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一章『そして、彼は語り始める(4)』

 翌朝。

 ユキナが目覚めたとき、そこにハム吉の姿はなかった。開けっ放しになった窓を見てユキナの顔はみるみるうちに青ざめていく。

「ハム吉!?」

 窓から身を乗り出すと、明るい日差しが彼女の頭に降り注いだ。昨日と同様にたくさんの人が点在しており、この中から小さなハム吉を発見することは困難に思えた。

「どこ、行ったんだろ……」

 しかし、ユキナは急いで着替えを終えると彼を捜すために勢いよく部屋を飛び出した。

 人ごみを避けながら視線は下方に向けて、ユキナはハム吉を捜す。これだけの人間がいれば、どこかで踏み潰されていてもおかしくはない。彼女は不安を隠すこともせず、ただひたすらにハム吉を捜して街を駆け回った。

 そのとき、彼女の意識はハム吉の捜索にのみ向けられていた。

 だからこそ気づかなかった。街人が手にもつ新聞に、あの記事が載っていることに。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「……また来たのか」

「はい」

 ひなたは昨日も訪れた、あのたいして美味しくないコーヒーを出す店に再び足を踏み入れていた。

「なんだここは?」

「こういう街の外れ、と言いますか、明るい場所からはじき出された人が住んでいるところの方が僕の求める情報が手に入りやすいんですよ。簡単に言えば、表には表の情報網が、裏には裏の情報網があるってことです」

 ひなたの肩に乗ったハム吉が、そんなもんか、とつぶやき、カウンターの上に飛び降りた。

「なんだこれ、ねずみか?」

「おう。そんなもんだ。いちいち説明するのも面倒くせぇ」

 店主が目を丸くして著しく態度の悪い小動物を見つめるが、ハム吉は気にも留めずに憮然とした顔つきで座り込んだ。

「それで、今日はまた何のようだ?」

「はい」

 ひなたはちらっとハム吉を見下ろし、それから店主に視線を戻す。

「フブキ絡みの件です。実は昨日、彼の面影を有する少女を見かけたのです」

 店主はひなたの顔を試すように見つめてから、鼻をならした。

「ふん」

 そうして、棚の上に置いてあった新聞を放り投げた。それは今朝の新聞のようで、ざっと目を通したような皺がついていた。

「これは?」

「読んでみろ」

 ひなたは受け取ったそれをめくっていく。どこそこで事件があった。何とかという賞金首がつかまった。政府が何やらを発表した。などの記事の中、ある1つの記事がひなたの目に留まった。

「……」

 そこには、とある一家惨殺事件が載っていた。事件現場は辺鄙なところ。名前すらない小さな村で、人口はほんのわずかしかいない。被害にあったのはその村に住む3人家族であった。両親の死体は燃やされた家の中から発見され、“一人娘”のものは見つかっていない。政府は目撃者の情報や事件現場の状態を統合して、犯人はフブキであると断定した。

「……」

 ついで、写真が載っていた。行方不明の長女の写真だ。

「さて、どう思う?」

 店主は湯気の立つコーヒーをひなたに差し出しながら訊ねた。ひなたは難しそうに顔を歪めると新聞を閉じた。

「つまり、この被害者たちがフブキの家族であり、僕がみかけた少女が彼の姉妹ではないか、ということですか?」

「これだけじゃ家族と断定することはできんが、そいつらがフブキの関係者である可能性はあるな。小さな村だというのに、その一家だけ狙ったというのも変な話だ。あの男なら、村ごと消し去るだろうよ」

「何か理由があってこの家だけを襲った、と」

「そうなるな。もし村そのものを完全に抹殺したいなら、村全体を焼き払ったほうが効率が良いんだろ? あの家だけを狙った理由が何かあるはずだ」

「……そうですね」

「そりゃあ、フブキの家族だよ」

 気だるそうにハム吉が言った。2人の視線が同時に小動物に向かった。ハム吉はちらっとひなたに視線を向け、鼻を鳴らした。

「新聞に載ったっつうことは、これ以上隠しても仕方ないってことだ。フブキは四人家族の長男だ。家族構成は、父・母・妹。政府は、今後フブキ逮捕の鍵になるかもしれない、あるいは彼らが無用な被害を受けるかもしれない、と考え、フブキの家族に関しては非公表を貫き通し、独自に調査・観測を続けていた。だが、その努力も無駄に終わった。この事件で、フブキ確保の鍵がまた1つ消えたといえる」

「なんだ、ねずみ。お前、嫌に詳しいな。政府のペットかなんかか?」

「元、な」

 ハム吉はひなたに新聞記事を見せるように促し、ひなたはそれに従ってハム吉に見えるように広げてやった。

「ただ、これを気に政府は何らかの行動を起こすはずだ。保護を名目にして行方不明の妹を捕まえて、フブキをおびき出す餌にする、というところか。殺し損ねた人間を生かしておくほど、フブキは甘くない。きっと、またこいつを殺しに来る、というのが大前提にはなるがな」

 ハム吉は写真をじっと見つめ、それからひなたに視線を向けた。

「で、お前はどう動く?」

「……」

 ひなたは顎に手を当てて、小さく唸った。

「お前が見た少女ってのは、こいつのことなんだな?」

 店主はそんな彼の様子を見て新聞の写真を指差した。ひなたは首肯し、コーヒーを飲み込む。

「貴重な手がかりだな」

 店主が小さく笑い、新聞を乱暴に折りたたんだ。ハム吉が小さく舌打ちをして、ひなたの腹を小突く。

「本当はお前の様子をじっくり観察してからあいつのことを話すかどうか判断するつもりだったが、さっきも言ったようにこうなったらとやかく考えている暇はない。俺が知ってる情報を全部お前にぶちまける」

 ひなたはハム吉を手のひらに乗せると、そっと肩に乗せた。

「ユキナはフブキの妹だ。俺が保証する。間違いなくお前が追ってるフブキの妹だ」

「……」

 ひなたは小銭を置くと足早に店を出て行く。振り落とされないように、ひなたの肩にしがみつきながら、ハム吉が叫んだ。

「ユキナは信じていたんだ、ずっと。自分の両親が目の前で殺されても、な。あいつは兄貴が大好きなんだよ」

 ひなたは走り出していた。ユキナの泊まる宿屋を目指して。

「両親を失い、兄を失い、ユキナは孤独の淵にいる。お前になら分かるだろ。孤独がどれほど激しい痛みを伴うか。だから、頼む。あいつを救ってやってくれ」

 必死に叫ぶハム吉に対して、ひなたは冷静な口調を崩さない。

「同情はしますが、約束はできません。彼女は僕の仇の妹なんですよ」

「仇であると同時に親友でもあるんだろ?」

 ひなたは苦々しげに顔を歪めた。こいつはどこまで知っているのか、という不気味さも込めて、彼は口を開く。

「“あった”です」

「無理を承知で言っている。でも、昨晩も言った通り、ユキナは俺の恩人だ。俺の孤独を癒したのはあいつだ。だが、悔しいことに俺ではユキナを救えない。あいつには、自分を守ってくれる“兄”が必要なんだよ。ユキナが言うには、いや、お前も知ってるか。昔のフブキは今とは丸っきり違う存在だったんだろ? とても優しくてとても強くて、いつも自分を守ってくれた、って言ってた。だから、あいつはずっとずっと追い求めてるんだよ。一度ぶち壊された自分の世界を取り戻してくれる……自分が心の底から甘えられる存在を。もう一度手に入れたいんだよ。優しい兄貴をなぁ!」

「それは僕の手で掴める量を越えています。フブキに頼むべきことです」

「わかんねぇやつだな。俺はお前がその代わりになってくれと言っている」

「だから、僕は――」

「御託はいい」

 ハム吉は凛とした声で言い放った。




「俺はお前を信じている」




 ひなたは、唇をかみ締め速度を上げた。別にハム吉が振り落とされても良い気持ちで駆けた。まるで風が吹き抜けていくように、鋭い速度で進んでいく。


「それは、なんともずるい一言ですね」


 その言葉も風と共に掻き消えた。

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