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巫女と欲の女王

 父方の本家がお取り潰しとなった。言い方は何だが、それが一番当てはまるので仕方ない。

 山奥の街道東にある集落一番のお屋敷で、辿れば戦国時代の某家臣にあたる。その跡取りの伯父が最近、土地家屋全てを手放した。大都市勤務で戻る予定が無い為らしい。

 しかしやり方が強引だった。大伯父が無くなると同時に大伯母を「独り暮らしは危ない」と実娘の叔母に引き取らせ、早々に屋敷を空けさせた。その後蔵の中の掛け軸や陶器・漆器類や古文書類を雑に処分し、敷地内の苔美しい代々の墓石達を更地にした。魂抜きを頼んだ菩提寺にも非常に冷淡だったという。

 片付けのラストも劇的だ。幅六尺はある大きな仏壇に納められていた数多の位牌を段ボールにブチ込み、件の菩提寺に持ち込んだ。中には真新しい大伯父の位牌もあった。神をも恐れぬ暴挙を前に誰もが息を呑み、特に老いた住職の動揺は特筆ものであったとか。

「御先祖は皆立派な方々だった。貴方達の現在の成功だって、その御加護故ではないですか」

「でも仰る永代供養の費用が高過ぎて払えないわ。それこそ個人の気持ちの問題では」

「しかしこんな手放し方は良くない。きちんとこの地ならではの道理を通さねば」

「私達はちゃんと考えてます。現にあちらに墓地も買いました。色々言う人も居るようだけど、私達は悪くありません!」

 夫が発する前に妻が全てをブチかまし、とっととお帰りあそばしたとか。買った墓地とは都心部で売り出し中のプチセレブ物件で、隣の区画が妻の実家分。そして生前分与という名の売却・整理整頓を遂行する傍ら、御自分達も分譲マンションをお買い替えなさっていたという。

 こうして数百年に渡って引き継がれてきた山奥の名門は、あっさりと幕を閉じたのだった。


 本家集落は勿論のこと、分家の親戚衆も、蜂の巣を突く騒ぎとなった。

「きっと全部ミナコさんの指図よ!」

「そうよ、あの人、すっごくお金に汚いんですもの!」

 ミナコさんというのが噂の伯父の奥様だ。背の高く目の大きな色白美人で、は当時の県会議員と日本舞踊の名取夫妻の御令嬢。結婚当時は「良い所のお嬢さんを嫁に貰った。流石本家だ」と、大層な評判だったとか。

 だが惚れた弱みか、伯父は全てミナコさんの言いなりだったそうだ。初手から何もかもを牛耳られ、ミナコさん中心の生活を余儀なくされていたらしい。

「大伯母さま気の毒だったわ。本当はまだここに住みたいって、引越しの時も泣いてらしたのよ」

「ミナコさん、台風の義援金の時も最低金額しか出さなかったわね」

「あの人いつも最低金額よ。毎回それで本家の面目を潰してたもの」

「呆れた! 自分は上から下まで着飾ってるのに!」

 親戚衆の口撃は容赦がなかった。

「そんな……なんでもお嫁さんのせいにするのは良くないよ」

 最近結婚したばかりの姉は皆を諌めた。嫁に成り立ての姉にとって、聞くに堪えない話題らしい。

「そうだよ。伯父さん自身の考えも結構あったと思うぜ」

 社会人二年目の自分も弁護に回った。若さ故の平等心と、田舎の不動産・墓事情の厄介さは、とても他人事ではないからだ。

「これだからお若い方は……」

 親戚衆は呆れた表情でミナコさんの実態をまくしたてた。醜聞部分を差し引き現実のみを努めて眺めるも、成る程、確かにかなりの我儘振りだ。その姿は姉には身近に居る腹黒女子を、自分にはタチの悪い美女を彷彿とさせる。世間知らずな自分達にはとても判断出来かねず、下を向いて黙るしかなかった。

 だが既に手の施しようが無いのである。

「どうしてタカシさんはあんなふうになってしまったのかしら」

「やっぱり男の器量は妻で決まってしまうのねえ」

 オンナ達は己の有り様は棚の奥に押し上げ、最後の代となった伯父を憂いた。

「あーあ、御先祖様達、ちゃんとミナコさんに祟ってくれないかしら」

「無理よ。憎まれっ子世に憚る、よ」

「因果応報はきっとずっと先かしら。それとも傍系?」

「やだーうちにはこないでほしいわー」

「本当よ。正直者な私達に来られたら、それこそ神も仏も無いわ」

「どこの誰が正直者だ」というツッコミはさておき、親戚衆の読みは鋭く当たった。その祟りはしっかりミナコさんを避けた。口が達者な親戚衆達も当然の如く綺麗に避けた。そして真っ直ぐに、真面目だけが取り柄の、不器用な自分のところに来た。

 師走の残業続きで疲労の溜まった自分に、彷徨う先祖代々の霊障が、夜な夜な追い討ちを掛けたのだ。


「どうしてアンタはそうやっていつも貧乏クジばっかり引くの……!」

「知らねえよ! 好きでこうなってんじゃねえよ!」

 母に嘆かれても術は無い。毎晩何者かに枕元に立たれ頭痛肩凝りに悩まされ、日ごとに衰弱ブリが目に見えた。

 不幸中の幸いは職場の上司の理解だった。ご自身も霊感モチなのか、状況を説明する前に有給休暇をくれたのだ。

「君はまだ若くて純粋だからこういう目に遭うんだね。これも今後に活かせるといいね」

 上司の有難い言葉を胸に憑かれた身体を引きずりながら、姉に付き添われ菩提寺に出向いた。

 しかし件の住職は「これは太刀打ち出来ない」と言い放つ。

「な、何でですか……因果関係、めっちゃハッキリしてるじゃないですか!」

「先祖供養だけなら私でもなんとかなるんだが」

 何でも御先祖の皆様は行儀の良い方が多く、ほとんどの方が早々に御成仏なさっているという。未成仏の皆様の大多数もミナコさんの毒気の前に「仕方ないな」と諦めておいでで、御自分で成仏しようと修行なさっているという。結果、祟っているのはほんの僅かな、真に辛い想いを消し去れなかった仏様で、それなら住職でも対応可能だそうだが、

「それを取り巻く因縁がとても厄介なのですよ」

「因縁……」

「こういうものは複雑で……過去からの出来事、今を生きる人の思念、様々な要素が入り組むのです。そしてそれは、どの家にもある課題です。ただ今回一番の問題は……本来ならそれに気付くべき、受け取り向き合うべき方には一切その道理がまるで効かなくて、あろうことか」

 これはミナコさんの事だろうか。

「全てにおいて逆恨みになっていますね。逆に自分が被害者だ、自分をこんな嫌な目に遭わせた奴らが許せない……と、怒りを十倍、百倍にしているのが観えます。それを相手に飛ばしているんです。しかし当然、反目するガードの強い人達はそれを弾きます」

 生霊戦争なんだろうか。

「いや、エネルギー……爆弾をイメージしてください。その爆発が未成仏の御先祖を巻き込んだのです」

「じゃあその爆風が自分に……?」

 住職は気の毒そうに俯いた。

「とにかくここでは駄目だから、一の宮の奥之院に向かいなさい。あそこは悪因縁を断つのが得意です。私が電話を入れてあげましょう」

 しかしそう言うが早いがにわかに外が暗くなり、雷雲が広がった。ドオンと酷い音がした途端、全ての電源が落ちた。集落中に停電が起きたのだ。

「なんて強い生霊……いや、酷い霊障なんだ!」

 住職が呻いた。っていうか、今生霊ってハッキリ言った。そういえば住職もあの位牌バトルの後ミナコさんの毒気に当てられ寝込んだそうだ。

 顔面蒼白で腰も抜けた自分。携帯電話も不通の現状。しかし住職も姉も頑張った。特にこれ程までに姉を凛々しいと思った事はなかった。

「いくらうちの弟がドジで間抜けでノロマで阿呆だからって、ここまでコケにされたら許せないわ!」

 その言い方は胸に刺さったが、姉は勇敢だった。庭に降り椿の枝をブチ切ると、暗雲の空に向かってブンブンと振った。心なしか雨が、雲が、自分達を避けた気がした。

 姉は自分を境内から引っ張りだすと、彼女の黄色い軽自動車に押し込んだ。

「ラチがあかないわ。御住職、私達、このまま奥之院に伺います!」

「頼みますよ……! 先方もきっとこの空を見て全てを察しているでしょう。私はここからお経巻をあげさせていただこう……御武運を祈ります」

 轟く雷雲の下、一の宮の奥之院に向けて、姉はうねる峠道を果敢に運転したのだった。


 一の宮神社はいにしえからの山奥の人々の心の拠り所だ。誰もが生活の節目にお世話になる、地域の氏神様の元締めである。

 豪雨の中、姉とその本殿を参拝し、神主に奥之院に向かう手筈を頼んだ。奥之院は神社の御神体である山の中腹にあり、普段は無人のお社だからだ。

「本日は禰宜が朝から詰めております。どうぞお気を付けて」

 タイミングが良くて有り難かった。だが正直、この体調で向かうには難儀だ。奥之院へは途中までは鬱蒼と茂る針葉樹林の細い林道、それ以降は車の入らない砂利道を進まなくてはならない。更に社殿の手前には長い石の階段もあるそうだ。

「でも……行くしかないわね。大丈夫?」

 林道の終点、黄色く塗られたガードレールの前である。姉に心配されたけれど、他に方法はないのだ。歯を食い縛って車外に出た。雨が止んで霧が出ていた。懸命に砂利を踏みしめる。時々滑りそうになる。その全てを周りの木々が、息を潜めて見ているようだ。


 歩き始めて間もない頃、前方にうごめく影が見えた。まさか獣かと身構えた瞬間、その周りだけの霧が晴れた。

「ようこそお参りくださいました」

 同世代らしい長い髪を後ろで束ねた華奢な女性が立っていた。白の装束に朱の袴だ。

(巫女さん?)

 疲労で目が霞んだ。幻影かと構えた。だけど足元の登山靴と手に持つ登山用ライトは某アウトドアブランドだ。アンバランスさが現実ぽくて、少し心が軽くなる。

「お告げがありましたので、お迎えにあがりました」

 霧の中、爽やかな声が響いた。「鈴を鳴らす声」ってこんな感じなんだろう。でも何処かで聞き覚えが。だのに彼女の様子はよく見えない。やっぱり幻影だろうか。

「貴女はどこからいらしたのですか」

「今日は禰宜と朝から奥之院におりましたが、普段は里におります」

「里」とは一の宮の事だ。普段この人は一の宮に居るのか。脳内でゆっくり言葉を追いかけていたら、彼女は自分を凝視した。全てを見透かされそうで思わず目を反らすと、「それでは歩けませんね。失礼します」とまた鈴を鳴らすような声がした。慌てて顔を上げると、巫女さんはライトを足元に置いて、両の手のひらを自分に向けた。空を舞うその手の先から、細い光が出ている様だ。

 その光は自分を照らした。まずは正面から、頭、肩、腹の部分、腰から足にかけて。どんどん身体が軽くなる。とはいえ完全ではないけれど。

「楽になってきました。これは気功ですか?」

「全てはまだ取れませんが応急処置です。これで歩けるかと。足元お気を付けて」

 何かを祓ったようだ。巫女さんは再びライトを手に持つと「こちらです」と石段を足元を指す。ほんの少しだが霧が晴れた。姉が何か言いたそうだ。


 奥之院は一の宮よりも古代から有る拝み処だそうだ。今の御社は江戸後期の建立らしいが、中に入ると不思議と外の風や木々の揺れる音が、一切聞こえなくなった。

 入った中央に磨き上げた鏡がある。前に鎮座する御仁が禰宜だろうか、短髪でガッシリとした父と同世代位の男性が居た。開口一番「大変でしたね」と自分達を労い、「すぐ始めます」と、太い和蝋燭に灯をともした。

 驚いたのは、こちらが何も言わないのに全てを判っていらした事だ。

「あの集落の本家にも寿命がありました。それが今世でした」

 禰宜は静かに言った。

「ただ、その終わり方がこうなったのが因縁、課題でもあるのです。穏やかに整いますように」

 響きのある美しい声で、朗々と祝詞のりとを唱えるのだった。


 しかし何も起きなかった。むしろ自分は苦しくなった。また霊障が涌き出でる。

 それは白い服を着た髪の長い、本来なら美しいであろう女性が、「許せない」「許せない」と、自分を襲う現象だ。雪深い地方に伝わる雪女はこんな風だろうか。

(ひいいいい)

 自分は必死に堪えた。しかし禰宜は有難い祝詞を続けている。穏やかに整いますようにとも仰ってくださった。もうすぐ終わる筈だ。この不気味な現象は、もう消える筈だ。

 だのに消えなかった。その女はより一層、「許せない」と怒り狂うのだ。

 祝詞が止まる。

 巫女さんが姉に「祓いますので掛からぬよう、こちらをお持ちください」と、束ねたお榊を渡していた。

「コズエ、外は晴れたか」

「もう少しです」

 ここからは外が見えないのに、この人達は何故天候の変化がわかるのだろう。それから、禰宜は巫女さんをコズエと呼んだ。そうか、あの巫女さんはコズエさんというのか。

(コズエ?)

 名前を呼び捨てなのは禰宜と血縁関係でもあるのだろうか。

(あれ、待てよ、コズエって?)

 怖い思いをしながらも、どこかで頭が冴えている。だが直ぐにまた酷い寒気が襲う。再びみたびと、あの女性が自分を覆うのだ。

 しかしすぐ横でまた「あと少しだから、堪えて」と、鈴を鳴らす声が聞こえた。

「……君、目を閉じて、息を深く吸ってください」

 自分の名を呼ばれた。コズエさんは、自分の名前を知っていた。


 その後深く息を吸った。そういえば最近、背筋を上手く伸ばせていなかった。急に胸の奥が温かくなったと思ったら、その後が速やかだった。木窓の隙間から日が射しこむのを肌で感じた。同時に、あの恐ろしい女性が唸りながら自分から離れるのがわかった。木窓は閉じている筈なのに、自分も天候の変化を感じたのが不思議だ。

 気になったけれど、次は心の奥底に沁み入る温かさを感じた。それが大きく広がるのを全身で味わうのに夢中で、ひとつひとつの変化を追う余裕がない。

「考えないで。感じて」

 またコズエさんの声がした。と、今度は急に、目に見えないどこかで、妙な光景を見た。

 目の前で起こった事ではなかった。所謂「心眼」とやらで感じているかもしれない。身体の中から黒い細かい粒の様なモノがサワサワと自分の頭の上に結集したと思ったら、それはグルグルと黒い球になった。そして今度はそれが細い黒い蛇となって、空に舞い上がっていく。某アニメ映画で見た黒い煤の妖精が、どこかに帰って行くような。

 でも黒い龍かもしれない。自分の中に居たのかもしれない。その後、その龍を迎え入れた頭上の空は紫黒から藍色、碧となり、本来の宇宙と溶け込んでいった。

 気付いたら、自分は自由になっていた。外は既に美しく晴れ渡っていた。


「取り敢えずですが、ひと山越えました。よかったですね」

 姉と二人、禰宜とコズエさんにお礼を申し上げながらも、今の出来事が知りたくて仕方がなかった。

「……今、何が起こっていたのですか」

「思った以上に強情だったので、裏技を使ってしまいました」

「裏技?」

 首を傾げたら、禰宜は自分に向かって言った。

「離れないあのモノにこう言ったのです。『この者は今日からこの奥之院預かりとなっている。これ以上憑いていれば我が院の因縁を其方も引き受けるとなるがそれで良いか』と」

 奥之院預かり?

「だから裏技なのですよ。事後承諾で申し訳ないのですが」

 誰もうちの因縁なぞ誰も背負いたくないでしょうからと、禰宜は朗らかに言った。どういう事だろうか。

「奥之院預かりというのは、私の弟子だという意味です」

「弟子ですか!」

「難しく考えなくて大丈夫ですよ。貴方には今日から二七十四日にひちじゅうよっかの二週間、在宅で修行をしていただきます」

「修行!?」

「行う事は単純です。お渡しする本社のお札に毎朝毎晩必ず拝礼してください。それから菜食と禁煙禁酒を。それ以外は普通の生活で構いません。お仕事にも邁進なさってください」

 無事に二週間こなしたならば、お祓い自体も終了らしい。

「それで、その後の自分はどうなるのですか?」

「普通の日常に戻れます。それから、この奥之院とご縁が出来ます。しかしそのご縁だって何の制約もありませんよ。元々この地に住む皆様は一の宮神社の氏子さんなのですから」

 ご縁は嬉しいものですとも説明され、とても安心したのだった。


「所で菜食って、どうしたらいいのですか?」

 コズエさんから細かい説明を伺って、しかしこれが面食らった。動物性蛋白を一切抜くのだ。肉も魚も卵も、乳製品も断つ。考えただけで恐ろしい。

「えーとそれは、つまり……出汁も……」

「そうですね、かつを出汁やブイヨンは避けてください。でも植物性なら良いのですよ。油も植物性を使えば揚げ物も大丈夫ですし」

 姉が「マクロビ料理のイメージですか」と助け船を出してくれた。姉は以前玄米菜食にハマった経験がある。

「貴方一人じゃ無理だし、実家の母もこういうのは苦手ね。私の家に居候して会社に行きなさい。お弁当も作ってあげる。会社には病院から言われたと言えばいいわ」

 その代わりボーナスが出たら私にセ○ーヌのバッグを買えと鬼畜な事も言われた。しかし確かに訳の判らない食生活だし、姉に従うのが一番だ。それにこれまでの苦しみを思えば何でもない。全力でやろうと決意した。


 帰り際、姉がコズエさんに聞いた。

「差し支えなければお教えください。貴女は光岡高校の放送部にいた、一学年下のコズエちゃん?」

「はい、先輩、お久しぶりです」

 彼女は姉の後輩なのだった。そしてそれはつまり、自分の同級生でもあった。

 そうだ、それで声に聞き覚えがあったのだ。高校時代に昼の放送や各イベントで活躍していた女の子だ。普段は大人しくて清楚で、男子の間では密かに人気もあった。それに今もとても可愛い。

 コズエちゃんは自分の事もすぐにわかったという。

「私達、一度も同じクラスにはならなかったものね」

 涼やかにそう言って笑うので、途端に照れ臭くなった。禰宜とコズエちゃんは親子だそうだ。つまりコズエちゃんは、あの神社の跡取り娘。

 その後お札も授けていただき「判らない事があったら何時でもご連絡ください」とコズエちゃんの連絡先も伺ったのち、自分達は奥之院を後にした。

 帰りの車中で、姉は「あの子だったのか」と呟いた。

「何があの子だったのか、だよ」

「最初の声を聞いた時にね、なんか嫌な感じがしたのよね」

「なんで嫌な感じなんだよ」

「別にい。それよりアンタ、奥之院と縁が出来たって言われたわね」

「ああ、でも元々オレ達は一の宮神社が氏神だからいい事なんだろ?」

「そうねえ」

 その後に姉は黙って運転に専念しているようだった。


 自分は思い掛けないコズエちゃんとの再会に高揚していた。コズエちゃんは昔より更に可愛らしく、しかも今は萌え要素満点の巫女さんだ。同級の友人達はさぞ羨むだろう。辛い修行もやる気になれる。この因縁にも感謝しそうだ。

「あの子大人しいんだけど、必ず全てを自分の思い通りにしてたのよね……デレる男子なんか片っ端から手のひらでゴロゴロ転がしてたし」

 姉が小声で何やらブツブツ言っているが、おお、ちょうとコズエちゃんからメールが入った。何だろう。やべえ、もうワクワクする。

『さっき説明し忘れたけど、加工食品は必ず原材料を確かめてね。わからなかったらすぐ聞いてね(にっこりマーク)』

(やっべ! なんて返信しよう!?)

「……でも遊びと結婚は違うっていつも言ってたわ。将来は必ず堅実な会社員をゲットして神社を盛り立ててもらうって」

 姉が煩い。さっきから何を言っているんだろう。いやいや、しかし今はまず返信だ。ええと、なんて打ったらいいんだろう。

(やっべ! こんな気分久し振りじゃね!?)

 何しろ心も身体も軽くなったばかりだ。仕上げの修行もあんなに可愛い巫女さんが手伝ってくれる。

『ありがとう。でも、まだ何がわからないのかもわからないんだ』

『最初はそうだと思うよ。でも判らなかったら遠慮なく聞いてね。離れてるけど、二週間がんばろうね(ウインクマーク)』

 姉がまた黙ったまま運転している。自分はにやけて仕方が無い。

 ふいに姉が「アンタは伯父さんと似てるわ」と言った。それから、「伯父さんもこんな感じだったんだろうな」とも言った。

「ちょ、何処が似てるんだよ。失礼だな」

「それに本家が無くなったんだから、分家なんて木っ端微塵よね」

 今度は姉がおかしくなっていた。

「さっきからなんだよ。今度は姉ちゃんが憑かれたのか?」

「違うわよ!!」

 姉は自分に噛み付いた。そして「あー……親戚衆の気持ちがわかったわー……」とひとり勝手に嘆き出したのだ。

「おい姉ちゃん、大丈夫か?」

「ええ、私はいたって正気です!」

 一番正気ですと今度は怒鳴られた。姉は時々昔から、こういう訳の判らない怒り方をする。

(やれやれ……)

 でも今回、姉にはとても世話になっている。この後もしばらく世話になるのだ。御礼は弾まねばならない。そうだ、コズエちゃんにも御礼をしよう。それを機にもっと仲良くなれるかもしれない。やべえ。本当に楽しくなってきた。此の世の中って、悪い事ばかりじゃないんだ。


 一の宮神社が見えてきた。でも既に夕方なので、正面の山門の扉は閉めてあった。雨後の木々は爽やかに揺らぎ、山からは新たな霧が生まれていた。カラスが三羽、雲の隙間から見える夕陽に向かって、鳴きながら軽やかに飛んでいた。あほーあほーあほーと、とても綺麗に輪唱した。




 おしまい


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