俺の家と、この世界の常識
庭の芝生は、手入れが行き届きすぎていた。
一面の緑は均一で、
風が吹くたび、同じ方向へ、同じ速度で揺れる。
まるで――
“揺れ方まで管理されている”みたいだった。
(貴族の庭って、こういうものなのか)
レオン・アルヴェインは、芝生の上に座り込んで空を見上げていた。
五歳。
外出が許されたとはいえ、行けるのは屋敷の庭までだ。
「レオン様、あまり遠くへは行かれませんように」
背後から使用人の声。
「分かってる」
振り向かずに返す。
(というか、ここから動く理由がない)
退屈。
ただ、それだけだ。
――だが。
「ねぇねぇ、今の返事ちょっと冷たくない?」
軽い声が、すぐ横から聞こえる。
メイド服の女。
ただし、足は地面についていない。
芝生の上に“浮いている”。
幽霊メイドは、今日も元気に顔を歪めていた。
片目を寄せる。
口角を片側だけ吊り上げる。
(またその顔か)
「……その顔やめろ」
「えっ、これ私の営業スマイルですけど!」
「どこの営業だ」
「癒し業界です!」
「聞いたことないな」
即答。
これが、この五年間変わらない日常だった。
日本で事故に遭い、死に。
気づけば、この世界で貴族の子供になっていた。
そしてなぜか――
“幽霊が見える目”は、そのままだった。
普通なら怖がるのだろう。
だが、もう慣れた。
問題はただ一つ。
この幽霊が――
やたらとうるさい。
「ねぇ今日の変顔どうでした?」
「評価を求めるな」
「満点?」
「零点」
「えぇぇ!?」
頬を膨らませる幽霊。
当然、触れられない。
空気がそう見えるだけだ。
そのとき。
庭の奥から、足音がした。
重い。
規則正しい。
芝生を踏むたび、わずかに“圧”がかかるような歩き方。
「……レオン」
低い声。
父、ギルバート・アルヴェイン。
公爵家当主。
その存在だけで、庭の空気が引き締まる。
「外で何をしている」
「座っていました」
「そうか」
短い会話。
だが、父は去らない。
ゆっくりと庭を見渡し――
言った。
「最近、お前は“誰かと話している”と聞いた」
風が、止まった気がした。
(使用人か)
横目で幽霊を見る。
――最悪だ。
思いきり変顔をしている。
「見て見て! 今のやばい顔!」
「やめろ今それは」
思わず口に出る。
父の視線が、わずかに鋭くなる。
「……誰と話している」
「独り言です」
即答。
間を置けば疑われる。
父はしばらく沈黙し、静かに言った。
「アルヴェイン家の血は、昔から観察に長けている」
「そうなんですか」
「見えないものを、見ようとする癖がある」
(それ、意味違うだろ)
「ねぇ今の絶対才能ってやつですよね!?」
「黙れ」
小声で切る。
父は続ける。
「お前はいずれ、この家を継ぐ」
「はい」
「ならば、無意味な行動は減らせ」
一拍。
「――空に話しかけるようなことだ」
やっぱりそれか。
父はそれ以上何も言わず、踵を返す。
足音が遠ざかる。
同時に、庭の空気がゆるむ。
「いやぁ、お父さん怖いですねぇ」
「お前のせいでな」
「えっ」
「自覚しろ」
「理不尽!!」
空中でじたばたする幽霊。
そのとき――
一瞬だけ。
その輪郭が、“濃く”なった。
(……今のは)
すぐに元に戻る。
見間違いかもしれない。
幽霊は気にせず、いつもの調子で話しかけてくる。
「ねぇレオンくん、この家ちょっと変じゃないですか?」
「どこが」
「“気配”が多いんですよ」
その言葉に、わずかに意識が引っかかる。
庭。
屋敷。
窓。
誰もいない。
だが――
(……確かに、何かいる感じはある)
説明できない“視線”。
それが、屋敷全体に薄く広がっている。
「気のせいだろ」
そう言い切る。
幽霊は肩をすくめた。
「まあ、私がいる時点で説得力ないですけどね!」
「お前は例外だ」
「ひどくないですか!?」
そのとき、屋敷の方から声が響いた。
「レオン様! 魔力測定の準備が整いました!」
空気が変わる。
風が止まる。
魔力測定。
五歳で必ず行われる儀式。
――価値が、数値になる瞬間。
幽霊メイドがにやりと笑う。
「これ、絶対面白いことになりますよね」
「そういうこと言うな」
立ち上がる。
芝生から足を離すと、妙に現実感が戻る。
(普通でいい)
(本当に、それでいい)
そう思いながら、屋敷へ向かう。
だが、まだ知らない。
この測定が――
“普通”とは最も遠い結果を出すことを。
そして。
この屋敷に満ちる違和感の正体に、
少しずつ近づいていくことを。
後ろで、幽霊が楽しそうに言った。
「ねぇ、絶対ヤバいやつですよこれ」
「黙れ」
風が、もう一度だけ強く吹いた。
幽霊メイド「世のため人のため私はこれからも変顔をします!!」
レオン「だれもお前のこと見えないだろ?」
幽霊メイド「レオン君だけこの笑顔を独り占めってことですね!!(>_<)」
レオン「(; ・`д・´)は??」




