22.最終決戦
アザトースはキザイア将軍に指揮をとらせ、魔王城を取り囲むように部隊を配置し、城内にはアザトースと俺とノーデンスのみで入っていくことにした。ナイアーラトテップごときに大部隊の護衛はいらないという、アザトースの矜持であろう。
まだ、リサリアとクラネスは、キザイア将軍のそばに預けておいた。
元々アザトースの城である。アザトースは迷うことなく城門から謁見の間までつき進んだ。そして、謁見の間には、ナイアーラトテップらしき男が立っていた。
「やっと、勇者と魔王の対決らしくなってきたな」
のんきにつぶやくノーデンスをよそに、俺はナイアーラトテップのステータスを確認してみた。
氏名: ナイアーラトテップ
総合レベル: 520
魔力量: 325/325 → 450
体力値: 295/295 → 362
剣技能: 320/320 → 366
確かにかなりの実力である。しかし魔力などの各数値に対して、レベルがかなり高い。これはアザートスが言っていたように、ナイアーラトテップが知略に優れているからなのかもしれない。このため、俺は周囲を慎重に観察していた。なんかいろいろと仕掛けがあるかもしれないからだ。
当のナイアーラトテップは、玉座の高みからアザトースを見下ろしてにやりとした。
どうやら、降伏する気などさらさらないようだ。
「魔王アザトースさま、いや、元魔王の囚人アザトースよ。
わしが今の魔王、ナイアーラトテップである。
魔王の御前であるぞ、頭を下げい」
アザトースも、ナイアーラトテップの尊大な物言いにあきれながら、自らも威厳をにじませながら応えた。
「ほぅ、しばらく見んうちに偉くなったものだな、ナイアーラトテップよ。
余を罠にはめて、姑息な手段で手に入れた玉座の座りごこちはどうかな」
「魔王の座は力をもって得るもの。
わしの知力が貴様を凌駕し、わしが魔王の資格を得たというだけのこと」
「それならば、簒奪を試みて失敗したものの運命は知っておろうな。
こうして面と向かって戦って、余に勝てるわけがなかろう。余の実力はお前が一番よく知っているはずだ。
覚悟はよいか」
「覚悟するのはどちらだろうな」
ナイアーラトテップの妙な落ち着きに俺は違和感を感じたが、もはや俺が立ち入る余地はなかった。
両者は剣を抜き、じわじわと間をつめていった。
アザトースが必殺の間合いに入り、剣を振り上げた時、突然ナイアーラトテップが何やら呪文を唱えた。
その瞬間、アザトースは剣を振り上げたまま固まり、動かなくなってしまった。
「はっはっは、愚かなり、アザトース。
わしがお前と剣で戦うと思ったか」
アザトースは目だけしか動かせないようであり、思いっきりナイアーラトテップを睨みつけていた。
「アザトース、わしはお前を酒に混ぜた睡眠薬で眠らせたとき、本当は一思いに殺すつもりだった。
だが、底なしの体力を持つお前を殺すことがどうしてもできず、結局地下牢に閉じ込めたのだ。
だがな、わしは用心深いのでな、こういうこともあろうかとお前の体に細工をしていたんだよ。
眠っているお前の体内に拘束の魔石を埋め込んでおいたのだ。
こいつが発動すると、お前の体を拘束し、身動き一つとれないようになる。
また地下牢に逆戻りだな、はっはっは」
そのときノーデンスが剣を構えて、アザトースとナイアーラトテップの間に割り込んだ。
「なんだ、お前は」
意表を突かれたナイアーラトテップに、ノーデンスが意気揚々と宣言した。
「ボクはノーデンス。
女神さまの依頼により、お前を討伐にきた勇者だ」
また考えなしに余計なことを言っているな、と思った俺に構わず、ノーデンスはさらに付け加えた。
「女神さまにもらったこの剣技で、お前を成敗してくれるぞ」
これを聞いたナイアーラトテップは、妙に嬉しそうだった。
「お前が女神の依頼を受けた、異世界からの勇者なのか」
「そうだ、覚悟しろ」
ノーデンスのこの言葉が終わらないうちに、クモのような形の物体が背後からノーデンスにとびかかり、背中に貼りついた。
「わわっ、なんだこれ」
騒ぐノーデンスが取ろうとするが、背中にくっついているので、手が届かない。
焦るノーデンスを見ながら、ナイアーラトテップはますます嬉しそうだ。
「はっはっは、それはな、女神の加護を中和する魔道具だよ。
市井に放っておいたわしの間諜からの連絡で、女神の依頼を受けた勇者が一人アザトースの仲間に含まれていることが分かっていたのでな。
なろう系では、その勇者は女神にチート能力をもらっているのが常識なのだろぉ。
だからお前たちが城に入ってくる前に、こいつを用意していたのだ。
こいつは、半径2m以内で、女神にもらった力を無効化する魔道具、唯一無二の勇者殺しの蜘蛛なのだよ」
なるほど、これは1個しかないのだな。それに性能も含めて教えてくれてありがとう。
あと、俺も女神の加護を受けているということを誰にも言ってなくて、ほんとよかった。
ナイアーラトテップが軽くノーデンスに切りかかると、ノーデンスはこれを剣で受けた。だが、簡単にノーデンスの剣は押し負け、手がしびれたノーデンスは思わず剣を落としてしまった。女神の加護がないノーデンスは、ただの女子高生なのだ。要するに、これまでのノーデンスがすごかったのではない。単に女神さまがくれた剣技のチート能力がすごかっただけなのだ。
「なんだ、たわいもない。
ここにお前をよこした女神を恨むんだな。
さらばだ」
ナイアーラトテップは改めてノーデンスを真っ二つにしようと剣を振りかざした。
俺は思わず加速し、ナイアーラトテップの剣を俺の剣で受けた。
加護無効化の魔道具の有効範囲に入ってしまったのは痛恨の極みだが、俺の筋力は自分で鍛えたものだ。そして、ハイオグー=ヤイ先生に学んだ剣技で、ナイアーラトテップの剣を弾き飛ばした。
「なんだ、お前は急に現れて」
空になった手をさすりながら、ナイアーラトテップはあっけにとられていた。
「たしかお前はナルガイの戦いで雷魔法を使っていた娘だな。
剣技も使えたのだな」
俺の剣技は付け焼刃なのだが、俺は余計なことは何も言わない。黙ったままナイアーラトテップを睨みつけた。その時、ナイアーラトテップの視線が一瞬俺の背後に逸れ、背後に気配を感じた。
加速・・できない、魔道具の有効範囲なのだ。
俺は背中に衝撃を感じ、数メートル弾き飛ばされた。
倒れ込んだ俺は、腹部に激痛を感じた。やられた、背中から腹部に大穴が開いている。しかし、幸いなことに、この衝撃により魔道具の有効範囲から外れ、膨大な体力値が戻ってきていた。危ない所だった。
俺は急いで白魔法で腹部を修復し、立ち上がった。
唖然とするナイアーラトテップの横には、牛ぐらいの大きな蜂の魔物がいた。
どうやらあいつがぶつかってきたのだな。
「なんと、まだ立ち上がれるのか」
驚きの表情だったナイアーラトテップだったが、急速に落ち着きを取り戻し、再び顔に笑みが戻ってきた。
「お前の腹に針を刺したこいつはな、グレートワスプという魔物なのだよ。こいつの外骨格は金属でできているので、雷に強くてな、お前の雷魔法などなんともないのだよ。ははは、戦場でのお前の様子を見て用意したのだよ」
ふむ、雷は外骨格を通って、尻の針から外気に放電するわけだな。飛行機の避雷針と同じというわけか。
その瞬間、俺は急なめまいを生じ、体中が痛みに包まれた。いったいどうしたのだろう。新たな魔法攻撃か。
「ははは、効いてきたようだな。こいつの針には、強力な毒があるからな。そのまま苦しんで死んでいけ」
そうか、蜂の毒か。教えてくれてありがとう。
蜂の毒でこの痛みということは、セロトニンによるものだな。ならば闇魔法で血中にモノアミンオキシダーゼを増やし、さっさと分解してしまおう。
急速に顔色が回復する俺を見て、ナイアーラトテップはとまどっているようだ。
「いったいなんなんだ、お前は。
まあいい、何度でもグレートワスプで攻撃すればいいだけのこと。
こいつに雷魔法は効かないのだからな」
ならば他の魔法で攻撃すればいいのだが、俺は頭に来ていた。
上等だ、それなら雷魔法でやってやろうじゃねぇか。
「サンダーブレード」
俺は思い切り魔力をこめて、グレートワスプに雷魔法を放った。
謁見の間がまぶしい光に包まれ、放電であたりにオゾン臭がたちこめた。
光が消えたとき、黒焦げになったグレートワスプが転がっていた。
「ななな、いったいどうしたことだ」
いくら金属の外骨格でも、少しの抵抗値はある。ならば、高電流を与えれば、電流の二乗で熱が発生するため、グレートワスプは感電はしなくても焼け死んだというわけだ。ナルガイの戦いでは俺は兵士を死なせないために加減した雷魔法しか使っていなかったため、ここまでの出力がだせることをナイアーラトテップは知らなかったのだろう。
でもナイアーラトテップにこんなことを教えてやる義理はない。読者だけに種明かしをするのだ。
「ならば最後の手段だ。
出でよわが召喚獣、ファイヤドラゴン」
ふーん、するとこれを倒したら終わりってことだな。説明ありがとう。
見ると、ナイアーラトテップの影から大きな燃え盛るドラゴンがはい出してきた。
熱い。離れていても、輻射熱で服が焦げ臭くなるようだった。
「はっはっは、こいつには実体がないエネルギーの集合体だ。雷も物理攻撃も効果がないぞ」
なるほど、実体がないなら物理攻撃は意味がないってことだな。しかし、なぜこういう悪者は親切にも手の内をわざわざ説明してくれるのだろう。対策が打ちやすくなって、とっても助かるのだ。
などと考えている間に、ファイヤドラゴンは俺に向けて炎を吐いた。すごい火力だ、炎魔法のファイヤトルネードより強力で、触れたものを全て炭化させていった。
しかし俺には加速能力がある。ファイヤドラゴンの口から炎が出始めてからでも楽々避けることができた。
それに、普通ならこのままファイヤドラゴンと戦うのだろうが、俺がそんなセオリーに従う義務はない。
一気に加速してナイアーラトテップの横に移動した。
「なっ、なんなんだ、お前はいったい?」
俺がファイヤドラゴンと戦うと思って油断していたのに、いきなり横に現れたので驚いたナイアーラトテップだったが、いやぁ、そう聞かれても教えてやるつもりはない。情報は価値なのだ。
「まあ、アザトースの仲間、ということぐらいは教えてあげるわ」
そう言うなり、氷魔法でナイアーラトテップを全身氷漬けにした。
これでファイヤドラゴンもおとなしくなるかと少しは期待していたのだが、決してそうはならず、俺に向かって攻撃を続けてきた。こいつはなんとかしないといけない。アザトースやノーデンスに影響しない位置に次々と逃げながら、おれは反撃方法を考えていた。
実体がないなら、エネルギーさえ奪えば奴は消滅するはずだ。よし、ならば・・。
俺は、水魔法で奴の周辺に濃い霧を発生させた。霧はファイヤドラゴンの熱で一瞬にして蒸発したが、その際、蒸発熱を奪っていった。これを繰り返すことで、次第にファイヤドラゴン周囲の温度が下がってきた。ある程度温度が下がってきたところで、今度は氷魔法で発生させた雪を風魔法を使って吹雪にし、もがくファイヤドラゴンにぶつけた。吹雪で一気に冷却され、エネルギーを失ったファイヤドラゴンば跡形もなく消滅した。
あとには、まぬけな顔をしたまま氷漬けになったナイアーラトテップだけが残されていた。
このままでは会話もできないため、俺は首から上の部分だけ、氷を消去してやることにした。ただ、妙な魔法の呪文を唱えられてもいけないため、闇魔法で奴の血中にアセトアルデヒドを増やしてやった。悪酔いした状態なので、ろれつが回らなくなる。ついでに、さぞ気分が悪いだろう。
「さて、まずはアザトースとノーデンスを開放してもらいたいのですが、こちらの言うことを素直に聞いてもらえますか?」
「わっ、わかひまひた」
さすがに観念したようなので、闇魔法で悪酔いを解除してやると、なにやら呪文を唱えていた。するとアザトースが動き始め、ノーデンスの背中の蜘蛛が落ちた。
その瞬間、俺はナイアーラトテップを口まで氷漬けにしてしゃべれないようにした。
やれやれ、これで一安心だ。
アザトースは背伸びをした後、こちらにやってきて俺に礼を述べた。
「よくやってくれた、ヌトセ。感謝するぞ」
「これで一段落つきましたね。
それで、ナイアーラトテップの始末はお任せしますので、あとはよろしくお願いします」
「いや、何から何まで世話になった。そなたには礼の言葉もない」
柱の陰でちぢこまっていたノーデンスもやってきた。
「すごかったよヌトセ。君を仲間にして本当によかったよ」
「とにかくよかったわね。これで女神さまからの依頼は達成できたということね」
「うん、なんとかなってよかったよ」
女神さまの依頼が達成できたのは、俺にとっても同じなのだが、この期に及んでも俺はそんなことをこいつに打ち明けたりはしないのだ。
それより、俺は大事な点をアザトースに確認した。
「アザトース様、この後、帝国・・つまり人間界をどのようにしていくおつもりですか」
「ああ、元の通り完全に途絶するつもりだ。
余としては人間との交流もしたいのだが、どうしても低級な魔族は人間に迷惑をかけてしまう。
ならば、完全に交流を断つことしか方法がないのだ」
「まあ、そうするしかないのかもしれませんね」
「で、そなたはどうする。
途絶する前に帝国に戻るか、それともこちらで暮らすか。
こちらで暮らすなら、相応の身分で取り立てるぞ。
なんなら、そなたが魔王でもよい、はっはっは」
いや、さすがにそれは困る。
「アザトース様、私には仲間もおりますので、帝国に戻ります」
「そうか、残念だが仕方ない。
まあ、精いっぱいの報酬は持たせるから、余の好意を受け取ってくれ」
「ありがとうございます。
今後、戦後処理で大変な状況を、そのままにして去るのは心苦しいのですが・・」
「うーん、そうじゃな。やることは山のようにあるな。
しかしそれは余の問題じゃ。そなたが気にすることではないぞ」
「あの・・、ナイアーラトテップはどのようにするおつもりですか」
「うむ、弑逆を試みた者の罪は法で定められておる。・・心苦しいがの」
「そうなんですか」
「百地獄の刑と言ってな、百の魔将軍が体を百の肉片に引きちぎるのだ」
「それって、そのまま死ねずに意識が残り、苦しみながら百年生き続けるという・・」
「なんじゃ、知っておるのか」
「いえ、まあ、ちょっと・・」
デビルマンのマンガで読んだとは言えない。
しかし、魔将軍はキザイアだけで、百人もいないぞ。まあ、俺には関係ない。
とにかく、これですべてが終わった。
その後、場外で待つ全軍に勝利を知らせ、アザトースは再び魔王に返り咲いた。
我々4人は数日におよぶ歓待を受け、山のような報酬を与えられて帝国への帰路についた。




