憂さ晴らし
ダシにされた―――
なんだろう。これ、もしかしなくても僕のためとかじゃないよね。わりと最初から僕のためにやってたとも思ってなかったんだけれど、もしかしてこれを狙ってた?
肩を掴まれて動けないまま、真顔になってしまう。
スピフィは喧嘩好きで、ウェインは今回の冒険者の代表で、僕はいつもウェインに戦闘訓練してもらってるから……。
いや、そこまではしないか。スピフィは普通に難癖をつけて喧嘩を売りに行く気がする。
ならこれは本当にただの偶然か。それにしては……僕の肩を掴んでいる手に、力が入りすぎている気がした。鈍く痛みを感じるほどで、おそらくスピフィ自身も力が入っていることに気づいていないのではないか。
「お前の悪癖は知ってる。喧嘩が趣味なんだってな? それで東のトップになったとか聞いたよ。バルクからは面倒にしかならんから、挑発されてものるなって言われたぜ」
ウェインは夜空を見上げた。
今日は晴れていて、月は青白くて、星がたくさん見える。
「よし、やるか」
彼はあっさりと剣を抜いた。
バルクに止められてるって言ったばかりなのに。領主様に呼ばれてるのに。ここにはただ、偶然通りかかっただけなのに。
「ちょっとウェイン、なに考えてるの?」
「おう、何も考えたくなくなったんだ」
あんまり簡単に受けるので驚いてしまった僕に、ウェインはそう言って笑む。
薄っぺらで、陰気で、いつもの彼からは想像もできない空虚な笑顔だ。まるで今日の月のように青白く空々しい感じがして、思わず言葉に詰まってしまった。
そういえば声をかけられた時、あまり元気がないような気がしたけれど。
「いいねぇ、話が早い! 西のヤツらはタマなしばかりかと思ってたが、見直したぜ。やっぱり男はそうでなきゃ―――」
「―――今朝、テメェのとこの一人が俺の背嚢にゲロぶちまけやがってな」
スピフィの口上が止まった。肩を掴む手も緩んだ。僕はそっとその場を離れた。
「羊肉は食い過ぎると胸焼けするってのに、案の定食い過ぎと二日酔いで潰れやがってよ。蹴り殺してやろうかと思ったが、調子悪くて動けねーヤツを蹴ったらまた吐きかねないからやめといた」
「お、おー。それは……迷惑かけた、な?」
魔剣士の目が泳ぐ。
いったい誰が吐いたのだろうか。東側の人たちは黒塗りの鎧で統一されているしあまり話したこともないから、正直区別がつかない。
「そんで、しかたねーから治癒魔術かけさせようとコルクブリズ捜したんだがどこにもいなくてよ。どうやら朝方まで飲み明かして村人に意味不明な説法巻き散らかしてたみたいで、出発間際になって兵士に連行されて来やがった。散々イヤミ言われたぜ」
神官さんの管轄区でなにやってるんだあの酔っ払い!
「つーかよ、やらかしてんのそいつらだけじゃねーんだわ。だいたいのヤツは食い過ぎと飲み過ぎで今朝どころか昨日の夜から役に立たねぇし、シェイアは一巡目見張りのヤツらの酒まで飲み干しやがるし、おかげで俺が徹夜ぶっ通しで見張りやることになるし、ペリドットはテメェの都合だけで前線に行かせろって言ってくるし、チッカは持って来た釣り竿を物干し竿に使われてガチ泣きするし」
言っている間に感情が昂ぶってきたのか、静かな語り口調に怒気が混ざっていく。
逃げて来た僕はなるべく音をたてないよう、ゆっくりと移動してリルエッタの隣に座った。ああいう状態の獣はなるべく刺激しない方がいい。
「そもそも俺が代表に選ばれたのがバカで無能だからだ? マトモな采配も傭兵としての経験も期待してなかっただ? ふざけてんのかオイコラ。ヤンチャ盛りのわんぱくな悪ガキがそのまま図体でかくなったんじゃなくて、性格が輪をかけてクソになってんじゃねぇか」
「アタシそれ関わってないじゃんね……」
ガラの悪いチンピラにすごまれて、目を逸らすスピフィ。
昨夜の彼女はずっとこっちで僕に剣を教えてくれてたから、さすがに八つ当たりなんじゃないだろうか。言わないけど。
「そんで? テメェは自分とこの子分ほったらかしてガキんちょと遊んでやがるうえ、これからあの戦音痴のゴミ領主相手にやり合おうって俺を引き留めて喧嘩売るって? いいぜやってやんよ。知ってるぜ強いんだろ? 憂さ晴らしだ鼻っ柱ブチ折ってやるから付き合えボケ女!」
「お……お……おう、いーい気合いじゃん。ちょっとドン引きしたし大部分知ったことじゃねーけど願ったりだ。代表なんかやらなくて良かったぜ!」
すごい、あれだけ気圧されながら剣を抜いた。さすが東側の筆頭、並大抵の精神力じゃない。
「闘ろうぜ、元傭兵」
「いやあ、始まったね! 面白くなってきたじゃないか! できれば他へ移動してほしかったが、こうなればこの非才の身も観客に回るしかない。この勝負にいったいなんの意味があるのかはともかくとして、果たしてどちらが栄光の勝利を掴むのだろうか。二人に一番近しいだろうキリ君はどう見るかね?」
「そうだね。二人とも荒っぽいのは一緒だけれど、スピフィの剣は速くて軽やかで、ウェインの剣は重みがあって力強い感じ。同じ剣士でもずいぶん戦い方が違うから、予想は難しいかな」
水筒から紅い液体をコップに注ぐグミさんに、僕は両手で球を持つ仕草で解説する。
僕も二人のすごさを説明なんてできないけれど、きっとこの眼鏡の錬金術師よりは分かるはず。兵器を専門で開発なんて物騒なことをしてる人だけれど、普段は家にこもって研究してばかりだから、この中で一番戦闘を目にする機会がないのはこの人だろう。
「わたしはスピフィが勝つと思うわ。東側の筆頭だし、あの技はやっぱりすごいもの。さすがに負けないでしょう」
「バッハッハ! では儂はウェインに賭けるとしよう。一度共闘したことがあるが、人相手の戦い方には目を見張るものがあったからのう」
「というか当たり前のように本物の剣を構えてますけどー、怪我したらユーネが治すんでしょうかー……」
リルエッタはスピフィ予想で、ダルダンはウェイン予想。ユーネは自分が治せないほどの酷い怪我を二人がしないか心配してる感じ。
僕はと言えば、やっぱりスピフィが有利と思っている。
これはあくまで僕に、剣士同士の戦いを見せるという建前で始まった試合だ。なら、一撃決まれば終わりだろう。あの超速の剣撃を放つ必殺技持ちの彼女は、試合の形式で最強なのではないか。
ただ正直、応援したいのはウェインで……そして、十分に勝利もあると思っていた。
「ところで止めなくて良かったのかねキリ君」
「スピフィが、ガス抜きしながら行った方がいいって言ってたからね」
出発の初日に聞いた言葉だ。結局、それが一番必要だったのはウェインだったのだろう。
慣れない代表役で冒険者を纏めるのは、かなりのストレスだったに違いない。そのまま溜め込めばこうなるのは、予想できた結果だった気もする。
剣を持った二人が対峙する。僕は特等席でそれを観戦する。
スピフィは強い。Bランクだし、東側の筆頭冒険者だし、あの魔剣士の技はいろいろ問題はあるけど強力だ。
けれど僕はまだ、ウェインの本気を見たことがなかった。
二人の剣士が踏み出す。




