第462話 寿命と崩壊の理由
カニバリズム上等な亜獣人たちに、これ以上、巻き込まれ事故のように殺され食われる被害者を無くそうと亜空間の主である魔物全てを従魔にした竜郎だったが、そうしたことで厄介な事実に気づいてしまった。
長ければ10年、短ければ1年ほどでこの亜空間が崩壊するという事実が──。
「えっと……なんで? これまで凄い長い間、生き続けてきたんだよね?
なのにあと数年でってさ、もしかして私たち…………なんかやっちゃいました?」
つまるところ、タイミング良すぎないかと愛衣は思ったようだ。
亜獣人がまだ生きていた時代から存在し続けた、小さな魔物の集合体。竜郎たちなど足もとに及ばないくらい、ずっと生き続けた存在だ。レーラと比べられるほどの長命種と言っていい。
なのに竜郎たちがここに来た途端、あと数年と宣告されるなど、何かしてしまったとしか愛衣には思えなかった。
竜郎も同じことを考えたようで、その原因を既に調べていた。
「あー……うん、もともとこの魔物は、死は実質ない状態だ」
「でも死んでまうんよね?」
「ああ、だから〝実質〟なんだ。というのも、こいつらは大量の集合体でありながら、遺伝子的にはまったく同じクローンの寄り集まりだ。
だからこそこれほど大規模で、特殊な空間を操る魔法を、あんな小さな存在が上手く繋がり合って作り出せるわけだ」
「それは既にマスターが調べていたことですよね?」
顎に手を当て、少し前に竜郎が語っていたことをアーサーも思い出す。
「ああ。だがここからが問題で、それでもこれほど小さな存在が空間の魔法を使い続けるのは、やっぱり無理があった。
だから一匹一匹の寿命がかなり短いらしい。数日で死んで次の世代の自分のクローンに託してる感じだ」
「なんだかセミさんより儚そう」
「セミは土の中にいる間も換算すれば年単位生きてるけど、こいつらは生まれて分裂して死ぬを、何度も何度も短いスパンで繰り返してる」
「それでも鼠算式に増殖できるから、千年──万年と生きられるだけの魔物だったのでしょうね」
ミネルヴァも自分の力で解析したからこそ、竜郎と同じくらいその点については理解していた。
「そうだな。けどそれにも限界はある。気が遠くなるくらい長い間、何度も何度もクローン複製し続けてると、どうしても突然変異個体……まぁ言ってしまえばエラー個体だな。
ちゃんと複製できず、他と違う遺伝子情報に変異した個体が出てきてしまう。
それは生物にとっては進化に繋がるかもしれない可能性の個体でもあるわけだが、こいつらにとっては、そうして生まれてくる個体はガンみたいなものだ」
「ああ、なんとなく分かってきたわ。これだけの空間を作るんなら、それはそれは精密な演算と澱みのない力の流れは必須やろうなぁ」
「んん? んー…………あ、ガンってそーゆーこと?」
千子の言葉に愛衣はどういうことだろうと首をかしげていたが、彼女も答えに行き着いた。
そう、突然変異個体はガンなのだ。竜郎は「そーゆーこと?」と問うてきた愛衣に頷き返した。
「そういうことだな。増えなければ勝手に死んでいくだけなんだろうが、突然変異個体だって分裂してクローンを残し続ける。
別にそれは勝手にすればいいんだろうし、この亜空間を作るのに邪魔にならないならどうってことなかったんだろう。
あるいは別種として、この個にして全となる集合体の群れから離脱して新しい魔生を謳歌してくれればいい。
実際にそういう個体だって、ちゃんといたはずだ。
けどそこまで考える頭もなく、力が変わっても本能のままに、この亜空間を作る歯車の一つになろうとしてしまう個体だっている」
ところがそれは、群れにとってはありがた迷惑となることが多い。
竜郎のように一人で莫大な力と制御力を持っているのなら気にする必要もないことだが、空間魔法は魔法の中でも特に難易度の高い魔法だ。
膨大な量の群れを成すことで、この魔物たちはその特殊な魔法を構築できていたわけだが、だからこそ少しの乱れが崩壊に繋がってしまう。
竜郎たちにとっては小さな乱れでも、その小さな乱れを持つ個体も増殖し、自分が群れにとって悪だという気持ちを抱くこともなく、さらに乱れを大きくしていく。
そしてそのしわ寄せは、正常なノーマル個体たちにのしかかっていく。
「それでも逆の意味で利となる突然変異個体だっている。この亜空間を維持するのに、より効率的な力を持った順当なる進化ともいえる個体もな。
だが奇跡的にこの生き方に合致する個体と、その他の合致しなかった個体だと、生まれる数は後者の方が当然多い」
「合致するのは限られた種であるのに対して、合致しないというのは、なんでもいいから合致しなければいいだけ……その分、幅も広いでしょうからね。
つまりマスターが言いたいのは、長い年月でそういったエラー個体を増やし続けた結果、半永久的に続くはずのこの魔物たちにも、終わりが見えてきていると、そういう解釈でよろしいですか?」
「ああ、それで合ってる。最初は個体ごとの差異なんて、あってないようなものだと思ったんだけどな」
「私たちの物差しで計ってしまったが故に、気づけなかったこと──ということですね」
少し反省したように、ミネルヴァも記録を取る手を止めた。
「せやかて、これ一匹一匹は矮小すぎやろ。しゃあないことやと、うちは思うで」
「それなんだよなぁ。だから全部をちゃんと従属させなきゃ、俺も気づけなかった」
竜郎たちの物差しが一メートル単位だとするなら、この魔物たちの一体一体はミクロ単位の物差しだ。
小さすぎて竜郎やミネルヴァという、解析に使える力があったとしても、大雑把に全部同じに見えてしまうのは無理からぬことだろう。
「えーと、じゃあそのエラー個体が増えすぎちゃって、もうどうにもできなくなっちゃったから、全部一斉に崩壊しちゃう──ってことだね。
よかったぁ。私たちのせいじゃなくて。ちょっと考え過ぎちゃったみたい」
「あはは、杞憂ちゅうやつやな」
「それそれ~! きゆーきゆー! 考え過ぎは良くないね!」
「せやな! いやぁ、安心したわぁ」
やばそうな、滅んでも文句も言えないような人種であろうと、今いる彼らに悪戯に死んでほしいわけでもない。
ましてその生活の崩壊が、自分たちに由来していたとなれば、なんとも目覚めの悪い話ではないか。
けれども彼らがこのような形で絶滅を避けていた、奇跡のような亜空間が壊れてしまうのは、自分たちのせいではない。
そう思えば亜獣人たちには悪いが、愛衣たちからすれば随分と気も楽になるというものだった。
しかし竜郎は、それを見て少し苦い顔をしてしまう。
そして愛衣は、そんな彼氏の微細な表情の変化も見逃さない。
「え?」
ほっとして緩んでいた、彼女の表情がまさかと固まる。
竜郎はしゃべろうかどうか、実は迷っていたのだが、その反応で誤魔化すのは厳しいかと、より正確な真実を公開することを決心した。
「愛衣は俺の反応で気付いたようだが、実は俺たちが来たことで、それでもあと数百年は猶予があった時間を、一気に縮めてしまったのは確かだったりするんだよなぁ……なんて」
「えぇ……嘘でしょ…………なんでぇ…………?」
「「あう?」」
「「ガァ……?」」
げんなりと肩を落とし、愛衣はその場に座り込む。
楓と菖蒲が大丈夫?とばかりに、愛衣に寄り添いその頭を左右から撫でる。
フレイムとアンドレも、気にしてないふりをしながらも、愛衣のことを母とは思っているようで、少し心配そうに近くに寄ってチラチラと彼女に視線を送っていた。
「ふふっ、ありがと。四人とも」
「「う!」」
「「…………ガゥ」」
ちびっこたちに心配させては駄目だと、愛衣は笑顔で立ち上がって、四人の頭を撫でていった。
楓と菖蒲は抱き着いて喜んだ。フレイムとアンドレもまんざらではなさそうにしながらも、表面上は「気安く触らないでほしいな」とそっぽを向いた。
そんなほっこりするワンシーンを眺めながら、竜郎はあらためて発覚した事実を口にしていく。
「俺たちがこの亜空間に入ったことにも、亜空間の主たちは気づけていない。
だが確実に俺たちはその中に存在する。まさに体内と言っていい、この場所に入り込んだわけだからな」
「ということはですよ、マスター。気づかなくても、影響を受けてしまったパターンですか」
「そうなるな。俺たちも力を抑えてはいるが、それでもこの小さな魔物たちには重すぎる存在だったんだ。
突然変異個体も、長い年月をかけて熟成して多様化してしまったせいで、そういう影響を感じやすい、アンテナが敏感な個体もいたみたいなんだ。
それらが一斉に反応して、余計に亜空間の維持に負担をかけて、この亜空間を維持するのに重要な個体にこれまで以上に強い負担を強いてしまった。
結果、300年か400年か、はたまた600年か700年だったのか。
そこまでは知らないが、それくらいは確実にあった猶予も潰れ、残り数年の儚い存在になってしまいました──って話だな。
とにかく影響はミクロな世界なくせに、バタフライエフェクトな感じに出てくる影響はでかいんだよな」
実際に受けている影響は本当に小さなものだったのだ。だからこそ、竜郎たちでも気づきづらかった。
もしも竜郎が全ての個体を従魔にして、その僅かな個体の違いに気づけなければ、そのまま「ここで達者に暮らせよ」と亜獣人たちを放置して、その数年後には将来的に本当に本当の意味で絶滅する未来もあり得ただろう。
「とはいえ結果的に私たちが来たことで寿命を縮めてしまったというのは、事実なのでしょうが、どちらにしてもいつかは終わる世界だったのですね」
「まぁ、だから俺たちは悪くないって放置する気もないんだけどな。
だってさぁ、このまま亜獣人たちが解き放たれたら……良い未来なんて何もないだろ。
亜獣人にとっても、外の……本当の世界に生きる人たちにとっても」
愛衣にもこの亜獣人たちが解放された場合、どんなことが起こりそうか簡単に想像がついてしまった。
「それはそうだね。どう考えても、亜獣人さんたち、今度こそ滅んじゃうでしょ」
「せやんなぁ……。この人ら見とったら、どう転んでも仲良くおっちぬ未来しか見えへんよ」
「せめてもう少し、他種族と分かり合える気性の持ち主なら、話は簡単だったのでしょうが……そういう種族なら、本当の世界でも絶滅するまで追い込まれなかったという……。なんとも、ままならないものですね」
近い将来、この亜空間が崩壊してしまい、亜獣人たちが野に放たれようと、システムを使おうとしない彼らが今いる現代人たちに勝てるとは思えない。
たとえ死ぬくらいならとシステムに手を出したとしても、得たばかりの力で、彼ら亜獣人が最も栄えていた時代よりも、さらに繁栄を遂げている他の種──他の人類たちに勝てるとは到底思えない。
数も力も足りず、それでも彼らは自分たちは誉れある最強の種と疑わず、最後の最後まで勘違いに気づかずに暴走し──そして死んでいく。
それはこのままいけば、ほぼ確実に訪れるであろう未来だ。
亜獣人という種と直接会話し、その性根を知ってしまった竜郎たちには、そうとしか考えようがないだろう。
「この亜空間から出てしまえば、亜獣人たちは際限なく他の種族に喧嘩を売って本当にこの世界から消える。
それを自然と摂理として受け止め、正史で語られたままの存在になったとしても、それは俺たちが来なかったとしても、いつかは起こっていたことだ。
だが解き放たれた亜獣人たちが滅びるまでの間に、犠牲になる人だって出てくるだろう。
それは俺たちのせいとも言えなくもない」
「拡大解釈しすぎなような気もしますが、放っておいたら数百年後だったのに、数年後にしてしまったわけですからね。
その数年後に生きる被害者たちは、私たちが何もしなければ、被害に遭うこともなかったと考えれば……まぁ、私たちのせいと言えなくもないでしょう」
もしもの話でしかないが、数百年後の被害者と数年後の被害者を入れ変えてしまった。
本来起こるはずのない未来を引き寄せてしまった。
そうミネルヴァは、竜郎が感じる負い目を言語化する。
「俺が言いたいのはそういうことだな。となると一番手っ取り早いのは──」
「殲滅──でしょうね。ご命令とあらば、一瞬で終わらせてみせましょう」
「──それはありがたいんだが、さすがにな」
アーサーなら、竜郎の命令一つで竜郎がやりたがらない殺人もあっさりとこなしてしまうだろう。
それは単純で、竜郎たちにとっては最も簡単で手間のかからない方法。
外に出る前に、亜獣人を自分たちの手で本当に終わらせてしまえばいいというもの。
しかし彼らもここで生きている。色々とやばい種族なのは分かったが、だからといって、力があるからと言って、それで終わらせてしまうのはあまりにも傲慢が過ぎる。
「だからまぁ、どうにかしようか。ちょっと面倒でもな」
「うん。その方が、私たちらしいよ。私はそっちの方がいい」
「せやな。うちも賛成や」
「マスターがそう望まれるのであれば」
「私も異存はありません」
「「うっうー!」」
「「ガァ……」」
話の流れはよく分かってないが、なんとなく察してはいるちびっ子ドラゴンたちも、賛成とばかりに手や尻尾をあげていた。
「んじゃあ、どうすればいいか。話し合っていこうか」
次も木曜日更新予定です!




