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20.キザイア将軍

 監獄都市イラーネクを発った俺たちは、一路フラニスへ向かっていた。フラニスは、魔王城のある首都セレファイスに比較的近い交易都市である。そこへは魔王国の主な街道が通じており、イラーネク監獄で所長用の馬車を徴用(ちょうよう)したことから、これまでに比べると非常に快適な旅となっていた。この馬車はカルコサ魔法学園に行くときに乗った馬車とは異なり、かなり贅沢な造りとなっているのだ。

 道中、所長用の馬車に乗っている我々を誰何(すいか)する者はなく、スムーズにフラニスに近づいていた。馬車の中ではアザトースといろいろな話をし、ずいぶん打ち解けた仲になっていった。

 相変わらず能天気なノーデンスは、すっかりタメ口になってアザトースに聞いていた。


「ねえねえ、アザトース。こんなに静かにフラニスに向かうんじゃなくて、もっと、ここにアザトース大魔王さまが乗ってるぞ、と大々的に宣伝しながら進んだほうが、味方が集まってくるからいいんじゃないのか?」


「はっはっは、そなたらしい疑問じゃのぉノーデンスよ。

 じゃがな、余はまだ今の魔界の状況を充分に把握しておらんのだ。

 そのようなことをすれば、味方は増えるかもしれんが、もしかすると敵の方が多く集まるかもしれん。

 そうなると、順調にフラニスにたどり着くことが難しくなるかもしれんからのぉ」


「ふーん、そういうことか」


「それにな、余はキザイア将軍のことを信用はしておるものの、万一のこともある。あまり早くから余のことを知らせて、迎え撃つ準備をされるわけにもいかんからな。

 さらにのぉ、キザイアが本当に余の忠臣で蟄居しておる場合、余が脱出したことがナイアーラトテップに伝われば、奴は余がキザイアに接触できんようにキザイアを害するやもしれんのだ。

 だからのぉ、余が生きていることを大々的に示すのは、キザイア将軍やその軍勢と一緒に行動するようになってからの方がいいのじゃよ」


「うん、よくわかったよ」


 その時、御者をしていたクラネスが声をかけてきた。


「フラニスの町に入ったで」


「おおそうか。

 そのまま大通りを行って、突き当りを右に行ったところにある大きな邸宅がキザイア将軍宅だ。

 すまんが、そこまで行ってくれないか、クラネス」


 アザトースの依頼に、クラネスは元気に応じた。


「わかったでぇ。もうちょっとやな」


 程なく馬車は止まり、全員が大きな邸宅の前で馬車から降りた。

 邸宅の門の前に仁王立ちになったアザトースは、思いっきり息を吸い込み、大声で叫んだ。


「ヒスクム!」


 訪問時に発する言葉は、帝国でも魔界でも同じヒクスムらしい。

 しかし、さすがは魔王。すごい声量であり、邸宅が振動するようだった。

 しばらくすると中から一人の女性が飛び出してきた。あわてていても、姿勢の良い立ち振る舞いで、パリッとした身なりでいるところを見ると、この人がキザイア将軍なのだろう。言うまでもなく美人である。

 彼女はアザトースにしがみついて、泣きながら魔界語でなにやらしゃべり続けていた。


「魔王が生きててよかった、きっと無事だと信じてた、ってゆうてるわ」


 クラネスが通訳してくれた横で、ノーデンスとリサリアはもらい泣きしていた。


 感動の再会からしばらくして、少し落ち着いたキザイア将軍に魔王がなにやら説明すると、将軍はきれいな帝国語で俺たちに話しかけてきた。


「皆さま、魔王様をお助けいただき、感謝の言葉もありませんわ。

 本当になんとお礼を申せばいいか・・、まあこんなところではなんですから、どうぞ中へお入りください」


挿絵(By みてみん)


 我々一行は応接室へと案内され、そこで将軍から詳しく現在の魔界の状況の説明を受けた。イラーネクの警備兵から聞いた内容との齟齬(そご)はなかった。


 ナイアーラトテップは将軍ボクラグを片腕として魔界に君臨し、軍事力を強化して帝国侵略をもくろんでいる。そして、かなりの恐怖政治を行っており、部下を力でねじふせる一方、自身はかなり贅沢な暮らしをしている。特に自分の地位を守ることに執心しており、そのための魔道具を買い揃えたり、警備体制を整えたりしている。

 一方キザイアは、アザトース以外を主君として仰ぐ気になれず、さっさと将軍職を辞して、自領に引きこもり、今日に至ったとのことである。


 話を聞いていた魔王はぽつりと疑問を口にした。


「ふむ、あの高潔だったボクラグ将軍が、そんなナイアーラトテップに協力するとは信じられんな。

 結局は奴も、ナイアーラトテップと同類だったんじゃろうかのぉ」


「魔王様、わたくしが魔王城から去るときに、ボクラグ将軍にも別れを告げにいったのです。

 このままナイアーラトテップに仕えるのかと彼に聞いたのですが、彼はこう言っていましたわ。

 『ワシはナイアーラトテップに仕えるのではなく、この国の王に仕えるのだ』と」


「なるほど、奴らしいな。

 その様子だと、ボクラグをこちらに引き入れるのは困難だな」


「はい、わたくしもそう思いますわ。

 それにボクラグ将軍は部下の信頼も厚いので、彼の部下はみんなボクラグ将軍のために戦うでしょう。つまり、全員がこちらの敵となりますわ」


「ふむ、忠誠心の高いわが臣民と戦うことになるのか。つらいな」


「しかも現在の私は将軍職を辞しておりますので、正式な兵は持っておりませんわ。

 領内の私兵はおりますが、数は限られていますわ」


「結局、これから余の名前でどのぐらい集められるかにかかっておるのだな」


 そこで、ノーデンスが口をはさんだ。


「大丈夫さ、アザトース。

 イラーネク監獄でもアザトースの名を出した途端、警備兵はみんな君についたじゃないか。

 君を信頼してついてきてくれる連中はきっとたくさんいるよ」


「おお、感謝するぞノーデンス。

 楽観論で走るわけにもいかんが、自信は持たんといかんのぉ。

 そなたたちのような優れた仲間もおることだしのぉ。

 がはははは」


 ノーデンスの背中をポンポン叩きながら、アザトースは高笑いした。

 その後、ふと笑いを中断したアザトースはキザイアに尋ねた。


「そうじゃ、おぬしに預けてあった降魔の利剣、あれはまだ手元にあるのか」


「もちろん大切に保管しておりますわ、魔王様」


「すまんが一旦返してもらってもよいかのぉ」


「はい、すぐに持ってこさせますわ」


 そう言ったキザイアは、メイドになにか命じた。

 しばらくしてメイドが戻り、包に入った剣をうやうやしく差し出した。

 それを受け取ったアザトースは、それをノーデンスに渡しながら言った。


「ノーデンスよ、そなたにこれをやろう」


「なんです?これは」


「うむ、これは降魔の利剣といってな、切れ味はもちろんよいが、それだけではなく魔力を切り裂くことができる剣なんじゃよ」


「魔力を切る・・・」


「そなたは魔力耐性がないじゃろ。しかし、この剣では魔力攻撃を切り裂くことができるため、そなたの身を守ることもできるでな」


「おおー、そいつはすごいや。ありがとう、アザトース。あざーす」


「なに、その剣で余の助けになってくれたまえ、ははは」


 その後、キザイアは領内の私兵を集めるとともに、近隣の領主に魔王アザトースの名で檄文(げきぶん)を飛ばし、決起を(うなが)した。

 領主たちからの回答がするまでの数日間、アザトースがなにやら忙しそうにしているのに反して、俺たちは久しぶりにキザイアの屋敷でのんびり過ごすことができた。毎回豪華な食事が出され、柔らかいベッドて眠ることができた。あまりの歓待に俺たちは多少気が引ける思いであったが、キザイアは魔王の恩人にはまだまだこれでも足りないともてなしてくれた。

 キザイアの屋敷でのんびりしている間、クラネスはもっと強くなりたいと剣術を学ぶことにしたようだ。最初はノーデンスに教えてもらおうとしていたが、女神さまに剣技能の能力をもらったノーデンスは本人もよくわかっておらず、教わるクラネスもさっぱり分からないと不満そうだった。結局、キザイア将軍の部下の剣の教官が教えることとなり、クラネスは熱心に稽古をつけてもらっていた。

 クラネスが稽古しているのを傍目で見ながら、俺とリサリアは、すっかり仲良くなったキザイアとテラスで優雅にお茶をしていた。リサリアはキザイアにとても興味を持っているようだった。


「ねえねえキザイア、あなたはいつからアザトース魔王に仕えてるのかなぁ」


「そうですね、話すと長くなりますけど、わたくしがまだ小さかったころ、アザトース様の養子になったのですわ」


「養子?えっ?どちらが年上なの?」


「今から33年前に、わたくしが5歳のときに養子になったのですが、アザトース様はその頃から今と全然変わりませんわ」


「えっ?えっ?」


 キザイアの話はこうである。アザトースが先王から魔王を引き継いだ時、まだ魔界は2つに割れて戦っていた。それまでの激しい戦いで国は荒れ、戦災孤児も多く、アザトースは将兵や国民に孤児を養子として引き取ることを奨励した。そして、自身も範を示すために養子をとることにしたようだ。孤児収容施設にアザトースが訪れたとき、アザトースはキザイアに目を付けて養子として引き取った。それ以降、自身の子供として育てると共に、執務をしている姿を見せ、戦場にも連れて行って、キザイアに将としての英才教育を施していった。その後、キザイアは士官学校を経て軍に入隊し、いくつかの戦闘で功績を上げ、三将軍の一人となり、ついには魔界統一に至ったのことである。


「ですから、わたくしにとってアザトース様は、恩人であり、母であり、先生であり、全てなのですわ」


「そっか、よくわかったよ」


「それで、わたくしの遠征中にアザトース様が亡くなったと聞いた時は絶望で目の前が真っ暗になりましたわ。魔王城に戻るまで時間がかかったため、遺体にお別れさえできませんでしたから。

 でも、三将軍が全員視察遠征している時だったので、なんとなく妙な気がしていましたの。

 とにかく、もうわたくしは何も気力がわかなくて、さっさと将軍職を辞して引きこもってしましましたわ」


「その気持ちはよくわかるよ」


「ニグラス将軍がナイアーラトテップに仕えるのを拒否して反旗を翻した時、共に戦おうと誘われましたが、そんな気力もなかったので断ったのですわ。結局、ニグラス将軍はボクラグ将軍に敗れて討ち死にしたのですが、今にして思えば、あの時ニグラス将軍に協力すべきだったのかもしれませんわ」


 そういいながら涙をこぼすキザイアをリサリアは優しく抱きしめていた。


 こうしてしばらくアザトースやキザイアと過ごすことで、俺は魔物の本質を理解することができた。どうやら魔物は、種族間による精神性の幅が極めて広いようだ。つまり、低級な魔物は知能や精神レベルが低く、粗暴で残忍な者が多い。これに対して、高位の魔物は人間と変わらない精神性を持ち、むしろ人間よりも博愛に富んだ者も多いようだ。これはある意味当然のことで、他者に対する思いやりや愛情がない環境では、高度な社会は存在し得ないのである。帝国の人間が魔物を忌み嫌うのは、主に低級な魔物に接触する機会が多いからに過ぎない。要するに、虎に襲われかけた者が、哺乳類(ほにゅうるい)全般を恐れるようなことになっているのだ。同じ哺乳類でも、モグラのような知能の低いものから人間までと、幅広いのと同様に、魔物にもいろいろいるのだ。

 特にアザトースは、低級な魔物も含めて魔物全てを大切に思う優しい心を持っているようだ。それだけではなく、人間や亜人に対しても区別ない愛情を持っている。このため、人と魔物が無用の軋轢(あつれき)を生まないための現実的な方法として、完全に交流を断つという方法をとったようだ。

 キザイアもアザトースに劣らず慈愛にあふれた人物(魔物?)である。我々の滞在が快適になるように細かい所に気を使い、献身的にもてなしてくれた。キザイアは特にリサリアと気が合うようで、よく二人で話をしてクスクス笑っている。


 また、その間にキザイアの持つ魔道具を使い、俺たちは魔界語を習得することができた。なんて便利なんだだ。これで、これからの魔界での戦いが非常にやりやすくなる。決して話をスムーズに進めるための、筆者のご都合主義ではないんだからねっ。


 そしてその間、次々と近隣の領主からの援軍が到着し始めた。

 数日後、集まったアザトース軍約1万。これで想定される敵軍2万との決戦に臨むこととなる。


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