領主と代表
「パレードの件は悪かったと思っている」
その男に、父上はもう何度目かの説明を行った。
「だが、あれは予行演習を重ねたものでなければならない。訓練された大勢の兵が行進する姿を見ることで、その数と練度を視覚で受け止めた民に期待と安心が生まれるのだ。それ故に決して失敗できないと判断したため、不安材料の多い冒険者は除外させてもらったという経緯だ。理解いただけないだろうか?」
「それはそちらの都合であって、俺たちに関係はねぇんだよ」
とうに夜のとばりは落ちて、満天の星空が広がっていた。月は冷めた色で草原を照らし、夜風は背の高い草を揺らしてさざ波のような音を奏でる。
十人近い兵士たちが囲む中、馬車の側面に取り付けられたランタンの明かりが、父上とその男の姿だけをハッキリと浮かび上がらせていた。
おれは少し離れた場所でそれを眺める。まだ子供の自分はあの場に加わることは許されていない。それは悔しいけれど、あの中にいなくて良かったとも思ってしまう。……それくらいに張りつめた空気。
「普段の冒険者はならず者みたいな扱いだ。遊び歩くロクデナシ、定職に就かないダメ人間って言われてる。ヒリエンカに家族がいるヤツらなんか、けっこう肩身狭いヤツもいるだろ。……そんな俺らが世間様に認められる機会はそう多くねぇ。今回の依頼はデカイ仕事だから、顔と名を売ってやろうってヤツらもいたはずだ」
領主である父を前にしているのに、武器を持った兵士たちに囲まれているのに、その男は遠慮というものをしなかった。戦士として鍛えられた背筋を伸ばし、父上に真正面から相対して、ズケズケと言いたいことを口にする。
やはり、冒険者はすごい。彼らはどこまでも自由なのだ。
「なのに、冒険者はパレードに参加していない。待ち合わせの門の前で、ゆっくりやってくるあんたらを待ちぼうけさせられた。町のヤツらは俺たちがここにいないと思ってるか、そういう扱いをされてもおかしくないヤツらと考えるか、だ。それで士気を上げろってのは無理な相談だろ」
「今回はギルドクエストとして依頼している。報酬も出しているうえ、成功時のランク評価は普段の仕事の何倍にもなるはずだ。それは士気に繋がらないのか?」
「繋がらないな。金は他の仕事の方がいいし、気に入らねぇ仕事はそもそも請けないのが冒険者だ。ギルドクエストだからまだ留まってるだけで、そうじゃなかったら解散してる」
金属鎧を纏い、腰に剣を吊したその男は一人だった。冒険者の店からの書類だとたしか彼のパーティには魔術士と斥候がいたはずだけれど、その二人は連れて来ていないようだ。
対して父上は鎧こそ着けていないが腰に剣を帯び、側には九人の兵士がいる。兵は全員が槍を持ち、ランタンの明かりと夜闇の境界で取り囲むように待機している。
一人対十人。その構図にはどうしても、冒険者の方を応援してしまう気持ちが沸いてしまう。領主の息子であるおれは彼の敵側なのに。
「たしかに。結果を見れば、我はそなたたちをないがしろにした形だ。非はこちらにある」
父上が相手の言い分を認める。冒険者の表情は変わらなかったが、周囲の兵士たちには動揺が広がった。
「しかし、それでも我はそなたたちに働いてもらわねばならぬ。我が領民を守るために魔物どもを排除するには、全員が一丸となって作戦に当たらねばならない」
それは、そうだ。この作戦は絶対に成功させなければならない。そしてそのためには、どうしても彼らの協力が必要だ。
実のところ……この作戦に冒険者を呼んだのは切実な理由があることを、おれは知っていた。ヒリエンカの町は元々、兵の人手不足が問題になっていたのだ。
祖父が長年の悩みの種だった海賊を追い払い、父上が家督を継いでからは町を発展させるため地道に駆けずり回って、そしてあの下水道の新エリア発見というきっかけが起こった。―――今、ヒリエンカは大きく変わろうとしている。
つまりただでさえ人が必要な時期で、そろそろ兵の増強も考えなければならないか、というタイミングで、この事件である。難しいことまでは知らないおれにも、父上が頭を抱えるのは当然だと分かる。今回連れてこれた兵力は本当に出せるギリギリの限界なのだ。
冒険者に協力を要請したのは、十分な兵力が用意できなかったからというあまりにも情けなくて単純な理由である。
だからこそ、この交渉でまずいのはこちらだ。多少の譲歩は必要になるだろう。
「提案だが、報酬を上げるのはどうだろう。ゴブリンを倒せば倒した分だけ追加報酬を出す形なら、君たちもやる気が出るのではないか?」
「いらねぇよ。こっちは冒険者だ。ただでさえ統率が効かねぇのに、そんなことされたらメチャクチャになっちまう」
いい案かと思ったけれど、すぐに否定されてしまった。冒険者は戦力にはなるけれど、兵のように集団戦闘の訓練を受けているわけではない。
追加報酬の額が高ければ高いほど、彼らは勝手な動きをするだろう。
「では、表彰はどうだろう? そなたたちの活躍によっては、後日教会などの人が集まる場所で勲章を贈与させていただく」
父上はすぐに代案を出す。
なるほど、これはいいのではないか。彼らは人々に認められたいという欲求があるのだから、勲章は分かりやすい。
「それもいらねぇ。もう手柄は全部そっちが持っていけばいい。……出発の時に凱旋は一緒にしろって言ったが、気が変わったからそれもなしだ」
しかし、剣を腰に吊した青年はそれも断った。それどころか、すでに決まっていた凱旋の話まで取り下げた。……意味が分からない。彼らは町の人々に認められたいと感じていたのではなかったのか。
栗色に一房だけ白が混じった髪のその男は、取り囲むように立つ兵士たちを見回すと鼻でため息を吐く。
「俺だって、パレードに冒険者がいたら悪目立ちすることくらいは分かる。兵士は全員同じ鎧なのに、俺たちは自由な格好してるからな。それにペリドットやスピフィなんて名の通ったヤツらがいたらどうしたって目を引く。……だからこそ、あんたは俺たちをパレードに参加させなかったんだ、と俺たちは考えているワケだ」
彼……冒険者にして元傭兵のウェインは、父上へと視線を戻す。
「つまり、あんたも俺たちと同じく名声が欲しいんだな、とこの少ない脳みそで考えるわけだ。……だったら、冒険者は目立ちすぎるワケにはいかねぇ。下手にゴブリンロードの首なんか獲ったら、手柄の横取りで背中から斬られかねないだろ?」
ゾワリ、と背筋の産毛が逆立った。
そんなことはしない。するはずがない。勝手にこちらを悪者にするな。そう喉まで出かかった言葉は、しかし声にならなかった。
先に不義理をしたのはこちらなのだ。彼がこちらを信用できないのは当然ではないか。
「貴様、我らを侮辱するか!」
兵の一人が槍を構える。―――それも、当然。
今のは兵士への侮辱であり、領主に対する暴言だ。捨て置けはしない。他の兵士たちもそれに続く。
九本の槍の穂先が、男を取り囲む。
「武器を下げよ」
父上が静かに命じた。
「だとよ。邪魔すんなボケ共」
男は氷よりも冷たく言い放つ。
兵士たちが逡巡する。命令は下った。しかし男は無礼な態度を崩さない。突きつけられた槍は迷うように揺れる。
三つ、数える時間があった。それでも槍は引かれない。引けない。ここにいるのは冒険者嫌いの若い兵たちだ。領主である父上に万が一もないように、と自ら志願してこの場に立ち会った者たちであり―――そして、冒険者の代表を見定めてやろうと息巻く者たちだ。
そんな彼らが取り囲み槍を突きつけているのに、当の男は態度どころか表情すら崩さない。むしろ侮辱するような言葉を投げかけてくる。……それは、冒険者を見下す彼らにとって屈辱に違いない。
「なあお前ら。俺はよそ者だから分からねぇが、ヒリエンカじゃ人様に刃物をむけるなって親に教えられないのか?」
そんな兵たちへ、男はやれやれとでも言いたげに身体を向けた。側面にランタンを取り付けられた馬車を背にして、九人全員を視界に収める。
そうして、彼は腰の剣に手を伸ばす。
「俺は、そうした時点で殺されても文句は言えねぇ、って教えられたがな」
嘘だろう、と思った。思わず目を疑った。
この状況で、領主の前で、彼は当然のように剣を抜いたのだ。
一対九。槍に囲まれ、逃げ場もない。これではどんな達人だって勝てるはずがないと分かるはずなのに、彼は剣を構える。
兵たちが怒りに表情を歪ませる。
戦いの気配に怯えるように夜風が凪ぐ。
剣が、振るわれる。




