少しだけついてる男
少しだけついてる男
動きの鈍る身体に鞭を打つように煙草入れから二本の煙草を取り出し、勇司は咥えて二本同時に火をつけていく。
(最初はコソコソやろうと思ってたのに、どうしてこうなったのかね?もうこれ以上は金積まれたって何も出ないからな。)
【合成煙・体熱心冷】
赤と青の煙草という身体に悪そうな二本の煙草の煙によって身体能力と思考力を同時に高めていくと、勇司の全身から無駄な力が抜け目の前の相手の事も周囲の様子もよく感じ取れる。
そこで少しの異変に勇司は気付いていた。
(ガソリンの臭い?外からだよな。そして落ち着いてみたけど、腕が痛い。動くは動くけど、動かしたら更に痛い予感だぞ。よしっ、動かさない。)
赤いスーツの中で一回り身体を膨らませた桃太を相手に、勇司は片腕を動かさないという強い気持ちを持って右手だけで構える。
すると先に動いたのは全身に力を込めている桃太であった。
鋭い出足から鬼をも倒す強烈なストレートを放とうとするが、勇司もここまでとは段違いのスピードでの逃げ足を見せる。
すれ違いざまの拳を身体ごと横に避け、急ブレーキからすぐに再攻撃に移ろうとする桃太の動きに合わせるように、一気に鋭いバックステップで程良い距離をとっていく。
(こっちから動かないとダメだ、大事な物は主導権。)
主導権を握るべく一気に駆け出した勇司は攻勢に出る。速度と正確性の圧倒的に増した牽制代わりに放つ右のジャブは桃太にあっさり見切られるが、本命の叩き下ろすような下段蹴りを見舞いに行く。
タイミングよく尚且つ正確な蹴りは桃太の膝横に叩き込まれると、一発で膝が折れて態勢が崩れる。チャンスとばかりに勇司は右の拳を真っ直ぐ最短距離で伸ばすが、桃太は一瞬で態勢を立て直しギリギリ拳を避けていた。
(ありっ、もしかしてさっきのはブラフ?)
煙の効果によって相手の姿がよく見える勇司の目にはすぐに反撃に移る桃太の姿がはっきりと見え、この攻撃を受けてはいけないと警鐘を鳴らしている。
(受けたらダメなやつだこれ。良くて折れる、悪くて千切れるぞ。こっちも無理してブラフっぽい事を。)
攻撃を躱された悪い体勢から勇司は全く警戒されてない左手に力を込め、痛み無視して強引に動かす。
すでに攻撃体勢に入っていた桃太に向かって、強引に当てる事だけを考えた痛めた腕での左フックは見事に頬に吸い込まれ、先に当てる事に成功していた。
痛めた腕では桃太にダメージはほとんど与えられないものの、攻撃を止める事には成功する。しかしこの虚をついた作戦自体は決して成功と呼ぶ事は出来なかった。
打ち込んだ左腕の中程で鳴った乾いた音に勇司の血の気が引き、痛みが遅れて襲ってくる。我慢し難い痛みに息と共に煙が口から漏れて合成煙の効果が失われ、勇司の戦力は完全に削ぎ落とされていた。
そこへ桃太がトドメを刺さんと迫っていくが、何かが間に割って入り勇司の変わりに攻撃を受ける。
鋭い拳によって飛んでいく首、そして倒れていく身体は勇司にはよく見覚えのある存在であった。
「ああっ、粘土君っ!そんなにあっさりともげちゃって。」
倒れた粘土人形の身体に勇司が駆け寄っていると、店に空いた大穴からクマと共に三人の人影が入ってくる。
「勇司先輩、このクマさんの案内で来たんすけどいるっすか?あっ!首がとれてるっす。」
「しっかりしてくれよな班長さんよぉ、そして先陣を切った粘土人形は戦死かよっ。」
入ってきたのは26班の班員である雄山と慧であり、遅れて拓実も姿を現すと慌てたように粘土人形に駆け寄っていた。
「粘土さん、すぐに直してあげるからっ!」
肩から下げた小さなポシェットから粘土の塊を出しすぐに修復に入ると、あっという間に粘土人形は息を吹き返し立ち上がってレンタルショップ内の清掃に入る。
そしてあまり注目の集まっていない勇司にはクマがノソノソと歩き寄っていた。
「良かったな、真犯人はそこにいる三人が捕まえたらしい。近くまで来てるのを見かけたもんでな、連れてきといた。」
「助かった助かった。もう無理って散々に思ってたとこだったよ。」
「鼻が効く部下がいて何よりだよ。それより、それよりもだ。もしかして相撲を取れる相手ってのはあのデカいやつなのか?もしそうであれば我が胸の高鳴りが止まらないというやつなんだが。」
「ああ、そいつだよ。今度0班に連れてくから好きなだけぶつかってくれ。・・・そういや外からガソリンの臭いがしたんだが、何か外であったのか?」
ようやく自らの疑いが晴れ先程気付いた異変について勇司は尋ねると、クマは少しだけ考え先程見た光景を思い出していた。
「そういえば我が主人のマサカリが駐輪場に止めている変な形のバイクを真っ二つにしていたような・・・。綺麗な二枚おろしになるとは不憫なバイクだよ。」
「・・・んっ?変なバイクってもしやタイヤが三本とかじゃないよな?」
「そう言われてみると確かにそのような形だったな。」
クマの返事を聞き終えぬうちに勇司はレンタルショップに空いた大穴に駆け寄り、外を眺めるとそこには自らの原付きが綺麗な二枚おろしになって倒れている。荷台に入れてあった分厚いDVDボックスも完全に破壊され、外に残骸が散乱していた。
「結婚記念日のプレゼントと原付きが・・・。どうすりゃいいんだ?」
落ち込む勇司の背にクマが立ち、肩に鋭い爪がついた前足を置く。
「あれはたしか中年だらけの将棋大会プレミアムコンプリートエディション・ゴールデンΩボックスか?結婚記念日のプレゼントだったらしょうがない。保存用に買っておいた方を譲ろうか?」
「・・・クマさんマジで?頭地面にこすりつけてでもお願いします。毎年二回ご自宅に鮭でも送らせていただくよ。じゃあお家に帰らねばっ!」
急いで帰りたい勇司ではあるがここからしばらく後片付けに追われる事になる。それでもようやく勇司の不運は終わり、原付きの廃車はあったものの結婚記念日のプレゼントを手に入れる事に成功するのであった。
なんとかこの事件は終了です。とりあえずクマさんが動かしやすくて何とか書き終える事が出来ました。
気分が向いたら何か次の事件を書きたいと思います。




