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見えてるものは、だいたいおかしい

――その日は、普通に終わるはずだった。


残業もなく、コンビニで軽く飯を買って。

いつも通りの帰り道。


信号は青。

横断歩道。

見慣れた景色。


スマホも見ていない。

音楽も聴いていない。


ただ――ほんの一瞬だけ。


視線を逸らした。


道路脇に転がっていた、空き缶。

それを避けようと、足の向きを変えた。


たった、それだけのことだった。


「……あ」


視界の端で、何かが動いた。


速すぎて、認識が追いつかない。


顔を上げる。


トラック。


赤信号を、無視していた。


運転席。

俯いたままのドライバー。

手には、スマホ。


(――嘘だろ)


体が動かない。


逃げる、という発想すら浮かばない。


乾いたブレーキ音が、空気を裂いた。


間に合わない。


その理解だけが、やけに冷静に落ちてくる。


次の瞬間――


世界が裏返った。


アスファルトが空になり、

空が、地面に落ちてくる。


鈍い衝撃。


体の奥で、何かが潰れる感覚。


呼吸が一気に押し出され、肺が空になる。


(あ、これ……ダメなやつだ)


痛みは遅れてやってくる。


それより先に、思考だけが妙に澄んでいく。


遠くで、誰かが叫んでいる。


「人が倒れてる!」


「どいてください!」


サイレンの音。


全部が、水の中みたいに遠い。


(……まあ)


ぼんやりと、空を見上げる。


滲んだ視界の向こうで、信号が赤に変わる。


(守ってたの、こっちなんだけどな)


うまく笑えた気がした。


たぶん、できていない。


(こんなもんか)


そう思った瞬間――


意識が、静かに落ちた。


――終わった。


そう確信して。


そして。


次に目を開けたとき。


俺は、天井を知らない。


代わりに見えたのは、柔らかい布。


揺れる視界。


小さな手。


(……え?)


息を吸おうとして――


喉から出たのは、言葉ではなく、泣き声だった。


「おぎゃあああああ」


(うるさ……いや、俺かこれ)


混乱している間に、影が落ちる。


誰かが、ゆりかごを覗き込んでいた。


「……あら」


女の声。


そして――息を呑むほど整った顔。


白い肌。長いまつ毛。黒いメイド服。


(え、待て)


(美人すぎないか?)


(母親枠にしては完成度高すぎるだろ)


その女は、にこりと笑って――


「……ふんっ」


片目をつぶり、頬を歪めた。


「んー?」


さらに、変な顔。


もう一度。


「ぷっ」


完全にふざけている。


(何してんだこの人)


赤ん坊の脳で、全力でツッコミを入れる。


そして、気づく。


その輪郭が、わずかに“薄い”。


背後の壁が透けている。


影が、重ならない。


(……こいつ,,,,,,,,,幽霊か)


その理解だけは、すんなりと落ちた。


理由は単純だ。


俺は日本にいた頃から、幽霊が見えていた。


誰にも言わなかったが、知っていた。

“そういうものはいる”と。


そして今も――それは変わっていないらしい。


――それからの日々は、地獄でもあり、日常でもあった。


朝。


「おはようございまーす」


気軽に現れる幽霊メイド。


「にぃ〜」


謎の変顔。


昼。


「今日は新しい顔覚えました!」


(覚えるなそんなもん)


夕方。


「見てください、目を三角にできます!」


(こいつ……あほか?)


唯一わかったことは――


この幽霊は、この屋敷に住み着いているらしいということ。


誰も気づいていない。


俺だけが、見えている。


そして。





――――5年後。


庭に置かれた小さなテーブル。

紅茶の香りが、穏やかに漂う。


使用人たちが行き交う中、俺はぽつりと口を開いた。


「……おまえ、いいかげん変顔やめてくれないか?」


周囲には、誰もいないように見える。


使用人Aが、小声で囁く。


「……また坊ちゃま、空に話しかけてる」


使用人Bが肩をすくめる。


「ほっとけ。最近ずっとあれだ」


(聞こえてるぞ)


目の前の空気が揺れる。


「え!? 今、私に言いました!?」


幽霊メイドが目を見開く。


「今さら気づくな」


「え!? え!? ちょっと待ってください!」


彼女は自分を指差す。


「私のこと……見えてるんですか!?」


「見えてる」


「いつからですか!?」


「5年前から」


「え、最初から!?」


「最初から」


沈黙。


一拍。


「うそでしょぉぉぉぉぉ!!」


庭に絶叫が響く。


「え、じゃあ私ずっと一人で芸人みたいなことしてたってことですか!?」


「そうなるな」


「最悪!!」


頭を抱えて崩れ落ちる幽霊。


「え、待って、じゃああの『にやぁ〜』も?」


「見てた」


「死ぬ!!」


「死んでるだろもう」


「そういう意味じゃないです!!」


俺はため息をつく。


「というか、なんでそんなに変顔ばっかしてたんだ」


「……仕事です」


「誰の」


「えーっと……たぶん、赤ちゃんの頃のあなたの」


「雑すぎる」


「でも効果ありましたよ!? 泣き止んでましたし!」


「記憶にない」


「赤ちゃんだからですよ!!」


会話が成立しているのか、していないのか分からない。


ただ一つ、確かなことがある。


――この幽霊は、かなりうるさい。

幽霊メイド「( ,,`・ω・´)ンンンにゃああああ」

主人公「,,,,,,,,,,,,,意外とかわいい」

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