ゾニン家
最初っからおかしいと思っていたのだ。グミさんにわざわざ伝言役を頼んで中庭に通されたときから、ろくでもない依頼のような気がしていた。
そして調べてみれば重要参考人の行商人は兵士のミスで死んでいるし、調査を始めて二日で一番怪しいところから証拠品が見つかるしで、頭痛がする思いだった。
そしてヨハキンの言葉だ。ヒリエンカの兵士はイマイチですか、と言った後、彼はこう言った。自分たちを助けてくれたのも冒険者でしたし、と。
そう、ガルブ一家は冒険者が捕らえたのである。そこに立ち戻ったとき、この可能性に気づいた。
「ガルブ一家の名前は知っていたわ。市井でも名の通った厄介者だったもの。ヒリエンカの西の裏社会を我が物顔で牛耳っていた組織で、たしか船賭場を仕切っていたのもガルブ一家よね? 噂に聞いているだけでもけっこうな問題を起こしていたのになかなか取り締まられずにいたから、捕まったときは話題になったのを覚えています」
扉は閉められたのだし、丁寧すぎる言葉遣いはもう必要ないだろう。普通に喋れば外に漏れ聞こえることはないはずだ。
「そんな手合いが派手に薬物の製造や売買、違法奴隷なんてことをやっていて、ヒリエンカの兵士たちは本当にその尻尾を一つも掴めなかったのかしら」
ヨハキンの言葉で、わたしはそこから怪しいのだと気づいた。
そしたら行商人が村人に殺されたという報告も、あの場所に薬が残っていたことも、いまだにガルブ一家の尋問が済んでいないというこの状況すらおかしいと思えてくる。
ここまでくれば、ガルブ一家の件を任されている者がワザとやっているのではないか、と疑うまでそう時間はかからない。
「わたしたちに依頼を出したのは、冒険者の中でも口の固さに信用がおけるからですね?」
わたしたちは実力こそ足りないが、キリは賢く秘密を口外するタイプではないし、ユーネは神職だから秘密を漏らすようなマネはすまい。そしてわたしは―――海塩ギルドのマグナーンだ。実家の不利益になるようなことはできない。
おそらくノグランズ・リオノックス子爵にとって、わたしたちは信用に足ると判断されているのだろう。
「もちろん、それだけではないのだがね。しかしこの一件に決着がつくまで他言無用で頼む」
「……決着がついたら口外してもいいのですか?」
兵士に不届き者がいるというのは醜聞だ。内々に済ませたいに違いない。
そう思ったからこそエルノの婚約者という立場を利用して来た。こうして着替えて立場も変えれば多少は用件を誤魔化せるからだ。
一応、期間限定とはいえ口外無用な案件なら、意味はあっただろうけど。
「まあまあな大事になりそうでな。残念ながら、隠せる規模ではないのだよ」
この町の領主はそう前置きして、肩をすくめる。
つまり、だいたいの事情はこうだった。
まだ先代の領主の時代、ヒリエンカに飛竜の勢いで成り上がったゾニンという商家があった。強引な手法で同業からの評判は良くないが、なにしろ運があってあっという間に地元の名士となった。
その名士は富と地位を得ると、今度は地元の信用を得ようとして自分の息子の一人を兵士として領主に仕えさせた。
跡取りでない子を町の平和のために貢献させるというのは、商人の間ではよくある人気取りだ。商談の時の話題になるし、商人自身にも潔白な印象が得られる。そこまではなにもおかしくはない。
ただし彼は兵としての才覚もあり、さらにはゾニン家の力で後押しされ、けっこうな出世をする。そして何人かの部下をもつようになった彼は、当時から問題視されていたガルブ一家について捜査を任されることとなった。
しかし、どうにもそれからの彼は成果を上げられない。親の七光りがあったとはいえ、見栄張りな親に英才教育を受けていた彼は役職に負けない能力を有していたのに、だ。
ノグランズも最初は、ガルブ一家が巧みに動いて尻尾を掴ませないだけかと思っていた。しかしいつまでたっても成果は出ず、そうしているうちに冒険者がガルブ一家を一網打尽にするが、それからも彼の指揮する隊の動きは鈍い。
さすがに疑って彼に信頼できる者を付けて見張らせてみると、どうにもガルブ一家に対して甘すぎる尋問しかしていないという。さらには調査書にもあまりに拙い点が多く目についた。
どうやらこれは怪しいぞとなり、しかし兵を動かせば彼やゾニン家に気取られてしまうかもしれない。
そこでこの領主様は、なにも知らない冒険者を使うことにした。それも見た目が弱そうでランクも低く、とても重要な仕事を頼まれるとは思えない、しかし口の堅さは信頼できる者を。
「―――クソ案件ね」
「言葉遣いに気をつけたらどうだね、ご令嬢」
当然のように窘められたけれど、こんな面倒くさい依頼を事情の大部分を隠して持って来た人に言われたくない。
「どの時点でガルブ一家と繋がっていたか、正確なところは分からない。だが我は、彼の家が成り上がったときにはすでに裏にいたと見ている。なんにしろ彼はガルブ一家の協力者であり、彼の家は裏組織の力を借りて商売を成功させていたのだろう」
「具体的には、ガルブ一家はその商家のためにどう働いていたのでしょう?」
「こちらで把握している限りでは、恐喝まがいな土地の売買や競合する商人への嫌がらせ、それと奴隷の斡旋などだ。良い技術を持った者を借金漬けにして奴隷商に引き渡し、その人物の情報を上客に売る、などはガルブ一家がよくやるしのぎの一つでな。ゼルマはその仲買人のような立場だった」
なるほど、とわたしは頷く。ゼルマはここに出てくるらしい。
しかし奴隷の斡旋に関しては、それ自体は法で取り締まれはしないだろう。借金を抱えて奴隷になる者は少なくないから、違法奴隷ではないはず。……まあ、悪どいのには違いないが。
良い土地を抑え、他の商人の足を引っ張り、市場を独占して優秀な人材を投入する。先代の領主時代はまだ町中の治政に力を入れることができなかったと聞くから、そうとう強引な手段を使ったのかもしれない。
「もしかしたらさらに、違法奴隷の使役や薬物の密輸が追加されるかもしれないな」
はあ、とわたしはため息を吐く。もしそこまでやっていたのなら、もうどうしようもない。
発覚すればその名士は捕まり、家財は没収される。幸運にもその件に関わりがなかった一族たちも路頭に迷うはめになるだろう。
「その彼が廃村でこの薬品をわざと発見しなかったのは、ガルブ一家の刑期を引き延ばすためでしょうか」
「それだけかは分からぬ。他に使い道を考えているかもしれん。だが、理由の一つにはなるだろう」
珍しくもない話だ。一度悪事に荷担すると、そこからは一蓮托生。なにせ死刑の間際に自白なんてされてはたまらない。
その名士の息子自らが尋問官として取り調べを行い、けれど実際にはあの手この手でガルブ一家の者たちに希望をチラつかせ、まだ手はある、いずれ牢から出してやる、とりあえず死刑までの時間稼ぎはするから、今は黙っていろなどと指示しているところが目に浮かぶようだ。
なんとも下らない、面白みのない真相である。
「そこまで勘づいていて、どうして強制的に捕まえないのでしょう?」
「仮にマグナーンが同じことをしていたなら、我は同じように慎重に対応するとも」
ゾニン家の規模を考えれば、領主として動くにしても確定的な証拠が必要ということか。
おかしいと思っていたのだ。この領主は真っ当な方ではあるけれど、いざというときになったら使えるものは使うタイプである。ゼルマのような奴隷商なら、貴族の強権を使ったり別件をでっち上げたりでいくらでも摘発できるハズ。
本命は腐敗した兵の切除。そして今後発展していくであろう町に悪影響を及ぼしかねない悪徳商家の取り潰し。
「まあ、さすがに内々に隠せる掃除でもなさそうなのでな。どうせなら美談にでもしてしまおうかなと思っておる」
「美談?」
「うむ。そのゾニン家の彼を監視しているのはエルノでな」
この領主……!
「領主の跡取りが領内の腐敗を成敗、というのは痛快な筋書きであろう? 監督不行き届きの我は不評を買うだろうが、次代への期待は高まる。未来を見据えれば悪くはあるまい」
「はあ、まあ。市井が好きそうな話題ではありますが」
「そして、さらにエルノの婚約者であるリルエッタ・マグナーンも協力したとなれば、なかなか盛り上がりそうではないかね?」
……は?




