25.必殺・勇者に丸投げ
「それで?」
「それが……我々にここから離れるようにと申しているそうです」
ルチアは小首を傾げる。どういう意味かと尋ねかけたが、別の名案を思いついた。
「勇者たちはどこに?」
「あちらの森の方に――」
近衛隊長の言葉を最後まで聞かず、ルチアはフェリクスを振り返った。
「フェリクス様。会っていただきたい人がいますの」
「僕に、ですか?」
ルチアはニコリと微笑む。デートと銘打ってフェリクスを呼び出したものの、ルチアに策などは無かった。だから後は、この手を使うしかない。
(必殺・勇者に丸投げっ!)
レティシアを救い出したのも、暗殺者を撃退したのも、黒幕がスピナ国だと暴いたのも、全部勇者たちの功績だ。それならばきっと、真犯人も特定してくれるに違いない――と、またもや浅はかな考えでルチアは歩き出した。
芝生広場を抜けていくと、やがて広大な緑の広がる森に辿り着いた。そのすぐ近くで、衛兵と話をする勇者一行を見つけた。
「彼らは……?」
「ティアお姉様を救い出してくださった、勇者一行ですわ」
その言葉に、わずかにフェリクスの眉が跳ねたのをルチアは見逃さなかった。
「ごきげんよう。エヴァン様、ルル様、ノア……様?」
陽気に手を振ったルチアの顔が曇る。エヴァンとルルの後ろに控えているノアの周囲が、やけに暗い。ノア自身から黒い霧が出ているかのように、何か禍々しいものに包まれているのだ。
木の上で、一羽の黒い鴉が不吉に鳴いた。
「ルチア様!? 早くここから離れてくださいって、伝えたはずですが!?」
ルルがルチアに気付き、声を上げた。
「それは聞いたような気もするけれど、何かあったの? ナントカカブトが見つかったのかしら?」
「ナナイロツノオオクワガタ……」
ぼそりと訂正したノアの声は低く、小さく、そしてやけに刺々しい。
「ノ、ノア? もうちょっと……もうちょっとだけ我慢してね? 今はマズイ。後でプリン食べに行こう! ノアの好きな固めのやつね!」
「本当に時間が無いので、せめてルチア様だけでも連れてこの場所から離れてください」
必死にノアの背中を摩り、機嫌を取ろうとするルルと、衛兵と話すエヴァン。
ルチアとフェリクスは何が起きているのかわからず、ただ瘴気とも呼べるものを全身に纏うノアを見ている。
「何が起きているのか、ちゃんとわかるように説明してちょうだい」
「ルチア様。とにかくここを離れませんか? 貴女に万が一の事があれば、僕は悔やんでも悔やみきれません」
ルルの方へ大きく一歩を踏み出すルチアの腕を、フェリクスが優しく掴んで引き止める。それに少しだけときめくルチアだったが、ノアの視線に気付いて思わず息を飲んだ。
妖しく赤色に光る双眸が、完全に座っている。
「一日中宿の周りを囲まれて、得体の知れない飯を食わされて……部屋は変な匂いで臭いし、外には出れないし、やっと虫採りが出来ると思えば、公園から出て行けだと……? この国はどうなっているんだ……?」
「おい、お前……さっきからなんでそんな邪悪な――」
衛兵がノアの肩に触れた瞬間、バチンッと弾けるような大きな音がして、衛兵はその場に卒倒した。
「あー……やっちゃった……」
苦笑いを浮かべるエヴァンと、頭を抱えるルル。ルチアは口を大きく開けて絶句し、フェリクスはわかりやすく取り乱す。
「き、き、貴様!? 今、何をした!? 衛兵を手にかけるなど重罪だぞ!?」
「……うるさい」
パチンと、またノアの周りで魔力が弾ける。
「ルチア様。今のノアはとんでもなく機嫌が悪いので、すぐにここを離れてください。この黒い火花みたなやつには触れないようにしてくださいね」
さりげなく、エヴァンがルチアの前に立つ。ルチアは倒れた衛兵を横目で見る。
「ふ、触れるとどうなるの……? まさか、死――」
「眠ってしまいます」
確かに衛兵の胸は上下している。しかしその顔は苦悶が浮かび、歪んでいた。
「怖いのは、とんでもない悪夢を見るってことなんですよね」




