第268話 水上エリア
地下鉄に乗って、あっという間に遊園地前の地下駅に辿り着いた。
ここは最初の通用口なので町の中央駅にも匹敵するほど広い作りとなっている。
「いずれはここも遊園地に合わせたデザインを取り入れるんですか?」
「はい。そっちにも入り口はありますけど、ここはその玄関口みたいなものですし」
「これだけ広いとやりがいがありそうですねぇ」
商会ギルドのマックスは、まだ飾り気のない駅を見回しその広さもちゃんとチェックしていく。
そんな彼の質問に答えつつ地上へと階段をいき、駅の出口と園の入口となる大きな門を潜り抜け、メインエントランスを飾る噴水広場で足を止める。
「これは立派な噴水だね。けどあの何ものっていない台座のようなものは何だい?」
「あれはこの遊園地のシンボルを大きく飾る予定だ。
今のところそのシンボル自体も未定だから、何も飾れていないが」
「なるほど。タツロウたちはこんなものがいいという案があったりはするのかい?」
「魔物園の人気魔物をモデルにした、子供受けしそうなフォルムのデザインとかいいんじゃないかって意見が出てるな」
リオンもマックスに負けじと情報を収集しつつ、後ろの貴族たちも興味津々にその話に耳を傾けていた。
「ところで入園料などはどこで支払うのですか?
とくにそれらしい場所もなく、ここまで入れてしまいましたけど」
火花を散らす男たちをしり目に、冒険者ギルドのエディットは物珍しそうに辺りを見渡し、そんな素朴な質問を投げかけてきた。
「そっちは地下鉄の運賃と一緒にするのはどうかと考えてます。
あっちこっちで支払いをするのも面倒でしょうし、さっきの乗った列車はここ以外には来ませんし」
「それにここの入り口じゃなくて、上に行かずそのまま別の目的エリアに行きたい人もいるだろうしね」
「そういうことですか」
愛衣が補足してくれたように町から地下鉄でここまできて、そのまま乗り換えで遊園地の各地地下に設けられた駅に行けるようになっている。
上で入園する際にお金を取る場合、すぐにお城や観覧車、絶叫系や水上アトラクションに行きたい人は、支払いを済ませた後また地下に戻って来なくていけない。
だが町から遊園地までの地下鉄に乗る際に入園料も込みで受け取ってしまえば、そのまま直にお目当てのアトラクションのある所へスムーズに進める。
大勢の人が来園するようなことになるなら、その方が混雑解消にもなるだろう。
「あんなところに城が……」
「あっちには火山のようなものまであるな」
「数日前まではこの辺りにあんなものはなかったはずなのに……」
「あっちに見えるのは海ですかね? なんでもありだな……」
噴水広場に捕らわれていた視線がそれぞれ思い思いの方角へと散っていく。
ここからでも視界に入る様々なセットや建築物にさっそく目を丸くしてくれていた。
その反応に竜郎たちはこっそりと満足しつつ、園内の案内に入っていく。
「まずは右手側の水上エリアに行きますので、こちらについてきてください」
ウリエルがガイド役を買って出てくれて、そのまま任せることに。
まずはメインエントランスの大通りを左に曲がり水上エリアへ。
町の直ぐに横にあるというのに海と見まごうような波打つ水辺と砂浜が一面に広がっており、一同はダンジョンにでも迷い込んでしまったのかと錯覚すら覚えて大口を開けてしまう。
「ここでは海水浴気分でこの辺りを泳いだり、遊んだりできるようになっています」
こちらの世界にも暖かい国の上流階級では、プールで水遊びするという娯楽があるという。
リオンたちもそちらなら知識として知っていたようで、その超大規模版だと解釈してくれたのか、大よそここでどう遊ぶのかは理解を示してくれた。
浮き輪やボール、サーフィンやシュノーケリングなど、魔法で水を弾きながら竜郎や愛衣が服のままその場で実演しつつ、水着の貸し出しや海の家など周辺施設についてウリエルが解説してくれる。
そういった遊びの中ではサーフィンが物珍しかったようで、騎士団長の魚人ヨーギが直ぐにコツを掴んでスイスイ波に乗る姿をみて歓声を上げていた。
ハウルも次は私の出番だと前に出たが、今日はざっくりとイメージを伝えるための見学会なのでそんな時間はないと断念させられる──なんていう一幕もあった。
地下鉄に乗って間にある似たような場所はショートカットして、人々が自由に泳ぎ回れる場所の次に、超大型のウォータースライダーや、水の中に敷かれたレールを自動で走り回るイルカの上に乗ったり、それが引くスキーやボートの上に乗るなんていう、水上スキーやバナナボートのようなアクティビティが楽しめる場所。
ペダルを踏むことで動く小さなボートでのレース場──などなど、見たこともない遊びが次々出てくることで、この中では一番年上なはずのハウルが一番遊びたそうにソワソワしていた。
「時間的に全部は無理ですけど、どれか一つ乗ってみますか?」
「いいのか? うむ、そういうことなら試しにあの水上スキーとやらをやって見たい!」
「はいはい。奈々、案内を頼めるか?」
「わかったですの。王様、こっちですの~」
「おお、そっちか!」
小さな奈々に連れられるハウルにレスだけは護衛として念のためついていき、二人で一緒に水上スキーを楽しみはじめる。
さすがにこちらの住民はシステムによる恩恵があるだけあって、簡単にバランスを崩すことなく水上を滑って楽しんでいる。
「父上はまったく……あれでは子供の様じゃないか……。すまないね、タツロウ」
「いや、楽しんでくれてるなら別にいいよ。ただあそこまではしゃいでくれるとは思っていなかったけど」
「父上の父君はかなり厳しい人だったようだからな。
ああいった遊びとは無縁の生き方をしてきた人だろうから、その反動もあるのかもしれない」
「じゃあ遊園地の常連客になっちゃいそうだね」
「あはは……、それは困っちゃうかなぁ」
王様が民衆に混ざって遊ぶわけにもいかないと、ルイーズは愛衣の言葉を否定するが、お忍びなどと言って押しかけてきそうだと嫌な予感がして、はしゃぐ父を横目に顔が引きつった。
また地下鉄で移動してショートカットし、水上レジャーでは最後の目玉である船を体験してもらうことにした。
水上エリアではこれを一番気合を入れて作ったので、竜郎としても楽しんでもらいたい乗り物だ。
三十人乗りの船なので、あぶれたお付きの人たちはリアと奈々、ウリエルに任せて二隻目に乗ってもらう。
残りは竜郎たちと一緒に一隻目に乗り込んでいき、準備ができたところで水中に敷かれたレールに沿って動きはじめた。
初めはゆるやかにのんびりと、普通の船のような移動。誰でものんびりとできる快調な滑り出しだが、まずは第一フェーズに移行する。
次第にグワングワンと波に押されるように上下に動いたり、横に大きく傾いたりと荒波に巻き込まれたがごとく動きが少しずつ激しくなっていく。
座席にはしっかりとシートベルトが付いているので、このくらいなら誰も振りおろされることなく、安全で刺激のある航海が続いていく。
「うわぁっ!?」「きゃーー!?」
第二フェーズ。演出で荒れ狂う海を進む船の横から、作り物の魔物が飛び出し戦闘とは無縁の職業の人たちが声を上げて驚く。
「はははっハサミ殿ー!? う、疑うわけではないっのだ、だがっ、これは大丈夫なのだろうかー!?」
「大丈夫ですよー!」
水中から出てくる偽魔物はだんだんと激しさを増していき、船にゴンゴンと体当たりしてきてグラングランと揺らしてくる。
その音と勢いに老貴族の1人が必死にシートベルトを握りしめて怯えた様子を見せてきたので、竜郎は明るく元気に、できるだけ呑気に聞こえるように大丈夫と言って安心させていく。
『おじいちゃんたちには刺激が強いんじゃない?』
『事前に刺激が強いとは説明してあるが、陛下や王子が行くのに──って聞かないんだからなぁ。
念のためポックリいかないように注意しとく。ニーナはちびたちの事を頼むな』
『うん! 任せて!』
楓と菖蒲はニーナががっしりと掴んで座席に座らせてくれているので、面白がって船から飛び出すことはない。
竜郎は安心してお年寄りたちの容態を、魔法で細かくチェックしておく。
ハウルやリオンなど魔法に敏感な者たちはすぐに気が付き、苦笑しながら「うちの者がすまない」というニュアンスの視線で軽くお礼を伝えられた。
竜郎も気にせず楽しんでという意味を込めて軽く手を振っておいた。
さて、そんなことをしている間に第四フェーズの始まりだ。
水中から大きな作り物の水竜が顔を出し、「グゥォオォオオ!」と魔道具のスピーカーからそれらしい声で空に向かって叫ぶ。
そして尻尾でビシバシと船を叩き、その度に右へ左へ吹っ飛ばされて、フワッとした一瞬の浮遊感を乗組員たちは味わうことになる。
もちろん実際には全てレールに沿った動きであり、完全に想定内の挙動なのだが、乗っていると案外分からないもので、非戦闘員たちの男女の悲鳴があちこちであがっている。
作り手の一人として、竜郎は満点の反応だと満足げに頷いた。
そしてそんな冷静ではない面々は気づいていないが、この船は最初の時から徐々に徐々に上に遡上していた。
第五フェーズ。水竜に追いかけられ、逃げるように向かった先には滝……というよりは急角度な坂があった。
冷静でないままに見れば、それは滝のように見えたことだろう。
「うわーーーーー!?」「きゃーーーーーー!?」
お手本のような大パニックで座席にしがみつく非戦闘員たち。
自分である程度身を守れる者たちは、ワクワクと目を輝かせていたり、冷静に次はそう来るかと先を見つめている。
ガクンッ──と一気に坂を下るというより、落ちるように船が一気に下へと降りていく。
今までで一番の浮遊感を叩きだしながら、大げさなほど水しぶきを上げて着水。
だがまだまだ終わらない。さらに急角度な坂がもう一本。その先にはほぼ九十度の滝と言っていい坂も用意されている。
結局最後の坂に至ってはリオンやルイーズ、近衛隊長のレスですら顔を少し引きつらせていた。
逆にハウルは心の底から楽しそうに「ゆけー!」と叫び、冒険者ギルドのエディットも叫びはしないが目を少女のように輝かせ、かなりこのクルーズをエンジョイしてくれたようだ。
最後の締めも終わり、ぐるっともとの場所に戻ったころには半分以上がぐったりしていた。
そんな中でもすこぶる元気なハウルが、上機嫌なままに竜郎の元へやって来た。
「これはいい! これはいいぞ、タツロウ! 必ずまた乗りに来よう!」
「気に入ってくれたようで何よりですよ」
一般公開されたらもう来れないんじゃないか? とは思いつつも、それは竜郎が考えることでもないかと普通に返していると、エディットもスススと近寄ってきた。
「とてもよい乗り物でした。久々に冒険者時代のあれやこれを思い出して、血が騒ぎましたよ」
「そ、そうですか。それは良かった?ですね」
「ええ。私も陛下と同じく、また乗りに来たいと思います」
ハウルとエディットは何か通じ合ったように、頷きあっていた。この2人の絶叫系乗り物の適性はかなり高そうだ。
『この分なら、絶叫エリアでも楽しんでくれそうだね。この2人』
『ああ。こっちの人でもこういうのが楽しめるって分かっただけでも、大きな収穫だな』
一方、近衛隊長であるレスは、騎士団長であるヨーギに怒られていた。
「近衛隊長ともあろうお前がそんなことでどうする」
「いや、でもですね。自分で動けない状況でああいうのはさすがに恐いで──」
「言い訳をするんじゃない。あの程度のところから落ちたところで、お前なら死にはしないだろうが。だいたい──」
どうやらレスは自分でペースを決められない乗り物は苦手なようだ。
そうなると絶叫系はほぼダメな気がするが、竜郎はあえてなにも言うまいと黙っておくことにした。
なぜなら近衛である彼は、ハウルが乗るなら必ず乗らなくてはならないのだから、わざわざ今知らせて恐がらせることもないだろうと。
『主様、次はどちらに行きましょうか?』
『観覧車を最後にしたいから、次は絶叫系のほうに移動しよう』
『承りました』
中央のお城やコーヒーカップ、メリーゴーランドなど、小さな子供も楽しめるファンシーな方へ行けばレスも一度落ち着けそうではあるが、最後は観覧車でここを一望するというイベントはしっかりやっておきたい。
竜郎は心の中だけで申し訳程度に「すまない、レスさん」と謝りながらも、遠慮なく次の絶叫系が立ち並ぶ区画を目指し、地下鉄で移動を開始するのであった。
「う、なぜか寒気が……」
「レス、どうした?」
「い、いえ。なんでもありません!」
次も木曜更新予定です。