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書籍版八巻特典SS3

『好奇心と知識欲』


「本当に勘弁してください……ここは関係者以外立ち入り禁止なんです」

「そうですか……あの、一目見るだけでもダメなのでしょうか」

「規則は規則ですので、残念ながら」

 ある日、船旅にも慣れ、船酔いする事もなくなったレイスが船員となにやら話しているのを見かけたので様子を見ていたのだが、見たところレイスが無理を言っている様子。

 そんな彼女が肩を落としながらこちらへ向かって来たので、早速話を聞いてみる事に。

「あ、カイさん。あの、見ていらしたのですか?」

「ああ、たまたまね。どうやらあの扉の向こうに行きたがっていた様子だけど」

 俺達が使わせて貰っている船室は、乗組員の居住スペースよりも更に船底に近い場所。

 船倉へと続く階段にほど近い場所だったのだが、どうやら彼女が向かおうとしていたのはその船倉ではなく、船体後方に位置する機関部だったようだ。

「この船、風がない時は帆を畳んでいるのですが、それでも波を越えて進んでいるんです。きっと大きな魔導機関が搭載されているのだと思いますが、どういう仕組みなのか気になってしまい……それで少しだけ、実際に動いているところを見せてもらおうかと」

「なるほどね。まぁ気持ちは分かるけれど、船員さんの気持ちも分かるからなぁ」

「そうですよね……仕方ありませんね。部屋に戻りましょうか」


 部屋に戻っても、やはり好奇心を抑えきれなかったのだろう、紙に何やら図面を描き始めたレイスが『きっとこんな仕組みではないだろうか』という予測立てていた。

 以前、俺がアギダルで頂いた魔車にも随分と食いついていたと記憶している。

 きっと彼女はこういった大きな物の仕組みや、乗り物の仕組みを知るのが好きなのだ。

「なるほど……魔力により海の水に流れを生み出している、と」

「はい。昔は船の横に大きな車輪のような物がついていて、それが水をかいていたのですが、今ではそういう船も見かけませんし」

「ふぅむ……シンプルにスクリューを回す方式に変わっただけなんじゃないかな?」

「スクリュー……ですか? それはどういう物なんでしょう」

 簡単なプロペラ式のスクリューの図を描き、それが船のどこに取り付けられているのかを説明する。こうして考えると、水車のような仕組みに比べてこちらがいかに優れているのか良く分かるな。大きさの割に得られる推進力が随分と大きいように思える。

 そんな解説をしていると、丁度リュエが部屋に戻って来た。

「あ、リュエ丁度いいところに。ちょっと聞きたい事があるんだけれど」

「うん? なんだい? 物知りリュエさんになんでも聞いておくれ」

 普段あまり聞かれない所為か、随分と嬉しそうですね?

 俺は、最初にレイスが言っていた水流を生み出す魔導具について彼女に尋ねてみる。

「うーん……それだと効率が悪いかなぁ。こんな大きな船を動かす水流なんて、下手したら船が転覆しちゃうよ。たぶん別な仕組みじゃないかな」

「そうなのですか……このスクリューという物……本当に船を動かせるのでしょうか」

「俺のいた世界だと、実際に外輪船とスクリュー船で力比べも行われたんだ。それで、スクリュー船が勝利したのさ。ほら、この形だと――」

 水の抵抗や、動かす為に必要になる力の大きさの説明を簡単にしながら、その利点や欠点を話して聞かせると、だんだんと二人も納得しはじめ、最後に甲板に出て後方の水の様子を一緒に観察してみる事に。

 その結果、やはりスクリューで動いていると見て間違いないという事が分かった。


「なるほど……凄く面白いですね……形が変わるだけでここまで効率が上がるなんて」

「ね! カイくんって元いた世界で技師でもしていたのかい? 随分詳しいけれど」

「そうです、私も以前から気になっていました。幼いうちから学問を学べる環境だったとは聞いていましたが、こういった知識を学ばせてくれるとなると、ある種の養成機関だったのでしょうか?」

「いや? これは俺が勝手に調べただけだよ。俺のいた世界では、こんな情報や知識も、自由に調べたり閲覧する事が出来たんだよ。しかも無料で」

 今回、レイスのような部外者を機関部に入れないようにしていたのは、何も安全面だけが理由ではなかったのだろう。この世界における情報や知識は、そのままダイレクトに生活、食い扶持、稼ぎと言った金銭面に繋がっているのだ。

 以前いた世界よりも、知識と仕事の距離が近い、といった感じだろうか。

 それを思えば、俺のいた世界がいかに太っ腹だったのか身に染みてくるというものだ。

「へ~! 前に光の事とか、色々話してくれたけれど、なんだか面白い世界なんだね」

「本当に……随分と豊かな世界だったんですね……」

「……そうだね、今思うと本当に恵まれていたんだって実感するよ」

「じゃ、じゃあ魔術の知識とかも調べ放題なのかい? 誰かが残した術式を覗き見たりも出来たのかい!? なんだか夢のような話だけれど!」

 すると、リュエが興奮した面持ちでそんな事を聞いてきた。

 確かに研究熱心な彼女ならばそういった方面に期待してしまうのだろうが――

「残念ながら俺のいた世界には魔法や魔術、魔力は存在していなかったんだ」

 少なくとも、俺は知らない。もしかしたら知られていないだけで、ひっそりと存在していたのかもしれないが、少なくとも俺が知る限り、あそこは科学が浸透した世界だ。

 が、むしろこの事の方が二人には衝撃だったらしく――

「あはははは、そんな訳ないじゃないか。今自分で船の話をしていただろう?」

「ふふ、そうですよ。魔力がないのに船が動くはずがありませんよ」

 しまいには笑われてしまうのでした。

 ううむ……蒸気機関の説明をしても、どうやらこの世界ではただの玩具程度の認識しかないらしい。より優れた魔力という物がある以上、そういった動力が研究される事はないのかもしれないな。

「あー面白かった。蒸気機関で魔物よりも速く走るなんて……本当面白い世界だね」

「ふふ、まるで夢のようなお話です。是非、一度行ってみたいです」

「案外、あっちの世界に二人が来たら、ここに来てすぐの頃の俺みたいになるのかもね」

 是非とも見てみたい、あのお約束とも言える『箱の中に小さい人が!』なリアクションを。

(´・ω・`)現在発売中の『パラダイスシフト』は、地球とこの暇人の世界の未来がくっついてしまったという内容のお話だったりします。

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