勇者と再会
初夏が終わる頃、商業都市フェルドのとある宿で、フィツが一行を新たな協力者と引き合わせた。
「フィツ様の弟子、魔法使いのレイと言います。以後お見知りおきを」
黒い外套。それはたしかにレイのものだ。しかし眼鏡のレンズを通したその瞳は琥珀色、結い上げてお団子にした髪は例のウィッグと思しき金髪だった。本来の黒髪黒目の姿とはまったく印象が変わっている。
ここはルーチェもいつか泊まったレイの定宿である。
「やあ、ルーチェ。元気にしてたかい」
フレイアたちともそれぞれ自己紹介した後、レイは二人になるタイミングを見計らって声をかけてきた。眼鏡を一瞬ずらして黒い瞳を見せる。
「レイこそ。今まで何をしてたの。聞かせてよ」
「追い追いね。こっちは九郎の目を通してルーチェたちをずっと見てたけど、噂の方もちょくちょく耳に入ってきてたよー。すごいね。今やれっきとした勇者様だ。腕もずいぶんと上がったみたいだし」
「レイのアイデアのおかげだ。すごくうまく行った」
「怪我の功名、あるいは人間万事塞翁が馬ってやつかな。それとも瓢箪から駒? やり直してかえってよかったよ」
「何? そのなんとかの馬って」
久しぶりの再会にもかかわらず、ブランクなど感じさせない気の置けない会話だ。窓の外にはいつか見たのと同じ、夕陽に染まる町並みが美しく輝いていた。
それから一行は宿の極上の食事に舌鼓を打ち、新しい仲間を含めて親睦を深めた。実のところこの中でレイの正体を知らないのはフレイアだけだが、そのフレイアもレイには一目置いて丁重に接した。
「フィツ様に次ぐ精霊魔法の使い手、というのは本当なのですか?」
伝え聞くその実力に感心しきりだ。
「ああ、長らく精進を怠っていたそこのとは違って出来すぎの弟子でな。山奥に引きこもってから取った弟子ゆえ、世には出ていなかったが」
「だったら本当はレイさんが賢者になっていたかもしれないのですね。そうだったらよかったのに」
「お前もたいがい俺に失礼なんだよなぁ……師匠の一番弟子は俺ですから。にわかの妹弟子などすぐに追い抜いて見せます」
フィツとクライグを交えてそんな会話をしている。
ボルダートは相変わらずの無言だが、どことなくレイを敬う態度を見せた。娘の薬代を出してくれたことをフィツから聞いて知っているのだ。
商業都市で数泊した後、英気を養った一行は大街道を外れて北西方面へと進路を取り、一路ブレクネス遺跡へと向かった。
ランクAクエスト『ブレクネス遺跡の魔神の討伐』。
いよいよ千年の魔王の課した最後のクエスト。魔神との戦いである。
エフタル湿原にはまた魔域が少し広がっていて、遺跡に近付くと先に寄った時に蹴散らしたはずのギガント・ドラゴンフライがまた襲い掛かってきた。以前と同じくフィツが呪文を唱えると蹂躙の暴風が巻き起こる。
その常識外れの魔法をクライグは食い入るようなまなざしで見つめていた。小さな師匠の背はまだかなり遠い。
やがてブレクネス遺跡にたどり着いた一行は、巨大な岩のほこらの周囲を聖水で浄化し、その場で一泊して休息。万全の態勢を整えることにした。
みなが野営の準備をする中、ルーチェがレイに近づき、ひそひそと内緒話をする。
「フレイアはいつ説得するの? 魔神との戦いの前に説得できればレイも全力を出せると思うけど」
「んー。たしかに。ルーチェのアンカーがあるからちょいと試してもいいけど……」
フレイアに正体を明かせばレイは精霊魔法、神聖魔法、そして影の精霊の力のすべてを使える。明かさなければ使えるのは精霊魔法だけだ。
レイはしばし目を閉じて思案した。そして口にする。
「いや、やっぱり決めてた通り戦いの後にしよう。今は魔神戦に集中だ」
「わかった。でもそれで倒せない場合は?」
「その時は柔軟に対応することにしようか。そのタイミングで説得を試みてもいい。でもまあこれは女神との戦いの前哨戦でもある。私に縛りがあっても勝てるくらいが望ましいかな、と思ってるんだよ」
そのレイの思惑はもっともだった。
この戦いが終わり、フレイアの説得を試みた後、レイとルーチェはすぐに最終目的である女神との戦いに挑む算段をしている。ランクAの魔神を全力ギリギリでしか倒せないのなら、ランクSの女神と戦うのも厳しいだろう。
ルーチェは納得してレイと別れた。
ただ明日の戦いを控えてルーチェにはまだ気になることがあった。
フレイアの元気がなくなってきている。思い悩む顔が増え、ルーチェとの会話も弾まない。そんなことは王都から精霊窟に向かう頃からたまにあったが、クエストの終点であるこの場所に近付くにつれ、その頻度はますます増えていった。
そんな時のフレイアが何を思っているのか、ルーチェにはなんとなく察しがついている。きっとクエストの旅の終わりを前にして、大魔域の旅の始まりを前にして、すべての旅の最後の最後にやらなければならないことについて、ようやく実感をもって考え始めたのではなかろうか。
フレイアはもともと細かいことはあまり気にしない性格だ。だからいつも気がつくのが少し遅いことがある。
その夜、ルーチェはタイミングを見計らってフレイアに声をかけた。
「大丈夫? 少し顔色が悪いみたいだけど」
「何かって……ううん、少し疲れただけ。ここまで長い旅だったから」
会話の間、フレイアがルーチェと目を合わせることはない。
「そう。一年以上だもんね。でもその旅も明日でひと区切りだ。明日は頑張ろう」
「……ええ」
フレイアはそれきり黙ってしまった。ルーチェもそれ以上なにをしゃべったらいいのかわからない。
かなり沈黙が続いた後でフレイアが言った。
「ごめんなさい、心配をかけて。そろそろ少しだけ、長めのお休みが欲しいわ」
それからルーチェの顔を見て明るく元気に言った。
「でもまずは魔神を倒さないとね! 明日は頑張りましょ!」
それはいつもの少し強気なフレイアの笑顔だった。ルーチェも応えるようにいつもの笑顔を作った。
最後にお休みの挨拶をしながらルーチェは思った。
いずれにしろ明日の魔神戦はひとつの節目になる。それは二人の関係にとっても大きな節目となるに違いない。




