おまけ
かくして私の夏休みは終わりーー
次の日。
久々に制服に袖を通した私は、お姉ちゃんと一緒に家を後にした。
わりとすぐに学校へ到着する。
「じゃあ、授業頑張って!」
「うん、お姉ちゃんもね」
学科が違うので、お姉ちゃんとはここで別れだ。
私はお姉ちゃんが入っていったのとは別の棟に入り、一階、二階と階段を上っていく。
皆、心配しているだろうか。
二週間も来なかった人が急にやって来たらどんな顔をするのだろう。
一歩一歩教室に近づいていくのに合わせて心臓の鼓動も早くなる。
あー、ヤバイ。緊張してきた……
三階に到着。教室はもう目と鼻の先だ。
廊下にも何人か顔見知りがいる。
私は顔を見られる前にさっとトイレへ逃げ込んで、ひとまず早鐘を打つ心臓を落ち着かせる。ついでにおしっこもしておく。
……よし。
いざ向かわんと個室を出た時だった。
「あれ?あかりじゃない?おはよー」
声をかけられた瞬間、せっかく落ち着いた心臓が再び跳ねる。
「お、おはよー」
なんとか挨拶を返す。
名前は知っているクラスメイトだ。
確か……何だっけ?
「元気になったんだ。よかった」
「う、うん。おかげさまで……」
えへへ、と私が後頭部を触っているうちに、クラスメイトは個室に入っていった。
ふぅ、とゆるく息を吐く。
……よし、ちょっといける気がしてきた!
トイレを後にした私は堂々とした足取りで教室へ向かう。
なんでもないふうに廊下の顔見知りと挨拶を交わし、静かに教室のドアを開けて中に入る。
それとほぼ同時にぼふ、と抱きついてくる何かがあった。
私よりひと回り背が低い女の子だった。
丁度いいところに頭があるのでとりあえず撫でておく。
彼女は私の胸に顔を埋めたまま、私の名前を叫んでいる。
胸の中で数回顔を左右に振ってから、彼女は顔を上げた。例の幸子だ。
「よかっだぁ〜もう会えないかと思った……」
「んな大げさな」
「大げさなんかじゃないよ。心配したんだからね!」
と言うのは、委員長の……委員長だ。
顔を上げると、他にも何人ものクラスメイトが私の周りにいた。
なんてことは無く、幸子と委員長以外は特に興味もなさそうだった。
……まあ、そんなもんだよねー。逆にホッとしたよ。
「病気はもう大丈夫なの?」
私から離れた幸子は、心配そうに私を見上げている。
「あー……うん。おかげさまで。……その、心配かけてごめん」
二人のことを交互に見ながら謝る。
二人とも安心した顔で笑っていた。
「……それで、何の病気だったの?」
悪意のない純粋な瞳で幸子が質問する。
いやあ痛いところをついてきますねぇ幸子さん。
返答に困った私はあのーとかえっとーとか繰り返しながら実はなにも考えていなかったりする。だれかたすけて。
委員長がちょいちょい、と手招きしたのでここぞとばかりに縋りつく。
「……で、実際のところなんだけど、本当に病気で休んでたの?言いづらい理由だったら私もフォローするから教えてくれない?」
すごく助かるので私はすぐに理由を話す。
「実はかくかくしかじかーー」
あれ?でもこれって結局いい感じに言わされてない?
理由を聞いた委員長はわりと大きな声で笑い出した。
「あの?委員長さん?」
「あー、ごめんごめん。そんな人いるんだなーって思って」
ひどい。
「え?あかり何の病気だったの⁇」
興味津々といった感じで委員長に尋ねる幸子。
「えーっとね、目がなんかこう変な感じになって、あー……眼球がどんどん大きくなって……最終的に、爆発する?」
期待してたよりフォローが下手な委員長だった。
話を聞きながらどんどん青ざめていった幸子は、しばらく呆然としたのち、私の方を見た。
「治ってよかったね!あかり!」
まあそんな病気ではなかったんだけどね。だけど。
もしもーーと私は思う。
もし分身が本当に私の分身で、これからも私の代わりに生きてくれていたとしたら。
私は今日ーーいやこれから先も、ずっと。
幸子や委員長と会うことも、こうやって話をすることもなかったのだろう。
それが寂しいことだって事にも気づけないままに、いつまでも部屋でだらだらと過ごし続けていたことだろう。
だとしたら、私はーー
「……うん。治ってよかった、かな」
これでこの話は終わりです。
最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございました。