兎人族の集会所
兎人族の里長はサノと名乗った。サノとは昔の兎人族の英雄の名前で、今は里長が継ぐことになっているらしい。ただし何代目、というのは数えていないそうだ。
槍を持って黄虎族の英雄と戦い、討ち倒した革命の戦士。後に皆を率いて大反乱を起こした旗頭。
故にその名を継ぐ者は、里でもっとも強き者でなければならないらしい。
「あんまり強くなさそうに見えるんですけどねー」
里への道すがらラミルンからそう説明を受けて、ユーネがそう首を傾げる。まあ、体格で言えばウェインやペリドットには及ぶべくもない。細身な分、ニグやヒルティースの方が強そうに見えるまである。
「兎人族はあれくらいの体格が普通っスよ。人間と比べると背が低めであんまり筋肉モリモリって感じにはならないっス」
どうやら体格は種族的なものらしい。まあ獣人なら身体能力はすごいはず。あの体格でウェインやペリドットと同格以上の可能性もある。
「まあ昔はもっとヒョロかったっスけれどね。里長になるような性格でもなかったんで、前に里帰りしたときはビビったっス」
それは彼の言っていた話に合致する気がした。必死で神官さんに訓練を付けてもらって、神官さんを里に迎え入れるために里長になった。
テテニーの話の通りの人であるのなら、それはきっと最後の手段だったのだろう。つまりそれだけ神官さんを里に受け入れるのは難しかったのだ。
もしかしたら、彼が一人で迎えに来たのはそういうことなのかもしれない。人間の救援を呼ぶのも彼の独断だったのではないか。
それを確信したのは、里に辿り着いてからだった。
「めちゃくちゃ警戒されてる……」
門番の女性は目深にフードを被ったまま一礼するだけだったし、里に入っても遠巻きに見られるだけだ。特に男性の戦士らしき人たちはジロジロと無遠慮な視線を向けてくる。
「元々迫害されていた種族。そこの二人が特別なだけ」
シェイアがテテニーとサノを指さしてそう言った。
たしかに、酷い目に遭わされてきた人たちだ。人間を警戒するのも無理はない。こんなところに住んでいるのだって他種族と関わらないためだろう。
「柵が立派になってるね」
それに気づいたのはチッカだった。前に来たときもあまり近くで見たわけではないはずだけれど、よく気づくものだ。
里を囲む柵はたしかに前と違っているように見えた。……と言っても、僕も遠くから見ただけなのだけれど。
でも高く分厚くなっている感じがする。前は本当に隠れ里って感じだったけれど、柵が立派になっただけで村になった気がした。なんとなくニビトイ村の柵によく似ていて、少しだけ懐かしい。
「こちらです。怪我人は全員ここに」
サノに案内されたのは一際大きな建物だ。家というよりは集会所のようで、中を覗き見ると広間になっているようだった。兎人族の建物はこうなのか、それともここだけなのか、床がなくて土が剥き出しになっているのはビックリする。
「全員でぞろぞろ入れるほど広くはないね。ぼくとダルダンは外にいるよ」
「ジブンもやめとくっス。どうせ面倒くさいだけっスから散歩行ってくるっスよ」
「俺もパス。ニグとヒルティースもやめとけ。お前ら、目つきと性格が悪いから悪印象だ」
「ヒデぇ……」
「あたしもいらないね。テテニー、歩くならつれていって」
ペリドット、ダルダン、テテニー、ウェイン、ニグ、ヒルティース、チッカの順で外に残る者が決まっていく。
となると、入るのは里長のサノ、コルクブリズ、シェイア、ラミルン、リルエッタ、ユーネ、僕だろうか。この人数なら入れそうだけれど、知識のあるシェイア、交渉ごとが得意なリルエッタ、治癒術士のユーネは必要だけど、僕はいてもいなくても変わらない気がした。
「じゃあ僕も残ろうかな。役に立てそうにないし」
「いや、お前は来てくれ」
怪我人がたくさんいる場所に好奇心だけで行くものではないと思ったけれど、ラミルンにお願いされてしまった。なんでかな、と思ったけれど、それを聞く前にサノが先導で中に入って行く。
中にいるのは十人に満たない人数で、草を編んだ敷物の上に座っていた。……とはいえ、小さな里だから戦力的にはけっこうな比率になるのだろう。
「軽傷の方が多そうですね」
「重症なら問答無用でカラトア神官が治します。ここにいるのはまだ元気がある方ですね」
コルクブリズが見回して言うと、サノが説明する。
たしかにみんな自力で起き上がって座っているようだ。負傷した部位に巻いた布に血が染みていてけっこう深手なのは分かるけれど、命に関わるような怪我には見えない。
「里長。そいつらがお前の言う救援か?」
その中の一人、一番奥まった場所にいた兎人族がジロリと睨んでくる。中年の男性に見えるけれど、白髪だし白い耳の毛並みにも艶がないから、もしかしたら見た目より歳なのかもしれない。
「前の里長だ」
ラミルンがこっそりと教えてくれる。
なら、この人が神官さんを受け入れるのを渋って、サノに負けた人か。小声だったけれど、眼光鋭いおじさんの耳がピクリと動いたからきっと聞こえているのだろう。
「はい。前里長には一番に見極めていただこうと思いまして連れてきました。ここにいる皆様はカラトア神官の治癒を受けたくないようですが、別の神官の方もいらっしゃいます。こちらのコルクブリズ殿です」
サノはそう答えると、コルクブリズの背中を押した。渋々と言った表情で痩せた神官が前に出る。
とはいえそこは神官だ。前里長に向き直ると、笑顔を見せる。
「はい、ご紹介にあがりましたコルクブリズと申します。兎人族のテテニー殿とパーティを組ませていただいて冒険者稼業をしていまして、またカラトアとは神官として同期でもありますね。その縁で今回の危機の救援にお呼ばれました。事態解決のため、全力でことに当たらせて―――」
「―――いらん」
「おや、それはなぜ?」
挨拶を遮られて拒絶されて、けれどすぐさまコルクブリズは理由を聞いた。
まるで、そう言われるだろうと知っていたかのように。
「……神官は好かん」
「ああ、分かります。得体が知れないですよね、とくにあの女は」
ニコニコと笑顔で、コルクブリズは前里長に語りかける。
「いやぁ、わけわかんないでしょ、カラトア神官。強くて優秀で正しいってだけで、致命的に人間味に欠けていますからね。サノ殿もよくもまあ受け入れる気になったものですよ。そりゃあ優秀ですから村のためにはなるでしょうが、あんなのをのさばらせても軋轢を生んでギスギスするのがオチです。フフフフフフ、もしかしてこの里長、人を見る目がないんじゃないですか? 兎人族の里の未来が心配ですねぇ」
「いや、そこまで言うことは……」
口を挟もうとしたら、シェイアに袖を引っ張られた。口を挟むな、と言うことだろうか。でも神官さん、たしかに誤解はされやすいかもしれないけれど、そんなに人間味ない人じゃないし。
というかもしかしてこれ、神官さん貶めていい顔しようとしてる? それが同期のやること?
「いやあ本当に、あの女は神官でも特殊な例ですので拙僧としてはできれば忘れていただいた方が嬉しいくらいです。なんせ彼女、本当になんにも考えてません。―――拙僧が知る限り、もっとも怠惰な神のしもべですから」




