くに、賢者モズの像が建っている。
一方で創世250~300年頃の村外派の者たちはと言えば、かなり順調に自分たちなりの生活を築き上げていた。
放牧民のような生活はそのままだが、それぞれの部族ごとに決まったルートができあがり、違う部族と小さな争いになることもあったが、基本的には友好的に互いの部族の土地でしか採れないものを交換したり、婿や嫁に出したり迎え入れたりと穏やかなものだった。
しかし村内派のテコ入れの波がこちらにも押し寄せた。
銀スライムがこちらでも出てきたのだ。ただしこちらは脳筋というよりは、知恵者が率いる傾向が強かった者たちだ。
魔物の骨や皮、石材や木材を加工して作った武器もそれなりにあり、筋肉サイコー!と喜んでいる者たちほどの衝撃は最初はなかった。
しかし銀スライムは学習し、亜獣人たちに化けるのではなく、亜獣人たちの家畜に化けるようになった。
人と違い魔物はより外観を真似しやすいようで、見た目も銀色ではなく色までほぼ完璧に再現していた。
それによりいつの間にか銀スライムに家畜が食われていた。家畜だと思っていたら、銀スライムだった──なんて事件が少しずつ増えだした。
しかしそれも、筋肉至上主義者たちとは違った。
あちらは筋肉があるほうがモテたため、どうしても頭脳より肉体派の遺伝子が残りやすかった。
それに対してこちらは、知恵がある方がよりいい生活ができた。そのため頭脳派であればあるほど、遺伝子を残すことができた者たちだ。
特別な一人ではなく、すぐに銀スライムの特性を見抜いて、家畜たちを飾り立てる文化が生まれた。
家畜になっている魔物たちからすれば邪魔臭い代物だが、亜獣人たちそれぞれの感受性とスキルによって、多種多様な装飾品が作られていく。
時を早送りしながら、その過程を観察した竜郎たちも、思わず欲しいと思える芸術作品が、家畜たちの装飾品になったのだ。
その複雑な編み込みや細工による模様や彫刻は、銀スライムでは真似できない。
すぐに偽物が分かるようになり、銀スライムの脅威はほぼなくなった。
さらに部族ごとに特色も生まれ、似たり寄ったりであった亜獣人の部族も、竜郎たちですら簡単に判別がつくようになった。
この柄を多用する部族はどこそこだ。あの彫刻をするのはあそこの部族だ。などと。
それらは民芸品として、他部族との交易品になっていった。
そして500年を過ぎた頃には商売を覚えた一部の部族は、放牧民としての生活を止め、自分たちの村を作り、他の部族たちに宿や食料を提供するようになった。
別部族の特色のある衣服や装飾品を物々交換で手に入れ、他の部族により良い品と交換してもらう。
そんな生活をするようになったのだ。
武力という点では村内派がリードしているが、文化という点では圧倒的に村外派がリードするようになったのだった。
「スキルのおかげで、一回波に乗るとすいすいと発展していったね」
「それもあるが……なんだか少し、知能も高まっているようにも感じたんだが気のせいか?」
「気のせいちゃう? 頭のええ人らの遺伝子が重なったからっちゅう考え方もできるかもしれへんけど」
「では次はどのようなテコ入れをしましょうか」
まだまだミネルヴァは観察を続けたそうにしている。
竜郎もここまできたら、もっと発展させたいと、乗り気なままに彼らの観察の続行を決めた。
次も木曜日に更新できるとは思いますが、もしかしたらできない可能性が少しだけあります!




