16.勇者御一行
⭐︎
「王宮より連絡は受けております。王女様を救い出した勇者御一行様、どうぞごゆるりとお身体をお休めくださいませ」
貴族の屋敷と見紛うほどの、豪華で広大な宿。そこに到着したノアたちを出迎えたのは、深々と頭を下げた宿の全従業員たちだった。
「うっそ……マジ……?」
馬車を降りながら、ルルは引き攣った笑みを浮かべる。宿泊費が浮いてラッキー! くらいにしか考えていなかったが、そもそも銅像を建てると言っているような王が、勇者たちを安宿に泊めるはずがなかった。
「お食事はすぐに召し上がりますか? ソムネア料理、カルパディア料理、クローセイン料理とご用意できますが、いかがいたしましょう?」
「こちら、源泉掛け流しの露天風呂がお楽しみいただけます。入浴後にはマッサージ、エステのご用意もいたしております。岩盤浴やネイルサロン、二階のバルコニーにはプールもございますので、水着がご入用の際にはお声がけください」
「いやいやいやいや! 逆に落ち着かないって!」
ようやく案内された部屋で三人だけになってから、ルルはぐったりとベッドに倒れ込んだ。布団は今まで経験したことがないくらい柔らかく、信じられないくらいいい匂いがする。
「こんな宿に泊まれるなんて、きっともう一生無いよ。ちなみにさっき馬車の窓から見えたけど、街で号外が配られていたから、僕たち有名人になっちゃうかもね」
エヴァンは楽しそうに部屋の中を探検している。
この宿は一棟丸々貸し切りで、一階に食堂や露天風呂などがあり、二階には広いリビングと、寝室が三部屋。トイレとシャワールームは二つずつある。
「ルルはこういう宿、喜ぶかと思ったんだけど?」
「これが家族旅行ならね。『勇者様』って呼ばれてペコペコされるのは、なんか違うじゃない?」
命を張って魔王を倒したのであればまだしも、クワガタ探しのついでに自称魔王をさくっと眠らせて、これまたついでに王女様を送り届けただけなので、なんだか騙しているような気分になるのである。
「なんだか疲れちゃった……ねぇ、ノア。今夜のクワガタ探しはやめにしない?」
「しない」
ノアは早速荷物をひっくり返し、クワガタ探しに必要な物を用意し始めている。
「……だよねー。じゃあとりあえず、晩ご飯の用意が出来たら起こして」
そう言うとルルは目を閉じ、十秒もしないうちに眠りに落ちた。
「ノアと正反対だね、ルルは。どこでもすぐに眠れる」
エヴァンの言葉に、ノアははっとして荷物を纏める手を止めた。
「そうだった……チャッピー……」
昨夜のように、気持ち良く眠りにつくことはもう出来ない。またチャッピーは、いなくなってしまったのだから。
「でもまぁ、人の腕でも代用できるって事が分かったんだから、いろんな人の腕を試してみたらいいんじゃない? 魔法力学のモルディアス先生の腕なんか良さそうだと思うけど」
「……硬そうだな」
「じゃあ、ルルのお母さんは?」
「チクチク感が足りないと思う」
「僕の腕はどう?」
「話にならない」
「じゃあ――」
結局、具体的な解決案は何も出なかった。
⭐︎
レティシアは久し振りに王宮の自室のベッドで眠り、幼い頃から世話をしてくれている侍女たちに身支度を整えられて起床し、食べ慣れた朝食の並んだテーブルに着いていた。
見た目も鮮やかなサラダに、柔らかいパン。ふわりと甘い匂いが立つコーンスープ。そこに卵料理や肉料理――とても独りでは食べきれない量の食事が運ばれてくる。
「レティシア様。お体の具合でも……?」
なかなか食事に手をつけようとしないレティシアを心配して、侍女が声を掛けた。
「昨日の主治医の診察では問題ないとのことでしたが、やはり二ヶ月もの間監禁されていたとあれば……」
「あのっ、いいえ。大丈夫です」
レティシアは慌てて笑顔を取り繕うと、パンを一欠片千切って口の中に放り込んだ。
(蜂蜜とチーズのバゲット、美味しかったな……)
昨日の朝の事なのに、既に遠い昔の事のように感じる。
「……食後にコーヒーを頂けますか? お砂糖ではなく、蜂蜜を入れて欲しいのですが」
「はい……?」
レティシアにはいつも、ミルクをたっぷりと入れた紅茶を出していた。なので侍女は訝しげに眉を顰めたが、調理場へ要望を伝えるために部屋を退室した。
「昨夜、クワガタは見つかったのでしょうか……」
そっと席を立ち、大きな窓から城下に目をやる。遠目に自然公園の森の陰が見えるが、ノアたちが泊まっている宿までは見えない。
クワガタ探しとはどのように行うのだろうか、とレティシアは考えた。ノアはきっとワクワクした顔をしているはずだ。ルルがあれこれと世話を焼いて、エヴァンが温かく見守っている……そんな景色を想像する。
(楽しそう……いいなぁ)
それから――と、レティシアは思う。
(ノア様は眠れたのでしょうか……?)
きっと眠れていないはずだ。十五分だけでも会いに行って、寝かしつけてあげることは出来ないだろうか。
「レティシア様。本日のご予定ですが、午前中は国民へ向けて無事にご帰還されたことを報告する会見がございます。お姿は隠されたまま廟の裏より、お声を頂戴する運びとなっております」
レティシアの予定を管理する侍従が言った。
「あ……はい。わかりました」
「午後はスピナ国の使者との会談がございます。フェリクス様直々に足を運ばれるそうです」
レティシアは心の中でため息を吐く。これではノアに会う時間は、確保出来そうにない。
「スピナ国は、今回私が姿を消したことに関して何か言ってきていますか?」
「……大層お怒りでございます」
「そうですか……」
スピナ国のフェリクス王子との縁談は、政略的なものである。いくらレティシアの意思で姿を消したわけではないとは言え、相手国からすれば関係のない話。寧ろバルドレイン側の自作自演を疑っているのだと、侍従は言った。
「レティシア様が不在ならば、リュミエール様との縁談を進めたいと散々通達があったようです」
「ミエールお姉様と……?」
「リュミエール様は王様の次にこの国を担うお方ですので、それは出来ないとお断りしたようですが。王様はルチア様との縁談に切り替えるおつもりのようでした」
レティシアは額に手を当て、大きなため息を吐いた。スピナ国との縁談のことは気がかりではあったが、そこまで話が悪化しているとは思わなかった。
「スピナ国は小国ですが、手を結べば漁業の流通が盛んになります。お父様は昔から海のルートを確保したいとおっしゃっていましたからね……」
「しかしレティシア様が無事に戻られたのですから、縁談もこれまで通りスムーズに進むのではないでしょうか」
「……そうだと良いのですが」
レティシアは憂いを含んだ目を、再度窓の外へと向けた。




