第461話 新たな事実
「まさかここまで、魔物が作り出した世界を正当な場所と思っているとは思わなかったな」
「いくら広いって言っても、亜獣人さんたちの脚で世界の端っこにいけるだろうしね」
ここは現実世界と違い、ゲーム世界のように端が存在する。
端に近づくほどに描写処理が荒くなるように、靄が濃くなっていき、最後には行き止まりに到達するのだ。
それは通常の世界としてはあまりにも不自然で、一定以上の知性ある生き物ならここが作り物の空間だと気づく者がでてきておかしくはなかった。
「でもそれが他の種族の逆恨み……ゆうか、最後の仕返しで世界が崩壊したせいやって納得してたんやな」
「私も自分たちのいる場所をどう認識してるのかと思っていたが、かなり都合よく勘違いしてただけだったようだな」
「ご都合主義にもほどがある解釈で驚きでした。
第一全種族を敵に回しても、自分たちの祖先は勝てたと疑っていないところが凄まじいです」
「そんなことができるのは、この世で竜種だけだよなぁ」
竜郎たちのイレギュラーがいればまた違っただろうが、真竜と側近眷属たちという絶大な戦力を有する最強種族ドラゴン。
むしろそのレベルでなければ、他全ての種族を敵に回して勝てるわけがない。
そんなものは、この世界で生きていれば子供でもなんとなく理解している〝当たり前〟だ。
だがそんな常識さえも、この閉じた世界の中で細々と何万年も種を繋ぎ続けた彼らにとっては、〝我らの種こそ最強にして偉大なり〟とばかりに、老トドの亜獣人も信じて疑っていなかった。
「他の皆さんからしても、このおじいさんが言っていたことに疑問は感じませんか?」
念のため周辺にいる全亜獣人たちに竜郎がそう問いかけてみたが、疑問という言葉すら知らないとばかりに、実に簡潔に感じないと大きく頷いていた。
「でもそれだけ長いこと生きてたら、誰かしらこの世界は変だって言い出す人とかいなかったの?」
「いた──という話は聞いたことがあるな。
だが祖先が残してくれた偉大な歴史を疑う愚か者は殺すことになっている」
「そこは徹底してはるんやね……」
「当たり前だ。我々は常に堕落の邪神に狙われている。
一人ならいいと放っておけば、そこから獣人という世界で最も優れていることが証明された最高の種族が絶えてしまうだろう。
我らは意思を一つにしていなければならない」
「実際にそのおかげで、こんな不安定な箱庭でも生きて居られてるんだから、教えは正しかったともいえるか……いや、むしろそうなるように過去の亜獣人の誰かが伝えさせたのか?」
「それはありえそうですね。さすがに最初に捕らわれた亜獣人たちは、自分たちが勝ったなどとは思っていなかったでしょう」
アーサーが竜郎の言葉を肯定する。
いくら粗野で人間種族の中では知性が低いなどと揶揄されていた種族だとしても、絶滅するまで追い詰められているような状況下で、「俺たちが勝っている!」などとは思うわけがない。
「獣とて、圧倒的な戦力差で負けていれば、自身が勝っているのか、負けているのかくらい分かるでしょうからね」
ミネルヴァもそれに相槌を打つ。
それにこの老トドのように、人並みに会話ができる者だっていたはずだ。
さすがに本当に今、この世界でのみ伝わっている歴史のままに勘違いしているとは考えづらい。
となると、かつての──ここに生き残っている亜獣人たちの祖となった者たちが、少しでも長く種を繋ごうと、この異常な世界で生きていくことを決めた。
そう考えるのが自然な気がした。
「もしかしたら、ここで再起をはかっていずれは復讐を──なんて考えている人もいたのかも?」
「血の気が多そうだし、それもあり得そうだな。
もしかしたら、真実の歴史を知っている一族なんかもいるかもしれない。
そこのところどうですか? 心当たりはないですか?」
「真実……? 何を言ってるか知らんが、この世界は皆平等だ」
「平等に同じことが言い伝えられていると?」
「その通りだ。誰一人、違う者などいはしない」
「そうですか…………他の皆さんもそうですかー?」
魔法で声を拡大して、村内にいる全ての亜獣人たちに魔力で意識を込めた肉声を届かせる。
これで今の話を聞いていなかったとしても、何を聞きたがっているのか、今の魔法の制御下にいる亜獣人になら伝わるはずだ。
竜郎は解魔法で全員の反応を一斉に調べてみる。
「特殊な口伝を受け継いでいるような人もいないみたいだな」
「いたとしても失伝してるんとちゃうかな?」
「それが妥当だな。本とかも見当たらないし……そもそも、ここに文字はあるんですか?」
「文字? なんだそれは」
「このおじいちゃんも知らないなら、文字って概念もなさそうだね」
「なんというか、こういう感じの……本とか、読めなくてもどこかにあったりしませんか?」
竜郎が駄目もとで本を《無限アイテムフィールド》から取り出し、老トドに見せてみる。
てっきり「そんなものは知らない」と返ってくるかと思いきや、予想外の返答が耳に届き息をのむ。
「ああ、たまに来る堕落の邪神の使徒が持っているやつか」
「邪神の使徒……っていうのは、どういうことですか? それはなんですか?」
「たまにくるのだ。亜獣人以外の姿をした人間モドキがな」
「あまり想像したくないが、それはやはりこの亜空間を作っている魔物が新たに取り込もうとした住民では?」
「亜獣人以外の人間を受け入れようとしないなんてこともないでしょうから、それも十分にあり得そうですね」
つまり外から別の人間が入ってくることもあったのだ。
だがここには亜獣人以外の人間は存在しない。竜郎とミネルヴァがこの亜空間全体を既に調べ終わっている。
亜獣人以外の知性ある生物は存在しないと結論付いている。
それが指し示す答えは一つしかない。だがそれでも竜郎は念のため老トドに問いかけた。
「その邪神の使徒とやらには、どういった対応を?」
「いつも馬鹿のように数人で、それも弱々しいものばかりで油断を誘ってくる。
だが我々は馬鹿ではない。祖先たちの言い伝えに従い、騙されることなく全員で始末している」
「返り討ちにあうような人は、そもそも亜空間の主が入れないでしょうからね……」
この亜空間を作っている魔物は、決して強いわけではない。
魔物と言えど自分たちの亜空間を壊すような存在を、胃袋の中に入れるということはないだろう。
つまり弱者を放り込み、新しい養分として中で定着しないか試せるだけでの弱者しかいない。
そんな存在が寄ってたかって殺しに来る亜獣人たちに、対抗するのは不可能だ。
「今まで生かした者はいないと?」
「もちろんだ。たしか八年ほど前にも何かの種の子供の姿をした人間モドキが来たが、変わりはなかった。殺し食らった。骨も残さずにな」
「た、食べたの!? ににに……人間を!?」
愛衣が信じられないと、顔を青くしながら老トドから距離を離す。
竜郎もカニバリズムを平気でしている連中なのかと、一歩後ろに下がってしまう。
そういう種族たちが住む大陸が、亜空間の外にもあることは知っているし、一度そこに行ったこともある。
けれど、そのときはそういう人種なんだと理解した上で接していた。
だが今回はあまりにも不意打ちすぎて、心が追いつかなかった。
「人間ではない。何故なら人間とは、もう我々獣人しかいないのだ。
他の種がいるわけがない。そういう形をした何かを使者として邪神が送っているに過ぎない。
それに貴重な珍しい食料だ。食べない理由がない」
「だとしても似た形をした……いや、そうか」
そういえばと、竜郎はさらに思い出したくもないのに思い出してしまう。
この村には〝墓〟がないなと。
「あなたたちは、同胞も死んだら食ってるのか?」
「当然だ。いつまでも我々の中で生き続けるように。邪神の使徒は食らうことで、負けない意思を邪神に示すために食うのだ」
「持ち物なんかは?」
外から持ち込まれたものも見当たらないことを思い出す。
「堕落の使徒が持っている物など手をつけられるわけがない。
燃やせるものは燃やし、燃やせないものは穴を掘って捨てている」
「そうか。遺品もなしか」
とはいえ、彼らを一概に責めることもできない。
そういう習慣を持ち、そう信じて、彼らはただ今を生きているだけなのだから。
ここで義憤に駆られ、竜郎たちが怒るのもまた違う気がした。
「けど他の人は、もう入れへんようにしといたほうがええかもしれんな」
だからといって、これからも可哀想な人が出続ける可能性を放置するのも寝覚めが悪かった。
亜獣人にとって邪神の使徒などいなくてもいい存在だ。むしろいた方が邪魔だろう。
だったら、もう二度と人間を入れないように竜郎が完全にこの亜空間の主たちを制御下に置いた方がいいと千子は提案してきた。
「そうだな」
竜郎はすぐに《強化改造牧場・改》の力で、内側から強引に亜空間の主たる小さな大群の魔物を全て従属させた。
このまま亜獣人たちは暮らしていけばいい。けれどこれ以上無駄に人間を入れないように──と。
「げっ」
だがそうしたことで、竜郎はまた嫌な事実を知ってしまうことになる。
「どったの? たつろー」
「この魔物たち……もう数年で一斉に死ぬみたいだ」
「「「「え?」」」」「「あう?」」「「グァ?」」
次も木曜日更新予定です!




