終幕
真相が明らかになり……。
「参ったな……そこまで見破られているなんて」
大道は、リビングで苦笑しながら呟いた。卯月は、最後にこう言って説明を締めくくる。
「裁判で有罪を立証するには物的証拠が必要ですが、凶器となったスカーフにあなたの手袋の繊維でも付いていれば僥倖ですね。他にも、被害者の衣服にあなたの髪の毛が付いていたとか、一階の廊下をわざと弱く修繕した証拠等が見つかるかもせれません」
リビングに静寂が流れる。伊勢崎が、落ち着いた声で聞いた。
「大道さん。何故山下志保さんを殺害したのか今聞いても?」
大道は、膝に置いた手をギュッと握り締めて言った。
「あの山下志保と言う女は……私の娘を死に追いやったんですよ!」
◆ ◆ ◆
大道進は、二十四歳の時に結婚し、その一年後には子供を授かった。美央と名付けたその女の子はすくすくと育ち、中学生となる。
しかし、中学二年の春頃から、美央の様子が変わった。暗い顔で家に帰るようになったし、持ち帰った体操着や上履きは汚れている。
大道は不審に思いながらも、自身の不規則で多忙な仕事を理由に、美央から詳しく話を聞く事は無かった。
そして冬のある日。夕方にバス会社でスマホを見た進は目を見開く。妻から、鬼のように留守電が入っているのだ。
折り返し電話をした進に、妻はこう言う。
「あなた……美央が、美央が……!!」
進の手から、スマホが滑り落ちた。
霊安室で見た美央の遺体は、穏やかな表情をしていた。しかし、頭部には潰れたような傷跡が残っている。警察の話によると、美央は放課後に学校の屋上から飛び降りたらしい。
大道も妻も、呆然としていた。今朝も美央は、「行ってきます」と控えめな笑顔で言って家を出たのに。
何が何だか分からないまま、美央の葬儀の日を迎える。そこで大道は、美央のクラスメイトからこんな話を聞いた。
美央は、学校でクラスメイト数人に虐められていたらしい。虐めの主犯は、所謂スクールカースト上位の女子、山下志保。
虐めのきっかけは、何てこと無い。志保の好きだった男子が、美央にアプローチしたというものだ。
しかし、プライドの高い志保はそれが許せず、美央を虐めるようになる。
最初は、美央のノートを少し汚したりペンを隠す程度だった。しかし次第にエスカレートし、体操着を汚したり美央のお小遣いを巻き上げるようになる。
そして美央が亡くなった日の昼休み。なんと志保は、男子生徒もいる中で無理矢理美央を下着姿にしたという。
今まで積もり積もったものもあるのだろうが、それで美央は限界を迎えたらしい。放課後学校の屋上に足を踏み入れると、美央はそこから身を投げた。
葬儀で大道に話し掛けてきた美央のクラスメイトは、泣きながら言った。
「ごめんなさい……山下さんを止められなくて……! 彼女、会社の重役の娘で、取り巻きがいっぱい居て、私、恐くて……!!」
大道は、何も言えなかった。何も、知らなかった。
数日後、大道は学校に虐めの調査をするよう頼んだが、しばらく経っても何の音沙汰も無い。志保の父親が会社の重役である事が関係しているのだろうか。
それならばと直接志保の家を訪れたが、志保の母親は「うちの娘は虐めなどしていない」というばかり。取り付く島もない。
結局、大道は志保と話す事が出来なかった。
そうこうしている内に、今度は大道の妻が病で倒れた。心労も影響していたのかもしれない。大道の妻は、倒れて一年も経たない内にあの世へと旅立った。
娘と妻を失い、憔悴する大道。しかし自らの命を絶つ程の勇気もなく、ただ漫然と生きてきた。
そして五十一歳となった大道は、『人形館』のツアーに同行する事になり、驚愕する。客の中に、山下志保の姿があったのだ。
彼女の顔は、葬儀の時に美央のクラスメイトに教えてもらったから知っている。しかし、まさかこんな所で会うなんて……。
これはチャンスだ。連絡先を聞いて、後日彼女と話をしよう。十二年以上経った今なら、彼女も反省して虐めの事を話してくれるかもしれない。
自分はただ、虐めをした事を認めて謝ってもらいたいだけだ。謝ってさえくれたら、自分は前に進める気がする。
ところが、思わぬ事態が発生する。土砂崩れのせいで、大道は『人形館』に泊まる事になったのだ。
とんだハプニングだが、これも志保と話をする良い機会かもしれない。
そう思った大道は、夜二十時頃302号室に向かった。しかし、雅人や卯月達が廊下で話していたので、一旦引き下がる。もし302号室を訪ねた理由を聞かれたら、「このツアー客が虐めをしていたから謝ってほしくて」と答えなくてはならない。それは気が引ける。
そして、二十一時四十分頃。大道は廊下に誰もいないのを確認して、302号室のドアをノックした。
志保を応接室まで呼び出した大道は、虐めについて謝ってほしい旨を伝えた。すると、志保は鼻で笑うようにして言う。
「ああ、どこかで見た顔だと思ったら、美央のお父さん。何? 十二年前の事、まだ根に持ってんの? 確かに私もやり過ぎたと思うけど、何も自殺する事なくない? こっちはちょっと意地悪しただけなんだからさ。ホント、迷惑なのよね」
大道の頭は真っ白になった。クラスの代表の一人として志保も美央の葬儀に来ていたはずなのに、大道の顔を覚えていなかった。そればかりか、自分の行動を反省していなかったなんて……。
志保は、ヘアゴム代わりにスカーフで髪を縛っていた。それが緩くなったのか、志保はスカーフを解いて結び直そうとする。
大道は咄嗟にそのスカーフを奪い取り、志保の首に巻き付けた。無我夢中で首を締め上げ、気が付いた時には志保は息絶えていた。
それから、大道は遺体を302号室に運んだ。志保の穿いていたハーフパンツのポケットから302号室の鍵を取り出し、ベッドサイドに置く。そしてマスターキーを一階から持って来て、外側から部屋の鍵を掛けた。
美智留がキッチンにマスターキーを置き忘れ、大道はそれに気付いていたのに、バタバタしていて指摘するのを忘れていたのだ。
鍵を掛けた目的は、遺体の発見を少しでも遅らせる為。そして、ほんの少しだけだが、密室だから大道には犯行が不可能だと思われる事を期待した。
そして、秀一郎が推理したような偽装工作を行い、今に至る。
「……本当は捕まりたくなかったんですけど、仕方ない。親戚に、私の代わりに妻と娘の墓参りをしてくれるよう頼まなければ」
大道は、目を伏せながらそう言った。リビングにいた刑事達は、何も言う事が出来なかった。
◆ ◆ ◆
「いやー、それにしても、秀一郎さんでしたっけ? 名推理でしたなあ」
警察車両の運転をしながら、伊勢崎が笑って言う。今この車内にいるのは、伊勢崎、卯月、花音、雅人の四人。
大道が逮捕されたので、バスで帰る事が不可能になった。そこで、警官が手分けして事件の関係者を最寄り駅まで送る事になったのだ。
秀一郎は、流れる景色を眺めながら言う。
「いやいや、これでも私は緊張していたんだよ、伊勢崎君。以前から花音を守る為に私が表に出る事はあったが、まさか殺人事件の謎を解く事になるとはね」
初めて殺人事件に遭遇したのにあの推理を組み立てられるなんて、素直に凄いと思う。
卯月が感心していると、伊勢崎がふと口にした。
「そう言えば、秀一郎さん。私が『犯罪捜査協力者法』について言及したのを覚えてますか?」
秀一郎は、頷いて答える。
「ああ、そんな法律もあるし、私を捜査に同行させても誤魔化せるだろうという話だったな。それがどうかしたかね?」
すると、伊勢崎はこんな事を言った。
「あなた、木下花音さんとして『捜査協力者』に登録する気はありませんか? 今回の実績と警官三名の推薦があれば登録できるはずですが」
確かに、卯月、伊勢崎、田辺の三人が推薦すれば登録出来るだろう。秀一郎は、少し考えて答える。
「ふむ……社会に貢献する事は、花音にとっても良い事かもしれないな。後で花音本人と相談してみよう。……堀江君、君はどう思うかね?」
雅人は、頷いて言った。
「そうですね。捜査協力者として沢山の人達と関わるのは、悪い事では無いように思います。木下さん本人が登録してもいいと言うのなら、そうしてみてはどうでしょう」
卯月も、秀一郎の方を見て口を挟む。
「そういう事でしたら、私も推薦人に名を連ねましょう。花音さん――秀一郎さんのご活躍に期待します」
こうして、『人形館』で起きた事件は幕を閉じた。
卯月が車窓から外を見ると、藍色の空の中に綺麗な白い月が浮かんでいた。
今回でこの物語は完結です!
読んで下さった皆様、ありがとうございました!
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