囚われの夜
目を覚ますと、そこは見慣れない天井だった。
体を少しでも動かそうとすると、鈍い痛みが走る。
意識が覚醒するにつれ、ふわりとした布の感触と、かすかに漂う薬草の香りが鼻をかすめた。
硬い土の感触も、冷たい空気もない。
ふわりとした寝台の感触が、戦場の現実とあまりにかけ離れていて、すぐには状況が掴めなかった。
窓から差し込む淡い光が、薄暗い部屋の中を照らす。
かすかに漂う甘い香り。
そして――私のすぐそばで感じる、男の気配。
「……殺さないのね」
低く掠れた声で問いかけると、彼はゆっくりと身を起こし、私を見下ろした。
琥珀色の瞳が、暗がりの中でも鋭く光る。
「殺すつもりなら、今ここにお前はいない」
冷静で、余裕に満ちた声。
ぞくりと背筋が凍る。
「……なら、私をどうするつもり?」
喉の奥からしぼり出すように問いかけると、彼はわずかに唇を歪め、私の髪を指に絡めた。
「戦場じゃない場所で、お前を支配する」
ぞくり、と。
言葉の意味以上に、その低く甘い囁きが私の中に入り込み、肌が粟立つ。
「……っ」
息を呑んだ瞬間、彼の顔がゆっくりと近づいてくる。
首筋にふれた吐息が熱くて、思わず身を跳ねさせた。
「このっ……!」
鋭い声を上げ、全身を使って抵抗する。
だが、彼の腕が私の動きを封じるように強く押さえつける。
「抵抗するな」
低く命じる声に、心臓がひどく跳ねた。
彼の瞳には、私のすべてを見透かしているような光が宿っている。
怒りに燃える私の心の奥――その裏にある揺らぎすらも。
「するに決まって――んっ……!」
言葉を紡ぐ間もなく、彼の唇が重なる。
強引で、支配するような口づけ。
熱が伝播し、呼吸を奪われ、全身が震えた。
「お前は俺に負けた。それは、お前自身が一番よく分かってるだろう?」
彼の声が、唇が離れた瞬間、耳元で囁かれる。
嘲るような響きが、私の誇りをさらに傷つける。
「くっ……!」
悔しさが胸を締めつける。
彼に奪われることなんて、絶対に許せないのに。
「だったら、大人しく俺のものになれ」
ゆっくりと囁かれるその声が、どこか熱を帯びていることに気づいてしまう。
ぞくりと背筋を撫でる感覚――
いや、違う。これは恐れだ。
そう、自分に言い聞かせようとする。
けれど、心臓は早鐘のように鳴り響く。
今まで戦場では幾度も剣を交えた。
なのに、今この瞬間の方が、よほど怖かった。
レイヴェルの瞳が、私を絡め取るように揺らめく。
その目の奥にあるのは、残酷な嗜虐心なのか、あるいは――
私は、この男に支配されるつもりはない。
絶対に。
そう思っているのに。
彼がゆっくりと再び唇を寄せてくるのを、私は拒絶することができなかった。