兎人族の里長
兎人族の里に向かう道は、以前通ったものとは違っている。一年ほど前は漁村からのルートではなかった。
だからだろう。本当に近づくまでは分からなかった。
「お、迎えが来るっぽいっスね」
テテニーがピクリと白い兎耳を動かす。僕はなんにも気づけなかったけれど、これは今朝のスライムと蛇のときのように僕がよそ見をしていたわけじゃなくて、普通にテテニーがすごいんだと思う。
その証拠に、ラミルンも一度耳をすませてから頷いた。
「里の者たちだな。こちらに向かっている」
彼女はもうフードを被っていなかった。僕たちのことを信用してくれたのか、無意味だと分かったのか、砂色の耳はもう隠していない。よく見れば耳はテテニーのものよりも幅広で、動き自体は少ないけどピクピク動くのが面白い。
程なくして、彼女たちの言うとおり兎人族が姿を見せた。
「おーい、こっちっスよー!」
というか、テテニーが手を振ったから渋々姿を見せた感じだろうか。本当なら、少し遠い場所でこちらを観察するつもりだったような感じ。
まあこの兎獣人が悪いわけではない。ラミルンも言われるまでは気づかなかったようだし、それだけテテニーがすごいのだろう。
「ラミルン、テテニー、案内ご苦労だった。冒険者の皆さん、歓迎します」
気まずそうに姿を表したのは、二十代半ばほどの青年に見えた。ウェインと同じくらいだろうか。
背は低めで細身、耳の色は明るい茶色。そしてかなり整った容姿の男性……だけれど、目の下に大きく隈のような入れ墨が入っていて、妙に陰気な印象を受ける。
「おー、久しぶりっス! 元気だったっスか里長」
「里長。救援を連れて帰還しました」
さとおさ、と二人が呼んで、ギョッとした。どう見ても三十を越えているようには見えないけれど、この人が兎人族で一番偉い人らしい。
若いのもそうだけれど、そんな人が一人で迎えに来たのもビックリだ。
「継いで半年はたつが、里長と呼ばれるのは慣れないな。テテニーが戻って来たらいつでも代わるんだが」
「冒険者続けるんで嫌っス。というか弓ならともかく、殴り合いでなら負けたじゃないっスか。諦めて責任ある立場やっとけっスよ」
どうやら里長といっても新しい人らしい。というか、殴り合いで長を決めるのは蛮族すぎないか。
あとこの人、細いし背も高くないし、そんなに殴り合いが強そうには見えないけれど。……いや、兎人族はそもそも小柄な人が多いんだったか。テテニーもラミルンもわりと小柄だし。
だから獣人たちの間では、兎獣人は奴隷扱いされてたんだけれど。
「つーかカラトアに技を習うのは卑怯なんじゃないっスか? 長決めの儀って力と力のぶつかり合いって感じだったスよね」
「は? 生まれ持った力だけで戦えって? 虎獣人のように愚かしいことを言うな。人の町にいるくせになにを学んできた? 余計なこだわりを持つと滅ぼされる方に回るぞ」
「一生里長やってろっス」
この人が里長やってる理由が分かった気がするな。
こういう危険な魔物もいるような森の奥に隠れ住むなら、手段を選ばないタイプじゃないとやっていけないのではないか。
「そもそもカラトア神官のもたらす知識と技術と治癒術は有用なのに、無意味に嫌がった前長が悪いんだ。でなければあれだけ苦労してカラトアの技を学ぶことなどなかった。なんど死にかけたと思う? あの女、治癒魔術があるからと気軽に死の直前まで痛めつけてくるぞ」
「ああ、それは神官戦士の訓練そのものです。フフフフフフフフフフフフフ。あれを耐え抜くとは、里長殿は素晴らしい根性をなさっています。拙僧は半ばで逃げ出しました」
神官戦士の訓練ってすごいな。コルクブリズが逃げ出したのは印象通りだけれど、そんなに厳しいのなら仕方ないと思う。
ユーネも前衛ができるよう頑張ってるし、いずれ受けるんだろうか。
「おお、あなたがコルクブリズ殿ですね。カラトア神官からお噂はかねがね。彼女は今も里で協力してくれています。あなたのことをお待ちですよ」
どうやら兎人族の里長は神官さんと仲がいいらしい。それはそうか。
彼は神官さんを里に受け入れるために、神官さんから素手の格闘を習って前の里長からその座を奪った人だ。なら神官さんと仲がいいに違いない。
「ええっと……。その前に、拙僧も神官のはしくれですからね。治癒魔術を使いますから、カラトア女史が治しきれなかった負傷者がいれば診させていただきたい。彼女に会うのはそれからでいいでしょう」
会う前に点数稼ぎしたいんだな。
「おお、それはありがたい。実はあなたにはそれをお願いしたかったのです。里の者たちはあまり治癒魔術に頼ろうとしないので、カラトア神官も難儀しているのですよ」
「おや、それはどうして?」
コルクブリズが眉をひそめる。
神官さんの治癒魔術だったらだいたいの怪我は治せるだろう。もちろん魔力には限りがあるだろうけれど、それも時間がたてば回復するから、怪我人の治療なんて順番待ちくらいしかいないと思っていたけれど。
「人間と獣人は違う、ということです。自分も驚きましたが人間の町と違って、我々の里や西の獣人の国だと治癒魔術は身近なものではなくてですね」
「別にヒリエンカだって身近ってわけじゃねぇけどな」
ボソリとウェインが呟く。ニグとヒルティースも深く頷いた。今の言い方は、神官なしのパーティで普段から冒険してる前衛は思うところがあるのだろう。
現在兎人族の里と深く関わっているのは神官さんだし、テテニーのいる海猫の旋風団もコルクブリズがいる。兎人族の彼が町には治癒術士がたくさんいると勘違いしても仕方ないのかもしれない。
「治癒の奇跡を賜る獣人は少なく、神職につく者は大きな権威を持つ。そして虐げられていた我々兎獣人には、その奇跡も説法も振るわれることはなかった。―――神の威をかりて偉ぶるだけのゴミ共を、かつての兎獣人たちは皆殺しにしたと聞きます」
「おおう……」
「まあ数世代は前の話なのです。最長老でも赤子だったんじゃないかな。しかし我々の中には未だに根深く、呪いのように神職への不信感があるのも事実。自分が里長となり、長の方針としてカラトアを受け入れてなお、遠巻きにする者は多い」
コルクブリズの顔が蒼くなっていく。暑くもないのに汗が流れているのが見えた。それはそれとして額に青筋が浮いているのは、神官さんがなにを彼に期待しているのか理解したからだろうか。
というかこの里長さん、もしかしてかなり強引な手法で神官さんに協力……というか、神官さんを利用しているのではないか。
それこそ、反対意見を全部無視する勢いで。
「ですが、あなたであればそんなわだかまりをなんとかしてくれる、とカラトア神官は言っていました。里の近くに蟻の魔物の群が表れたこの危機、犠牲なく乗り切るには治癒魔術が必要不可欠です。期待させていただきますよ。ささ、どうぞこちらに」




