二度目の恋は甘くて苦い
朝、目を覚ました瞬間、私は息を飲んだ。
彼の腕の中だったから。
穏やかな寝息を立てるレイヴェルの胸に、私は包まれるように抱きしめられていた。
硬く冷たい鎖の代わりに、彼の腕が私を縛るように絡まっていた。
まるで――まるで、大切なものを守るように。
「……起きたか」
低く掠れた声が耳元をくすぐる。
心臓が跳ねた。
目が合うと、レイヴェルは一瞬だけ満足げに微笑み、すぐに私の身体を解放する。
そして、何も言わずに立ち上がり、部屋を出ていった。
ほんの数秒だった。
それだけなのに、彼の温もりが消えていくのを感じて、胸の奥が妙にざわついた。
しばらくして、レイヴェルが戻ってくる。
彼の手には、小さな白い花が握られていた。
「ほら、やる」
ぶっきらぼうに差し出されたそれを、私は戸惑いながら受け取る。
彼はそのまま私の手を軽く引き寄せ、気づけば腕に絡んでいた縄がいつの間にか解かれていた。
――……何がしたいの?
これも、彼の気まぐれ?
戸惑いと不安が入り混じる中、彼の指先がふと私の髪に触れる。
ゆっくりと撫でるように、優しく。
「おい、そこの湖まで出掛けるぞ」
――……何?
突然の言葉に、私は思わず顔を上げた。
捕虜となった私に、湖?
一体、どういうつもりなのだろう。
レイヴェルの思考はいつも読めないけれど、これまで以上に意味がわからない。
「ほら、お前の好きな姫抱っこで、外まで連れてってやる」
その声が妙に優しくて、胸の奥がくすぐられるようにざわついた。
「自分で歩けるわ」
そう言いかけた瞬間――ふわり、と視界が浮く。
「きゃっ……!?」
気づけば、彼の腕の中。
軽々と持ち上げられ、まるで羽のように抱えられていた。
以前、私がよくねだってしてもらっていた姫抱っこ。
その懐かしい温もりに、ギュッと胸が締め付けられる。
「ちょ、ちょっと……! 降ろして……!」
「嫌だね」
そう言って、彼は少しだけ唇をつり上げた。
その笑みが、あまりに自然で――不覚にも、胸が高鳴った。
頬がほんのり熱を帯びる。
彼の琥珀色の瞳に囚われながら、私はただ、手のひらの中の花を握りしめた。
小さく、可憐な白い花。
無造作に手渡されたそれを、私はただ呆然と見つめるしかなかった。
捕虜になるのだから、てっきり鉄の鎖で縛られ、テントの中に閉じ込められるのだと思っていた。
けれど、実際はそうではなかった。
私は今、レイヴェルの軍とともに馬に乗り、湖へ向かっている。
戦場の余韻を引きずる道の途中、湖のほとりに小さな休憩地を設けるという。
私の世話係とされた侍女たちは、私に化粧を施し、血と泥にまみれた戦装束を脱がせ、美しい衣服を着せた。
まるで、捕虜ではなく、どこかの貴族の姫君のように。
「……」
馬に乗る際も、レイヴェルは何の迷いもなく手を差し出した。
逡巡する私の腰を支え、難なく馬上へと導く。
まるで――
まるで、恋人のように。
突然の変化に戸惑いを隠せない。
なぜ?
何が目的?
彼が私をここまで扱う理由がわからない。
きっと何かを企んでいるに違いない。
この男は、一体どこまで私に地獄を見せる気なのだろう。