英雄の誕生。
ラデス率いる魔族の襲来から数日が経過した。
被害は決して少なくはなかったが、それでも想定していたものよりも被害は抑えられた。これは奮闘してくれた冒険者や騎士達のおかげだ。その中でも一際今回の戦いに貢献してくれた帝国騎士団の団長と、団長と共にやって来てくれた魔族達の王であるアルトとその部下達。そして今回の騒動の首謀者であるラデスを討ち取ったラック。人々は彼らに感謝し、賛辞の言葉を惜しまなかった。
避難をしていた街の者達は戦いに参加していた冒険者達から話を聞き、話を聞いた者がまだ話を聞いていない者に聞かせたりして話は広がっていく。
特に話題となったのは誰も敵わなかったラデスを単身で倒したラック。人々は彼を物語に出てくる英雄のようだと賛美した。
前々からラックの活躍を知っていた街の人達はラックに直接お礼の言葉を言いたかったが、それは出来ない。
面会謝絶のため会えないからだ。
◆◇◆◇◆
「ラック。起きているか?」
食事を乗せた盆を持ったヴェインはなるべく音を立てないように扉を開ける。その先にいたのはベッドの上に横たわっているラックがいる。
「…うん。」
ラックが弱々しくも返事を返した事を確認したヴェインはベッドのそばに置いてある小さなテーブルの上に持って来た食事を置き、椅子をベッドの方に寄せそこに座る。
「食欲はあるか? 今日はお前の好きなジャムもあるぞ。」
ヴェインが持ってきた盆の上には食器と水と味の薄い粥と甘さ控えめに作られた赤いジャム。
「…ジャムだけ食べていい?」
「あぁ、いいぞ。」
ヴェインはジャムが入っている小さな小鉢とスプーンを手に取るとスプーンでジャムを少しすくいラックの口元に運ぶ。
ラックはゆっくりと時間をかけてジャムを食べ終え、水を少し飲むと眠そうに目を瞬きする。しかし眠りたくないのかラックは口を動かす。
「なぁ、ヴェイン。」
「なんだ?」
「街はどんな感じ?」
「そうだな、復興が進んでほとんど元通りになっているぞ。もともと街には被害は少なかったからな。」
「そう、よかった。」
「あぁそうだ。今日も見舞いの品がたくさん贈られてきたぞ。街のやつらお前の事を英雄扱いしているぞ。まぁ、騒動の首謀者を1人で倒したんだから当然の反応だけどな。」
「そうなんだ、嬉しいな。」
嬉しそうなのは伝わってくるが、ラックの声はとても弱々しいし顔色はかなり悪い。具合が悪いのは一目瞭然だ。
「…そろそろあいつらが来る時間だな。出迎えてくるな。」
ヴェインはそういって立ち上がり盆を持って部屋から出て行こうとする。ヴェインがドアノブに手をかけた時、ラックは弱々しいがヴェインに聞こえるように言う。
「ヴェイン。ありがとう。」
それを聞いてヴェインは動きを止める。
「…突然どうしたんだ?」
「俺、いつもヴェインに助けられてばかりだなって思ってさ。今のうちにお礼を言っておこうと思って。」
「わざわざ礼を言われる事をしていないぞ、俺は。」
「ううん。こうして世話をしてくれる事もそうだけど、ヴェインは出会った時から俺の事を助けてくれたじゃないか。だから、ありがとう。」
笑顔でそう言うラックだが、ヴェインはラックの方を見ない。振り返ろうとしない。
「俺も、お前と出会ってから楽しい思い出をつくる事ができた。…ありがとな。」
そう言い、ヴェインは今度こそ部屋から出ていく。
部屋から出た後、ヴェインは食器を片付ける。それを終えた頃に玄関の扉からノックの音が聞こえてきた。
扉を開けると見舞いの品らしき物を持っているミリーと護衛の騎士を連れたリリエラが立っていた。
ラックは2人を家の中に招き入れる。護衛の騎士は今回も外で待機のようだ。
「…ラックさんの様子、どうでしたか?」
「…よくないな。」
ミリーがそう聞くとヴェインは言いにくそうにそう答える。
「医者の話だともってあと数日だそうだ。」
「そう、ですか。」
ヴェインの答えにミリーはうつむく。リリエラは涙を浮かべて肩を震わせている。
「…なんでよ。なんでラックがあんな目にあわなくちゃいけないのよ!」
リリエラは抑えきれなくなった感情の勢いで声を張り上げる。その拍子で涙がこぼれ落ちていく。
「なんで、なんで誰もラックを助けられないのよ。」
ラデスが死に際に使った呪いのせいでラックは今、歩く体力すらないほど弱ってしまった。日に日に弱っていくラックのために多くの人達があの手この手を使って呪いを解こうとしたが、ラックの体調が戻る事はなかった。今は王国の医者に診てもらいなんとか延命している状況だ。
「私、帝国の医者を連れてくるようもう1度お姉様に頼んでくるわ! 帝国の医者ならラックを元気にする事ができるはずよ!」
「ありがとうございます。帝国の医術はかなり発達していると聞いた事がありますから心強いです。」
そう言いほんの少し笑みを見せるヴェインだが、顔色は良くなさそうだ。目元にはうっすらとくまがある。
ラックの看病の他に様々な出来事があったせいで心身共に疲れが溜まっている様子だ。しかしヴェインはそれを口に出す事はなく2人をラックのいる部屋へと連れていく。
「ラック。今日も2人が見舞いに来てくれたぞ。」
先ほどと同じように扉をノックし声をかけてから扉を開けるヴェイン。
「こんにちはラックさん。」
「今日も来たわよラック。」
ミリーもリリエラもラックに声をかけるが、ラックは返事をしない。
寝ているのかとヴェインは思ったが、すぐにラックが返事をしない理由に気がつく。
ラックの胸が上下に動いていない。呼吸をしていない。
「ラック! ラックしっかりしろ!」
ヴェインは慌ててベッドに駆け寄り大きな声を出して肩を揺さぶるがラックが目覚める様子がない。
「ミリー! 医者を呼んできてくれ!」
「は、はい!」
「起きろ! 起きてくれラック!」
ミリーが医者を連れてくるまでの間ヴェインはラックを呼び続けたが、ラックが目を開ける事はもう2度となかった。




