1
「せっ……! 先輩! わた、私……先輩のことが、入学してからずっと好きでしたっ!」
私ことルルの、記念すべき人生初の愛の告白。それは忘れもしない、高校一年生の春のことだった。
お相手は本日晴れて高校を卒業する、生徒会副会長を務めていた先輩。今思えば、学年も違うし個人的な接点などはほとんど無かった。
いつも遠くから見ているだけだったけれど、何よりも顔が好きだった。マイクの前に立った時のちょっとした話が、ユーモラスで面白いところも好きだった。でもやっぱり、顔が超絶好みだったのだ。
どうせ今日限りで会えなくなるのだから、ダメ元で告白してみたら――と、クラスメイトに上手く乗せられて、私は今、憧れのその人の前に立っている。
「君、一年生のルル……さん、だよね?」
先輩に名乗ったことなどないはずなのに、名前を呼ばれた。驚きと、淡い期待が胸を過ぎる。地面に落としていた視線を恐る恐る上げて、先輩の顔を正面から見た。
やっぱり、後光が差すほどカッコイイ。
「……はいっ……!」
先輩は、いつも遠くから見ていたあの優しい笑顔を浮かべて、私に言った。
「ごめん。君の両サイドにいる人たちが怖すぎて無理」
⭐︎
そこから先輩とどんな言葉を交わしたのか、どう別れてどう歩いたのか、私の記憶は曖昧だ。気づいた時には、私を唆したクラスメイト三人に囲まれて、私は公園のベンチで泣いていた。
「うぅぅ……っ! 私の両サイドって何なのよぉぉ! 右も左も誰もいないわよぉ……っ!」
「そりゃあ、ノアとエヴァンに決まってるじゃない」
即答するキーノに同調し、深く頷くアリサとポプラ。
意味わかんない……全然意味わかんない!
「あの二人と私に何の関係があるの!? なんで私の両サイドに勝手にいるわけ!?」
「だって三位一体でしょ、あんたちち。ルルと付き合ったら、漏れなくあの二人が付いてきそうだもの」
そんな馬鹿な特典があるものか。
反論しようとした私を差し置いて、彼女たちはそれぞれに口を開く。
「ノアはヤバいよね。この間あいつ、放課後一時間ずーっとグラウンドの隅でアリの巣眺めてたよ」
「校舎裏の野良猫とガチで喧嘩してたこともあったし!」
「エヴァン君は完璧すぎて、男の方が自信なくしちゃいそうだよねぇ」
「入学以来、テストで全教科満点取り続けてるんだよね? そこまでいくと逆に人間味がなくて怖くない?」
……ノアのアリの巣観察は今に始まったことじゃないし、子供の頃は半日眺めていることだってザラだった。野良猫の件は、確かお弁当の唐揚げを盗まれたからだって言ってたっけ。エヴァンは『僕、テスト勉強なんかしてません』感がなんか鼻につくから、擁護はしてあげない。
「あいつらがヤバいのは認めるけど、私は普通でしょ!? それなのに私まで同列に見られるなんて納得できないわ!」
叫ぶ私に、彼女たちの白い視線が突き刺さる。
「な……何よ?」
「ルル……普通の女子は、昼休みに体育館で魔王の息子とバトルはしないのよ」
ため息混じりで言うアリサ。
「いや、それは……」
ノアのチャッピーが死んじゃって、不眠症に悩む彼の『癇癪』に付き合っているだけだ――と、これまでに散々説明したけれど、彼女たち……ひいては学校の人たちにはどうも上手く伝わらないらしい。
「暴走したノアを放っておいたら、学校に迷惑がかかるし……」
「家族か先生に任せておけばいいじゃない。なのにルルとエヴァンが並外れた魔法を使いまくったりするから、『この三人はヤバい』ってレッテルが貼られて学校中の有名人になっちゃうのよ」
ポプラの言葉に、私は思わず閉口した。ぐうの音も出ない。おっしゃる通りだ。
ノアの暴走する魔力を相殺させる為に、中学時代はエヴァンと魔法の勉強をしまくった。まだノアに勝てたことはないけれど、最近では三日に一度の『癇癪』を、新しく覚えた魔法の実践の場として楽しみにしている自分もいる。
……そうか、これが良くないのね。
ちょっとだけ反省する私に、キーノは肩をすくませる。
「いくら幼馴染とはいえ、嫌になったりしないの? 特にノアなんて、よく友達でいられるよね」
「いや……別に悪い奴じゃ――」
「私だったら絶対に無理! だってあいつ、すぐ虫捕まえるし!」
「デリカシーも無いじゃん? この前なんて、前髪切りすぎたアリサに『ファンキーな髪だな』とか言って泣かせたよね」
「うん。あれはマジで傷ついた」
あれは切りすぎたって言うレベルじゃなく変だった。それに多分、それノアは褒めてる。
「黙って座ってたら顔はいいのに、中身が残念過ぎるよねー」
「それな!」
各々が好き放題に、ノアがいかに『ヤバい奴』なのかを口にする。
それにしても――
「あ、あのさ! 今日はみんな、慰めてくれてありがとうね! 私、馬車の時間もあるから、そろそろ帰るね!」
私は早口で捲し立て、鞄を抱えて歩き出した。
彼女たちを振り返る気にはなれなかった。フラれたばかりで悲しいはずなのに、先輩のことも何だかどうでも良くなっていた。
足早に馬車乗り場へと向かう。私が住んでいるリュネの村は小さくて人口も少ないから、小学生の頃から近くの街まで馬車で通学しているのだ。
「面倒臭いなぁ……」
乗り場のベンチに座ると、思わず口から本音が漏れた。
ノアのことよく知りもしないくせに、あそこまで悪く言う必要ある? しかも一応友達である私の前で。
馬車の到着を待ちながら悶々としていると、横手から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「顔、めっちゃ怖いよ? 普通、失恋したら泣くものじゃない?」
顔など見なくてもわかる。エヴァンだ。彼は、失恋直後の相手に見せるものとは思えないほど、晴れやかな笑顔で私の隣に腰掛ける。
「うざっ。怖っ。なんでもう知ってんのよ」
「学校なんて小さなコミュニティじゃ、噂なんてすぐに回るんだよ」
最悪……明日から春休みで、本当に良かった。
「それで、何を怒ってるの?」
「別に怒ってないわよ。ちょっと疲れただけ」
「ふぅん?」
エヴァンは不思議そうに首を傾げただけで、それ以上は訊いてこなかった。代わりに、鞄の中からやけにグロテスクな色合いのロリポップを取り出す。
「あげる」
「コレ……魔甘堂のキャンディ?」
魔甘堂とは、この街にあるお菓子屋さんである。ちょっと癖のあるデザインや、不思議なフレーバーのチョコやキャンディが売りのお店だ。
「限定『トロピカル・スパイシー・ミステリー味』だって。僕はこういうの苦手だから、ルルにあげる」
「何そのフレーバー! めちゃくちゃ怪し過ぎる!」
だが、こういう怪しい商品は嫌いでは無い。赤と緑と紫と黒が入り混じった絶妙に汚い色のそのロリポップを受け取ると、包装紙を外して口に放り込んだ。
「……僕があげておいて何だけど、よくそんなもの食べられるよね」
「ちゃんとしたお店で売ってるものなんだから、食べられるわよ。……うわ、ホントにトロピカルでスパイシーでよくわかんない味だわ」
美味しいか美味しくないかと問われたら、美味しくはない。けれどこの微妙な味につい笑ってしまうのが、魔甘堂の商品の良いところなのである。
「このロリポップ、どうしたの? まさかエヴァンが買ったの?」
「……」
何故かエヴァンは、笑顔のまま動きを止めた。しばし後、口を開く。
「……父さんに貰ったんだよ。患者さんから受け取ったんだってさ」
「へぇ。エヴァンのパパ、お医者さんだもんね」
それにしても、治療のお礼に魔甘堂のお菓子を選ぶとは、おかしな患者もいるものだ。
そんな話をしているうちに、リュネ行きの馬車が到着した。乗客は、私とエヴァンの二人だけである。
「そう言えば、ノアは一緒じゃないの?」
「告白を覗い――あ、いや、ちょっと前までは一緒に居たんだけど、先に帰ったよ」
こいつ今、告白を覗いてたって言いかけた?
追及しようかとも思ったが、もうあの告白については触れたくなかったのでスルーしてあげる。
ガタゴトと車体を揺らして進み始めた窓の外を眺めながら、私の脳裏にさっきのクラスメイトたちの言葉が蘇ってきた。
「……ねぇ。エヴァンってさ――」
「うん?」
エヴァンは馬車の移動中に読む本を開きながら、返事をする。
「なんでノアと友達なの?」
「面白いからだけど」
迷いのない即答。
そうだった。こいつは面白ければ何でもいい男だった。
「……先輩にフラれた理由、気にしてるの?」
「あんた、やっぱり覗いてたのね」
「ルルが離れたいのなら、別に引き止めないけど」
睨みつけた私を躱すように、エヴァンは視線を本へと落とす。私は口の中でロリポップを転がしながら、ゆっくりと流れる景色を眺めた。
「……この山だっけ。小学校の遠足で登った山」
街道の脇に登山道の入り口が見えて、私はぽつりと呟いた。エヴァンは少しだけ視線を動かし、それから小さく笑う。
「ルルが行方不明になって、大騒ぎになったんだよね」
「あの時は本当に、死ぬかと思ったわ……」
お腹も空いて、心細くて、怖くて怖くて堪らない時に現れたのが――ノアだった。




