私の夢が叶うとき
評価・ブックマークありがとうございます!
コンサーヴィア国内のゴタゴタが収まってしばらく、薄幸王子……もう王子じゃないか。
アーノルドが正式に王位継承を行う戴冠式が行われた。
……残念ながら私は参加できなかったけどね。
いくらコンサーヴィアが弱くて貧しい国と言えど、国王が代替わりするという一世一代の大イベントだ。色んな国の王族が集まるような場所に、ただのメイド(を装った私)を招き入れるわけにはいかないらしい。
周辺の国々から賓客が集まり、新たな王の誕生を祝ったようだ。
少なくとも表面上は。
そりゃあね。
代替わりしたところで、砂漠に囲まれた環境が良くなる訳でもない。
新たな王と懇意にしたところで周囲の国にとって旨味が無いのだ。
そんなだから、『代替わりしたところで我々には関係ない』といった態度が透けていたようだ。
うーん、そこから何とかしないとね。
というわけで、これから新生コンサーヴィア王国と各国を繋ぐ新たな販路を築く会議を行うのだ。これはアーノルドが計画していたこと。
そしてついでに……くふふ……。
いよいよ私の出番だ。私の今までは、今日この日のためといってもいい。
私にとっての大勝負。
私という存在を、魔物の国という存在を、この世界に認めさせる、大事な大事な会議なのだから———
「昨夜の戴冠式に引き続き、今日もお集まりいただきありがとうございます」
王城にある会議室にて、各国の重鎮を前に全く臆することなく優雅に一礼するアーノルドに注目が集まる。私はメイドの姿で壁際に控えてそれを見ていた。
随分とまぁ堂々と振る舞えるようになったものだ。
あの戦いを経て、一皮剥けたのかな?
良かった良かった。
ちなみに、ノイン、エルティ、シフル、フューラ、テレータの5人はメイド服を着て各国の来賓に紅茶を出している。こちらも随分慣れたものだ。
「それで、各国の要人をこれだけ集めた理由は何なのだ?」
一応は一国の王であるアーノルドを相手に不遜な態度で口を開いた女性が一人。
そして、それを誰も咎めようとしない。
いや、咎めることなどできない。
この人物こそ、『黄金の国エルドランド』を治める女王、フローレンス。
この場で、いや、世界で最も権力を持っているのは彼女だと言っても過言ではないだろう。
何しろ『エルドランド』は黄金の国との呼び名を冠する程、大量の金を産出している国なのだ。
その量たるや、周辺の国々が扱っている金貨に使われている金全てを賄うほどの量である。もし仮にフローレンス女王の機嫌を損ねでもしたら……彼女が金の輸出を少しでも渋れば、直接的にその国の財政への打撃となり得る。
そんな実態があるからこそ、誰一人としてフローレンス女王に声をあげる者は居ない。
そしてもう一人。
「わざわざ私やフローレンス女王にまで声をかけたのだ。余程の事があるのだろう」
そうフローレンス女王に話しかけるのは、『珠玉の国アージェント』を治める王、ゼルヴェルだ。彼の国も、ミスリルをはじめとする貴金属や宝石などを産出する、エルドランドに次ぐ国力を持つ国である。
そんな二人をはじめとする周辺の国々を相手にするのだ。さすがのアーノルドも額に汗を浮かべ、なお不敵な笑みを浮かべる。
「お待たせしても申し訳ありませんので、単刀直入に申し上げます。我々コンサーヴィアはこれから、この砂漠地帯を抜け各国へと繋ぐ販路を整備する計画があります。あなた方の国にはそれに出資、及び協力を願いたい」
今現在、各国を結ぶシルクロードは、コンサーヴィア砂漠を迂回するように敷かれている。
それも当然で、整備されていない砂漠の真ん中を抜けるにはリスクとコストが嵩むため、大回りになっても砂漠を迂回した方が最終的にはコストが安く済むのだ。
アーノルドが打ち出したのは、そんな砂漠に販路を整備し、ローコストで砂漠を渡れるようにするという計画だ。
砂漠を安全に渡る術を持っているコンサーヴィアの民が商隊をサポートすることでより安全に、より早く物資を運べるようになる。
そんな内容を、何%のコストが抑えられるとか具体的な予測の数字を提示しながら語るアーノルド。
説得力は十分だろう。しかし、
「それが、我が国に何の利益があるのだね?」
必ずしも好意的な意見ばかりではない。
場所によっては、砂漠に作られた販路を使わない国もあるし、そもそもコンサーヴィア王国と取引をして何の得があるのかと舐めてかかる国も多い。
「……これ以上を説明するには、コンサーヴィア王国の重要情報に関わります。取引を確約できるのであれば、より深い話し合いもできましょう」
「くだらん! 水も作物も、稀少な資源すらないコンサーヴィアと取引するなど、こちらの利を一方的に吸い上げられるだけではないか! いくら話しても時間の無駄、我々は帰らせてもらう!」
今や国王になったアーノルドにそう言い放ち、乱暴に部屋を後にするどこかの国の大臣。
それを諌めるどころか、同じように席を立って後に続く人も多数。
如何にコンサーヴィア王国が下に見られているかがよく分かる。
後に残ったのは多少なりとも利益が出るであろう国々だ。
「フローレンス女王とゼルヴェル王は出ていかれないのですね?」
意外だったのは、二つの大国の王が残っていたことであった。
「私は今出ていったものほど浅慮ではない。この私に声をかけた以上、相応の何かがあると考えた訳だが?」
「それに、こんな状況においても余裕な態度を崩していないのだな、コンサーヴィア新王よ。まずはその腹のうちを明かしていただきたい」
……鋭い。
世界一の権力を持ちながらその地位に傲らず、なおも国を発展させんと力を振るう。なるほど、大国の王二人はアーノルドの言った通りの、いやそれ以上に傑物らしい。
「いやはや、参りました。これ以上勿体ぶるのも失礼ですね。……この場に残っていただいたあなた方の国に、特にエルドランド女王とゼルヴェル王には、我々コンサーヴィアと新たに貿易を始めていただきたい。これをはじめとする、我々の新たな特産品のね」
そう言って、アーノルドは懐から複数の瓶を取り出した。
黄金の液体が並々と詰められた瓶を。
それを見たもののほとんどは、それが何なのか見当がつかないでいる。
それの正体を正しく看破した人物はただ一人、フローレンス女王だ。
「まさか、魔蜂の蜜か?」
「それは……」
ありえないとでも言いたげな声が、ゼルヴェルの口から漏れる。
何かの事故により崩壊した魔蜂の巣から、運よく蜜を手に入れることはできる。
しかし、瓶を何本も満たすほどに手に入るかと言われれば、そうではない。
何より二人が『魔蜂の蜜』であることを疑ったのは、それぞれの瓶に入った蜜は、全てが微妙に色が異なるのだ。
「本物か?」
「もちろんです。味を確認していただいても良いですよ。フローレンス女王ほどの御仁であれば魔蜂の蜜の味を知っているでしょう」
アーノルドに勧められ、瓶の中に蜜を順に口にするフローレンス。
強い甘みと爽やかな香り、味わう程に感じる深いコクに、何より全身を巡る強い魔力。
「間違いない、魔蜂の蜜だ。……いや、私が今までに口にしたものより、さらに質が良い。そんなものをいったいどうやって? すべてが微妙に味が異なるのはなぜだ?」
「お答えしましょう。こちらの瓶は“カザミバナ”から、こちらの瓶は“月光華”から……それぞれの瓶は、ある特定の花からのみ集めた蜜で作られています」
「なぜそんなことが言える。まるで魔蜂が蜜を作る過程を見てきたかのような———」
「いえ、そう命令して作らせたのです。この意味が分かりますか?」
この場にいる全員が絶句した。
命令して作らせた?
馬鹿な、それが本当なら……コンサーヴィア王国は、『魔蜂を操る術を得ている』ことになってしまうだろう!
実際はヘレスの命令であるが、この場でのインパクトを考え、あたかも『アーノルドが魔蜂を使役して蜜を作らせた』と聞こえるように言ったのだ。
もちろん、ヘレスの了承を得ているが、そんなことを、彼らは一切知る由もない。
「コンサーヴィア王国は、魔蜂の蜜を自由に製造できます。もちろんそれだけでなく、パラクレート大迷宮のほとんどを掌握しているため、大迷宮から産出される魔鉱、各種魔物の素材、そして魔物の女王ヘレスとの交流……我々はそれら全てをあなた達に提供できる。どうでしょう、我が国と国交を結ぶ利点には十分かと思いますが?」
会議室内を沈黙が支配する。
それが本当なら、魔蜂の蜜も……何より大迷宮から産出される魔力を含む鉱石は、喉から手が出るほど欲しい。
本当かと疑いたくもなるが、蜜で満たされた瓶の存在が『真実である』と物語っている。
どうすれば良いかと、この場の全員が逡巡する。
「私達の蜂蜜、美味しいですよね。フローレンス様も気に入っていただけるかと」
「あ、あぁ……っ!?」
エルティがすっかり冷めてしまった紅茶を取り換え、新しいものをフローレンスへと差し出す。フローレンスは、そのメイドに声を掛けようとし……見てしまったのだ。
笑顔を見せるエルティの口に覗く鋭い牙と、人間にはあるはずもない複眼の存在を。
つまり、だ。
コンサーヴィア王国に招かれたと思っていたが、裏を返せば魔蜂の巣に迷い込んだということ。
そして、彼が従える魔蜂の手はすでに、我々の首元に添えられていたということだ。
「くはっ……はははははっ! なんだ、ここに来た時点ですでに我々に選択肢など無いではないか。アーノルド新王、貴国との交易を約束しよう。改めて詳しい話をしたい故、この後にでも時間を貰いたい。もちろん、今この場にいる『魔物の女王』とやらもな」
「あら、バレちゃったのね」
声を上げたのは私だ。
着ていたメイド服を脱ぎ捨て、『人化』の魔法を解除する。
隠されていた翅や触角、3対の腕が顕わになり、突然の出来事に悲鳴を上げる者もいた。
パニックになりかける彼らを制し、真っすぐに私を見据えて話し始めるフローレンスの胆力は流石としか言いようがない。
「あれほど分かりやすくアピールされれば誰でも気が付く。聞かせてくれるだろう? 『魔物の女王』が、我々にどのような利を齎すかを」
「えぇ、もちろん。他の人たちもぜひ、有意義な時間にしましょう?」
『世界の王』とも言われるほどの権力を持つ『黄金の国エルドランド』の女王との対談だ。
これさえうまくいけば、私達『知性を持つ魔物』の存在は、世界に認められたも同然。
そして、もはや失敗することはありえない。
ようやく……ようやくだ。
私がかつて誓った『どれだけドラゴンが攻めてきても、揺らぐことのない魔蜂の国を作り出す』という夢。
その夢が今、現実となるのだ———
お読みくださってありがとうございます。
コメントなどもお待ちしております!




