第269話 絶叫パラダイス
地下鉄に乗ってあっという間に反対側の区画に辿り着く。
先ほどまでは一面海のような光景が広がっていたというのに、一転して水の気配のない岩肌が剥き出しの床や大きな火山が視界を埋め尽くしている。
「ここの見た目はなんだか暑そうだけど、実際来てみるとそうでもないね」
「まぁ、ただの見せかけの火山やマグマだからな」
「見せかけとはいえ、この規模でやるとなると一体どれだけの資材と労力がかかることやら……。
先ほどの海もそうですが、たとえその先で利益が出ることになるとしても、普通の団体がこれをやろうとするのは無理がありますね」
リオンは見た目と実際の気温のギャップに戸惑いを見せていたようだが、商会ギルドのマックスは魔物園は無理でも話で聞いていただけの遊園地くらいなら、自分たちも再現できるのではと密かに考えていた。
もちろんそのときは勝手にやらずに竜郎たちにも何かしらの利益が出るように交渉してから──などと皮算用していたのだが、これをダウングレードさせたものでも再現するには商会ギルド全体と国の全面的な協力でもない限り不可能だ。
もし無理にやろうとしても、二番煎じな上に偽物とすらいえないみすぼらしい何かができるだけ。
これは素直に手を広げるのではなく、既に形が出来上がっているこの施設に協力する形で利益を上げたほうがいいだろうと思考を完全に切り替えた。
「それでこれは……ごーかーとぅ? でしたか? どういう遊具なのですか?」
「ゴーカートですよ、マックスさん。これはあの座席に乗り込んで──」
竜郎がマックスと興味津々で長い耳をピクピク動かしているハウル王にも聞こえるように、ゴーカートについて説明していく。
ただここに置いてあるのは、どちらかというと大人が楽しめるような本格仕様なので、ゴーカートというよりはレーシングカートと言ったほうがいいかもしれない。
最高速度は百キロを超えてしまうのだから、もはや子供用とは言えないだろう。
『なんか作ってる間に色々と盛り上がっちゃって、ゴーカートって言えるレベルじゃなくなっちゃったんだよねぇ』
『某ゲームみたいな仕様になったせいで、小さな子用のゴーカートは改めてファンシーゾーンに設置することになったしなぁ』
車体は竜水晶のボディで、衝撃を吸収するような変質もさせている。
乗り降りするとき以外は、体が外に剥き出しにならないように竜水晶ガラスで覆われているので、たとえぶつかっても中の人は傷つかないようになっている。
シートベルトもちゃんとさせるので、車体が走行中縦に転がってもせいぜい気持ちが悪くなる程度だろう。
さらに他にもギミックが用意されていて、コースもそれに連動して色々と趣向が凝らされていた。
お試しにと二人乗りのカートにマックスとその秘書が乗り込み、ハウルもレスと同じ形のカートに乗り込んでいく。
ハウルは一人乗りがいいと言い張ったが、そこはさすがにはじめての乗り物でもあったので、無理だと周りに言いふくめられた。リオンも同じような理由で護衛と一緒だ。
その間に冒険者ギルドのエルフの女性──エディットは、ちゃっかりと一人乗りのカートにのりこみ、いかにも私は冷静ですよとすまし顔をしているが、体がまだかまだかとソワソワしているのが丸わかりだった。
「えーじゃあ、シートベルトが締まっているか確認してくださーい」
愛衣やウリエルたちと一緒に、竜郎はカートに乗った面々の最終確認をしていく。
皆大丈夫そうだったので、竜郎たちも説明役として自分たちのカートに乗り込んだ。竜郎は助手席に楓と菖蒲をチャイルドシートに座らせ、愛衣はニーナと二人乗り。
ちなみにこちらはハウルたちと違いスタッフ用の車両なので、色々とギミックを無視したり他の車両に声が届くよう拡声器が外に付けられていた。
その拡声器を使って、さらに説明を開始する。
「足元にある右側の踏み板を踏むと前進、左側の踏み板を踏むと止まります。
運転席の前に着いた丸い持ち手を左右に回すことで、方向が変えられます。
まずはゆっくりと踏み板を踏んで操作性を確かめてください」
教習所の先生になったような心持で、竜郎はゆっくりとカートを操縦してハウルやリオンたちのカートの周りをくるりと一周して見せた。
それを見よう見まねで最初はペダルの加減が分からずガックンガックン動いていた彼らのカートも、ある程度安定した走りができるようになったところで、いよいよ本番だ。
「ではコースを流していきましょう。ついてきてください」
竜郎と愛衣の車両が並んで出発。リアと奈々のカートが集団の真ん中、ウリエルはしんがりでそれぞれ近くで困っていそうな人がいたら直ぐに助けに入れるようについていく。
大人向けのゴーカート場は二つ。
火山の周辺をぐるっと周っていく比較的真っすぐな道が多い、初心者向けのコース。
起伏も激しくグネグネとした道も多く作り物の魔物による邪魔もあったりと、止まらず行くには高度なテクニックを要求される火山や洞窟を行くコース。
今回のコースは前者の初心者向けのコースだ。それでも周囲では偽マグマが流れていたりして、ぱっと見では危険地帯に見える。
少し進んでいくと黄色い矢印が書かれたカート一台分の幅がある床板が見えてくる。
「この黄色いところを踏むと、ペダルを踏まなくても一気に加速します」
「「きゃっほーー!」」
竜郎が試しにと黄色い床板を踏むとカートはグンと加速し、隣に座っているちびたちがキャイキャイと喜びの声を上げる。
この床を通り過ぎるとカートが反応しペダルをべた踏みした状態だったとしても、さらに加速して最高速度を突破することもできる。
ハンドルを左右に切って竜郎はコースの地面に点在する黄色マスを次々と踏みぬいてグングン加速して見せた。
ハウルやエディットはこれに大興奮し、その後ろを追うように器用にカートを操作し追いついた。二人とも初めてとは思えないハンドルさばきである。
遅れて愛衣が黄色マスを踏み損ねたり、あえて何マスか避けたりした団体をけん引していってくれていた。
その後ろもリアや奈々、ウリエルたちが説明役になってくれていたので、竜郎は子供のようにはしゃぐ王様と冒険者ギルド長の担当になることにした。
後続を引き離したままハウル組とエディットのカートを引き連れ、次の説明に入っていく。
「次にこの青い床板を踏みますと──持ち手の中央の上半分が緑か赤、下半分が青色になります」
竜郎のハンドルの中央部分の色が変化し、上半分が緑で下は青になる。
バックミラーで確認しながら、ハウルたちもちゃんと青い床板を通り抜けたことを確認する。
本来は緑と赤はランダムで分かれるが、今回は設定をいじってあるので最初は皆緑色になるように設定されているので、ハウルたちも竜郎とまったく同じようになった。
「ではハウル王、僕のカートが前に来たときに上半分の緑のボタンを押してみてください」
「分かった!」
わざとハウルのカートの前に位置どるように竜郎が動くと、ハウルとレスのカートから緑色の魔法の玉が飛んできてヒットする。
すると竜郎のカートが急停止しながらグルグルとその場でスピンした。またしても隣のちびっ子たちは大喜びだ。
「このように緑色が表示されたときにそれを押すと、緑の玉を射出して、それが当たった他のカートは一時的に止められ操作ができなくなります。
実際には、この魔法の玉にはなんの攻撃性能もないので見せかけですけどね」
「なんと! 他のカートを攻撃できるのか! それは愉快だ!!」
「私もやらせてください!」
「ああ、はい。いいですよ」
竜郎が乗っているのはスタッフ車両なので、すぐに復帰してエディットからも攻撃を受けてスピンしてみせる。
本当は青色のボタンを試したかったのだが、しょうがない。あれだけワクワクした声で攻撃したそうにしていたら断れない。まさか王様に向かってやるわけにもいかないのだから。
「緑色を押してしまうと色が消えてしまったと思いますけど、下半分の青の方を押していたら──このようにシールドを張って一定時間無敵状態になって、相手の攻撃を弾くことができるようになります。
もし狙われていると感じたら、攻撃ではなく防御に使うのもいいかもしれません」
「なるほど……、攻撃か防御かを選ぶことができるのか」
「奥深い……」
奥深いどころかひどく単純なのだが、竜郎にはエディットのつぶやきは届かないので、誰もツッコミを入れることはない。
そしてまた出てきた青マスを踏ませて、今度はハンドル中央の色を赤と青の状態にさせる。
「赤は黄色の床を踏んだときのような加速ができます。しかもこちらは加速中に他のカートにぶつけると、相手をスピンさせることができます。
ただぶつけられた側が青ボタンでガードすると、互いに相殺して加速もなかったにされてしまうので、攻撃も狙うならタイミングを見計らう必要があるでしょうね」
試しにハウルにはわざと赤ボタン加速で竜郎にぶつかってもらい、竜郎のカートがスピンするところを見せる。
次にエディットの番のときは、青ボタンで竜郎側がガードして相殺したところも見せた。
「以上、操作説明はこれで終わりです。
あとは自由にコースに沿って遊んでみてください」
「承知した! いくぞ、レス!!」
「陛下っ、もう少しのんびりと行っても──」
「馬鹿を言うな! ああこらっ、お前がグダグダ言うから、エディットに抜かされてしまったではないか! 巻き返すぞ!」
「うわおぉぁあああっ」
「何人たりとも私の前を走らせませんっ!!」
「あーあ、どっちももう先に行っちゃったよ……。
まあ、怪我をするような遊具でもないし別にいいか」
「「うーうー!」」
「なんだ? 楓と菖蒲も速い方がいいのか?」
「「あう!」」
説明も終わったしコースも道なりに行くだけなので、後は愛衣たちに合流して後続組を見ようかと思っていたのだが、楓と菖蒲はそれではご不満らしい。
竜郎は念話で愛衣たちに先に行くことを告げ、アクセルべた踏みでハウルたちを追いかけた。
「ぐぬぬぅ、まさかタツロウに後ろから追い抜かれるとは……。ズルはしてないのか!?」
「スタッフ車両限定の操作はしてないので、ズルはしてませんよ。
ただコースは自分で作っただけあって、知り尽くしていたのでその分有利だったのは間違いないですけどね」
「なるほど……。私や陛下がコースの壁にぶつかりそうになるたびに減速している間に、距離を詰められたわけですね。
納得です。ただ私もコースは覚えましたので、次は負けませんが」
「それはこちらも同じことよ!」
そもそもその次があるかどうかは謎だが、もう一コースあることは黙っておくことにした。
他にも紹介したいところがあるのに、同じゴーカートを二回もやっている時間はないのだ。
ちなみにレスはハウルの無茶な運転に付き合ったせいで、少し疲れたような顔を見せていた。騎士団長の魚人──ヨーギの前ではシャキッとした表情を見せてはいたが……。
「じゃあ、次に行きましょうか」
「うむ!」「ええ!」
どちらかというと町の運営にかかわるリオンたちや、施設運営のスタッフ確保のためのマックスなどが遊園地の視察者の主格なはずなのに、その二人よりもハウルやエディットは元気よく返事をするので、竜郎やリオンは思わず苦笑を浮かべてしまうのだった。
「ここから飛び込むのですか? マグマとか見えてますけど……?」
「遠いからよく分からないかもしれませんが、水にちょっと色ととろみをつけて、それっぽくライトで下から照らして見せてるだけですから、たとえそのままあそこに落ちても平気ですよ。まずそうはなりませんが」
「は、はあ……」
「ええい! 早くしないか! 後がつかえているぞ。
そんなに嫌ならヨーギと変わってもらえばよいではないか。私はそれでもかまわん」
「い、いえ! これが私の仕事ですので──いきます!」
次にやって来たのは、人口偽火山の火口に飛び込むバンジージャンプ。
ゴムのように伸びるロープは闇魔法で変質させた便利素材の竜水晶製で切れることはまずない。
体に着ける留め具もジャケットも、飛び込み台についている固定具も全て竜水晶製なので、摩耗の心配もない。何度ダイブしても大丈夫だ。
そしてハウルが一番最初にやるのは不味いと、お決まりのようにレスが試すことになって今のような状況になっていた。
仕事ですのでと言いながら、ヨーギに後で怒られるくらいならとやけくそ気味に彼は火口へと飛び込んた。
「おお! ああなるのだな。カートほどではないが、これも面白そうだ」
「うわぁああっ!? はねてるっはねてるっーー」
ゴムのように伸び縮みするロープに翻弄されるレスを観ながら、ハウルは満足そうに頷いていた。
「ゆくのだー!」
「…………♪♪」
バンジーを希望者たちが体験した後は、汽車がけん引するトロッコ型のジェットコースターへ。
ゴーカートよりも速い速度で爆走し、搭乗員たちはグネグネと曲がる線路に右へ左へ翻弄される。
さらに作り物の魔物が攻撃してきたり追いかけてきたりと、水上コーナーの船のときのようなスリルもちゃんとある。
だがこちらは滝とは違い急降下が何か所も有ったりと、絶叫系が苦手な者にとっては船よりもきついだろう。
レスなどはずっと顔が引きつり、足をつっかえ棒のように座席下に押し付けて、手はシートベルトに固定状態だ。
だがその逆に好きな人には余計たまらない。
ハウルは羽目を外してトロッコが坂を下るたびに「ゆけゆけ」と叫ぶし、エディットも恋する乙女のように頬を上気させ目はキラキラと輝かせ無言でスリルを味わっていた。
ちなみにお年寄りたちは、今回は念入りにお断りを告げているので見学中だ。苦手な者たちも何人かは見学に回ったが、それほど得意ではないマックスは自分で試さなければ報告ができないと根性で耐えてみせた。
だが絶叫系はまだまだ続く。
その次はトロッコではなく、本格的なジェットコースター。
それも座席を吊られるようにしたタイプで、足は常時プラプラとしたまま。
作り物の魔物が襲ってくることはないが、こちらはトロッコよりも複雑な捩じれるような動きに、宙返りなどの特殊な回転も加わるので、下手をすればシンプルな分こちらの方が恐いかもしれない。
ハウルやエディットは絶叫系に乗るたびに肌がツヤツヤしているように見えるほどだが、その逆にレスやマックスは精神的にボロボロになりながら、その後の回転と落下のタワー。人間が玉となって弾かれる人間パチンコなども見事に乗り切った。
「タ、タツロウさん……、あ、あと、あといくつありますか…………?」
「さっきので終わりですよ。もう絶叫系はないので安心してください。レスさん」
「「よ、よかった……」」
レスとマックスの安堵のため息を置き去って、遊園地最後の区画へと竜郎たちは移動を開始するのであった。
次の話は木曜日更新予定です。




