新しい道
―――今はあの山脈をずいぶん遠回りしないと行けないけれど、もしあの山脈をまっすぐ越えて国境の町と行き来できるようになれば、この道は隣国との交易路になるはずなんだ。
以前、ヒリエンカ領主の息子であるエルノ・リオノックスは、ヒリエンカからここに来るまでの途中にあった橋の上でそう語った。
新しくて大きくて、馬車でも問題なく通れる頑丈な橋だった。元々は西の辺境領やその向こうの獣人たちの国との交易を活発にしたいと領主様が建造したものらしい。でも王都やエルムフラーレンに向かうのにヒリエンカを通る道は遠回りになるから、あまり活用されていないようで、かえってその立派さが寂しく見えてしまっていたのを覚えている。
でも。
「今までここを行き来するには、山脈を大きく迂回しないといけなかったんだよねっ? でもこんな遺跡があるなら、近道になるんだ!」
「そう、そうなのよ! しかもこの遺跡は幅も高さもすごく広いわ。どんな馬車だって通れるし、すれ違えるのよ! だから隊商だって通れるの!」
「すごいよこれ! もしかしたらニビトイ村が大きな宿場町になるかも! ううん、道が外れたって、作物や山の幸が近場でたくさん売れるようになるならそれで十分!」
リルエッタはこれを予想していたのだろう。
兎人族の里の近くには、あまりたくさんの遺跡がなさそうだった。だから、あそこが道の終わりではないと考えたんだ。
人がたくさん往来することが前提なら簡単な呪文で開くのも分かるし、危険なものを置くはずがない。罠も守護者もないのは当然で、だから彼女はこの遺跡に入っても大丈夫だと判断した。
商人の娘である彼女は、入る前からこの遺跡の意味と価値に気づいていたのだ。
「はあー……なんだよマジかよ。ただの通路かよ……」
「意気込んで損したな……。まったく人騒がせな。こんなので遺跡踏破の自慢話にしたら、笑い者だぞ……」
後ろでニグとヒルティースがへたり込んでいる。通路内ではけっこう口数が少なかったけど、もしかしたら彼らなりに初めての遺跡に緊張していたのかもしれない。
それが期待外れに終わってまっては、力が抜けてしまうのも仕方がないだろう。……まあ、未踏の遺跡踏破おめでとう、だ。
「なに言っているのよ。ここはヒリエンカにとってすごい発見なのよ! この遺跡までの街道を整えさえすれば町はもっともっと発展するわ」
「そんなの知らねーよ。何年先の話なんだよ」
「オレたちはもっと目先の財宝とか魔剣とかが欲しかったんだよ!」
「ああ、早く帰って領主様に報告しないと! でもどうしましょう。今は災害対策で港を工事中だもの、森に街道を通す人手なんてないはずだわ。それに報告するなら兎人族の里についても話さなければいけなくなるのよね。移住を決めたとはいえまだ準備もできていないんだから、今はそっとしておきたい時期だし……こうなったら海塩ギルドを動かして資材とかの準備だけでも……」
ニグとヒルティースの抗議は無視して、リルエッタはもう街道工事についてまで考えを巡らせる。
工事についてはたしかに人手が足りないだろう。―――前の冬にペガサスに乗ってやってきたレイミィが領主様に、港の災害対策工事に全面協力する条件でヒリエンカを守護する下水道の魔石を所望した。それがきっかけで今は、ヒリエンカの港は工事の真っ最中だ。
魔石の引き渡しは五年……あれからもう時間がたってるから、四年と半年で港の工事は終わらせないといけない。今は街道工事の着手は難しいと思う。
まあ兎人族の里にもしばらくは時間が必要だし、ちょうどいいといえばちょうどいいのではないか。
「ここはあの険しい山脈の向こう側なのだな。ワタシもこちら側は初めて来た」
ラミルンは耳をピンと立てて周囲を見回している。彼女は遺跡のロマンも商人の街道にもピンと来てないからか冷静だ。
頼りになるな。さっきは不用意に外へ出てしまったけれど、ここはもう森の中なのだから、警戒はすべきだろう。獣や魔物が近くにいないとも限らない。
「というか、ここっていったいどこなんですかねー? お嬢様なら分かりますー?」
ユーネは降り注いできそうな星空を眺めながら、そう疑問を口にした。
そうだ、山脈の向こうなら、少なくともヒリエンカ領主が治めるリオノックス領ではないはず。
「どうかしら? 町の近くならともかく、他領まで描かれる広範囲の地図なんて出回らないからよく分からないわね……。たぶんお隣の辺境伯領だと思うけれど、もしかしたら獣人の国に直接繋がっているのかもしれないわ」
「じゃあー、ここはもう隣国かもしれないですかー?」
「そうだったら交易がすごく有利になるわね! 辺境伯領を通さないから関税もあまり気にしなくていいし! ああ、こんな情報を持ち帰れば、おじいさまもわたしの功績を認めざるを得ないでしょうね!」
リルエッタはやっぱり商人の血筋なんだな。表情がすごくイキイキしている。
「―――ずいぶんと楽観的よな」
突如響いた声は、この六人の中の誰のものでもなかった。
凜とした、よく通る低い女性の声。
声の方を向く。まるで夜の闇からにじみ出るように、音もなく木陰から何者かが表れる。……近い。ほんの十歩ほどの距離だ。僕も気づかなかったが、この距離までラミルンの耳が音を拾えなかった事実にゾッとする。
毛皮の外套と目深に被ったフードで体型の判別がしづらいが、声からして女性だろう。でも、それにしてはかなり背が高く感じた。
「山脈という自然の防壁を隔てていた国境を、楽に抜けられる道が新しく発見された。……ならばまずそなたたちが懸念すべきことは、そこから敵が攻めてくる可能性ではないのか?」
明確で、暗く、怖気がするほどの敵意が含まれた声音が、夜の森に響く。




