21.氷の王女
「ひゃんっ!?」
口から心臓が飛び出す勢いで、変な声を漏らすルチア。
「な、ななな何を仰っているのですか!? ティアお姉様がいなくなって、私が喜ぶはずがないではないですか!」
離れの入り口を守る護衛と言葉を交わし、中に入る三人。レティシアもルチアも、ここに立ち入るのは初めてだった。
この建物には大きな窓が無く、薄暗い。華やかな飾りや柔らかい絨毯も敷かれておらず、打ちっぱなしの床と壁が酷く冷たい印象を受ける。
「……レティシアが戻らない間のルチアを見て、邪な気持ちがあったわけではないことは理解しました」
「それはどういう……?」
「初めに貴女を攫おうとした犯人は、ルチアです」
「あああああの……そ、それは……その……」
顔面から止めどなく汗が噴き出てくるルチア。その時になって初めて、彼女はここがどこなのかを理解した。
――牢獄だ。
「ミミミミエールお姉様!? わ、私を投獄なさるおつもりですか……!?」
リュミエールは足を止め、末の妹を振り返った。形の良い唇を歪め、笑う。
「ごめんなさいぃぃぃ! 私は、ティアお姉様の立場が欲しいとか、そんなんじゃないんですぅぅ! ただ、ティアお姉様が遠くにお嫁に行ってしまうのが寂しくて……っ!」
「まぁ、ルチア……」
レティシアにしがみ付き、滝のような涙を流すルチア。
「まだ死にたくないですぅぅぅ!」
「……ルチア」
泣き喚くルチアに、リュミエールは小さく息を吐く。
「貴女に邪な気持ちがあったわけではないことは理解した、と申し上げたでしょう?」
「じ、じゃあ……?」
リュミエールは再度歩みを進め、地下室へと降りて行った。衛兵に頑丈な鉄の扉の鍵を開けさせて、潜り抜ける。この先は、重罪人を収監する独房である。
「『彼女』には少々辛い思いをさせてしまいましたが、本来であれば死罪ですよ」
「彼女……?」
リュミエールが足を止めた先にいたのは、ルチアがもう二度と見ることができないと諦めかけていた顔だった。
「アリエッタ!?」
「ルチア様!」
レティシアの誘拐を実行した、ルチアの侍女だ。
「アリエッタ、生きていたのね!? 良かったぁぁぁ!」
「ルチア様……申し訳ございません! 全てリュミエール様に話してしまいました……!」
檻の中でアリエッタは、深く頭を下げる。そんな侍女とルチア、そしてリュミエールを交互に見遣り、レティシアは首を傾げた。
「ミエールお姉様? これは一体、どういうことなのですか?」
「レティシアが誘拐されたすぐ後、アリエッタは自首していたのです。ルチアの本心を窺う為に黙っていましたが、ルチアは本当に心からレティシアを慕っているようでした」
待てど暮らせど戻らないレティシアに、ルチアは分かりやすく動揺していた。朝晩泣き崩れ、食事もろくに摂らず、毎日見張り台に立っては姉の帰還を天に願い続けていた。ルチアに悪意が無かったことは明らかだった。
「私たちはそれぞれ異なる母を持つ姉妹。覇権争いを好む臣下が黒幕かと思っていましたが、犯人は私たちが『変身魔法』を使えることを知らないということです」
この城の中枢の人間であれば、この姉妹が変身魔法を使えることなど当たり前に知っている。
「ミエールお姉様。あの勇者たちが、お姉様を攫った暗殺者はスピナ国の者だと暴いていましたわ」
「やはり……」
リュミエールはアリエッタの牢の鍵を開けながら、小さく唸る。
「ミエールお姉様との婚約が目的だったら、犯人確定だったのですが……」
しかしフェリクス王子は、ルチアとの婚約を快諾した。犯人はスピナ国の誰かで間違いなさそうだが、また動機がわからなくなってしまった。
「アリエッタ、出なさい。真犯人がこの城の人間ではないのなら、もう隠れている必要はありません」
「……しかし、リュミエール様……」
申し訳なさそうに檻から出るアリエッタ。
「この二ヶ月、十分反省したでしょう? あとは愚かな作戦を立てた貴女の主が責任を取ります」
「……私?」
自分の顔を指差すルチアに、リュミエールは氷のような笑みを浮かべる。
「何としても、犯人を見つけ出しなさい」




