陥れられた王女
「イレーネ、お前に罪状が出ている」
低く響いた声に、時間が止まったように感じた。
「……え?」
私の耳が、言葉を正しく捉えたのかも分からなかった。
何を言われたのか理解できず、心が追いつかない。
「そなたが隣国・アルセリオ王国のレイヴェル王子と内通し、密かに戦の火蓋を切ろうとしていた――そう聞いているが、事実か?」
国王――私の父の声が、冷たく響いた。
――私が、戦を企てた?
――レイヴェルと内通した……私が?
そんなはずはない。
何を言っているの?
足元がふらつく。
周囲の視線が、氷のように冷たい。
かつては私に敬意を抱いていたはずの、この場にいる城の者たち。
それなのに今は――まるで裏切り者を見る目をしている。
「そんなはずはありません!」
声を振り絞る。
けれど返ってくるのは、疑念と軽蔑が入り混じった冷たい視線だけ。
「……アルセリオ王国が戦を仕掛けてきた。原因は我が国にあると主張している」
父王が静かに言い放つ。
その瞬間、血の気が引いた。
戦争が、始まった?
頭が真っ白になる。
「……どういうことですか?」
「そのままの意味だ。
レイヴェル王太子が、そなたとの密会を“証拠”にし、
お前こそが戦の火種を撒いたのだと、彼は公言している。」
「そんな……」
息が詰まりそうだった。
胸の奥が締めつけられる。
何かの間違いだ。
だって、彼がそんなことをするはずがない。
私たちは、愛し合っていたはずなのに――。
「証拠もある」
貴族の一人が、机の上に何枚かの手紙を並べた。
それは、間違いなく私がレイヴェルに宛てたものだった。
だが、書かれた内容が違う。
「……これは、違います」
私の声は、震えていた。
「この手紙の内容は、改ざんされています……!」
必死に訴える。
けれど、誰も信じようとしない。
まるで、すべてが最初から決まっていたかのように。
「はあ…、騙されたにせよ、もう言い訳は通らん。
そなたの行いは、紛れもなく重罪だ」
父王の吐息混じりの声が、重くのしかかる。
騙された?
誰に?
レイヴェルに、ということなの?
私の頭が混乱する。
彼の甘い言葉は?
彼の優しい手は?
彼が囁いた「君を愛している」という言葉は――?
「そ、そんな!」
私は彼を信じた。
彼を愛した。
それなのに、彼は私を利用し、切り捨てたというの?
何もかもが崩れていくような感覚だった。
――これは夢なの?
――目を覚ませば、また彼が笑顔で迎えてくれるんでしょう?
――嘘だと言って、レイヴェル――!
けれど、目の前の現実は無情だった。
父王は私を見下ろし、冷酷な言葉を紡ぐ。
「ならば、身をもって証明することだな」
「……え?」
「お前は貴族でありながら、軍の一員として戦場へ赴け。
敵国と戦い、その忠誠を示せ」
――戦場へ?
耳が痛いほどに鼓動が早まる。
頭の奥がじんじんと痛み、呼吸が苦しくなる。
「……冗談でしょう?」
だが、誰も笑わない。
「……お前が潔白ならば、戦って証明するのだ」
父王の言葉に、背筋が凍る。
それが、彼の“決定”なのだと理解した。
私には、もはや拒否する権利すらないのだと。
――本当に、信じてもらえないの?
――私は何もしていないのに?
「私が、レイヴェルに騙されたというのなら――」
唇を震わせながら、言葉を紡ぐ。
「なぜ、私はすべてを失わなければならないのですか?」
誰も答えない。
あの甘い愛の言葉は、すべて嘘だったの?
あなたは、私を罠にかけるために、あんなにも優しくしてくれたの?
目の前が暗くなりそうだった。
だが、涙は流さなかった。
流してしまったら、私は壊れてしまう。
「……わかりました」
何とか絞り出した声は、驚くほど冷たかった。
「剣を取ります」
喉の奥で何かが軋むような感覚がした。
こうして私は、血と泥にまみれることになる。
すべては――彼が仕組んだ策略によって。