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エピローグ『日向に降る雪』

 そして、最終局面を迎える1年後の話にようやく移るとしよう。


 事態を転がせたのは、やはり彼だった。

 彼の一言によって、全てが収束されていくことになる。 




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「あなたは、お兄様と一緒にいるべきです」


 さくらたちを外に出し、ユキナと2人きりの空間を作ってもらったひなたは、彼女を前にベッドに座り込んでいる。お腹部分に包帯をぐるぐる巻きにしながらも、なんとか歩けるようになるまで回復した彼はユキナの頭をなでながらそう言った。

 彼女は初め、何を言われているのか分からないといった顔をしていたが、彼の顔に本気の思いを読み取り、迷うように視線を動かした。

「……えっと」

「家族は大切にしなければなりません」

 ひなたの言うことは分かる。分かるが、ユキナはどうしても目の前にいる男と別れることなどできそうになかった。自然と涙が零れる。

「でも」

「僕では、フブキの代わりは務まりません」

 そう言って、ひなたは棚の上に手を伸ばした。そこには小瓶に入った薬があり、彼はそれを手に取るとユキナに渡そうとする。

「これは、さくらが作ってくれた“解毒剤”です。きっと効くと思いますから、それをフブキに飲ませて、2人で一緒にくら――」

「……だ」

 ユキナはそれを受け取らず、弱々しく首を振った。

「……やだ」

 ひなたは彼女の手をとると、無理やりにそれを握らせる。ユキナはふるふると震えながら、



「嫌だっ!」



 と叫んだ。

「……ユキナさん」

「ひなたと一緒じゃなきゃ嫌だ!」

 まるで子どものわがままのようだった。泣きじゃくるユキナを見て、ひなたは、こみ上げる得体の知れないものを押し殺し、ふぅ、とため息をついた。

「あなたには幸せになってもらいたいんです」

「だったら……!」

「あなたを幸せにする人物は僕ではありません」

 彼は喉元まで押し寄せたそれを無理やりに飲み込み、毅然とした言葉で言い放つ。

「これで永遠の別れ、というわけではありません。僕はアンフォールにいます。大丈夫。また会えます」

 ユキナは拳を握り締め、これ以上なくまいと歯をかみ締めた。

「……だからね」

ユキナは俯きながら小さな声でなにかを言った。

「何ですか?」




「……約束だからね!! 絶対、会いに行く。会いに行くから! だから、待っててよ!」




 そう言って、顔を上げるユキナ。彼はその顔に向かって笑顔を向けた。

「はい、約束です」

 ユキナはひなたの笑顔を目にしっかりと焼き付けてから彼に背を向けた。両手で大切そうに小瓶を持ち、部屋から出ようとする。

 そうして一歩、外に踏み出したときだった。

「あ、待ってください、ユキナさん」

 彼女は足を止め、しかし振り向くことはない。

「忘れ物です」

 ひなたが彼女に歩み寄り、手渡したのは例の短剣だった。ユキナは思わず振り返り、それを彼の手から受け取る。そこには、いつもと同じ笑顔のひなたがおり、一方のユキナの顔は涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。


「元気でな、ユキナ」


 ひなたは砕けた口調でそう言って彼女の頭をぽんと叩いて背を向けた。ユキナは驚いたように一瞬だけ動きを止めたが、またすぐに彼に背中を向ける。

 お互いに背中合わせの状態で彼女は口を開いた。

「……うん。またね、ひなた」

 ユキナは、もう振りかえらなかった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「良かったの?」

 ユキナが出て行ったのを見届けてからさくらとみなみが部屋に戻ってきた。

「まぁね。うちのお姫様には、似合いの王子様がいるってことだ」

 ひなたはおどけたようにそう言うと、ベッドに寝転がって目を閉じた。普段の彼に似合わず、そのようなおどけた口調でものを言ったのには理由がある。そうでもしないと、だめだったのだ。今にもその目から涙が零れそうで、だめだったのだ。さらに、その目が潤んでいたことを誰にも気づかせないように急いで目を閉じるほどの徹底振りで、彼は自分の中にその感情を閉じ込めた。

「……それよりも」

 そう言って、目を閉じたまま口を開くひなた。

「何で、ここにいるんだ? ハム吉」

 ひなたの頬の傍、枕の横にハム吉が座っていた。ひなたは自分に襲い掛かっていた悲しみとも寂しさとも言いがたい、得体の知れないものが完全に去ったのを感じて、片目を開けた。

「あの女についていかなくていいの?」

 みなみがハム吉の頭をなでながら言う。その言葉にはとげがあったが、当初に比べて随分と柔らかくなったようだ。

「ああ。ユキナの幸せそうな顔はしっかりと拝見したからな」

 ふ〜ん、とひなたが興味なさそうに目を閉じる。

「だから、今度はな」




「お前が幸せになるところを見届けないとな」




 ハム吉の一言に、にやりと笑うひなた。彼の言いたいことが理解できたのか、ひなたは身体を起こすと、お目当ての人物に視線を動かした。

「はいはい、分かったよ」

 そう言って彼はゆっくりと右手を動かして、さくらの手を握った。

「へ?」

 あまりに突然のことで、戸惑ったように彼の目を見つめ返すさくら。

「一緒に帰ろう、さくら」

 ひなたは、さくらの方に顔を向けて柔らかい笑みを作った。

「え? それは、もちろん、そのつもり、だ、けど……」

 隠しきれない動揺が零れだすさくらを前にして、ひなたは首を横に振ると、こほん、と咳払いをした。その顔が、薄く染まっていく。



「あなたと一緒に暮らしたい、という意味です」



 ひなたは照れを振り払って、さらっとわざと素っ気なく言う。



「これからもずっと、僕のそばにいて欲しい」



「……あ、えーっと、あ、あの……え? え? ええ!?」

 ひなたの言葉の意味するところに気づいて、さくらの顔はこれでもかというくらい赤くなった。



「こ、こここ、こちらこそ、お、お願い、します……」



 頭から湯気が出そうなほどに赤くなったさくらの口からそれを聞いたひなたの顔は幸福に満ち溢れた顔になった。

「よっしゃ!!」

 ハム吉が叫びながら手をたたく。

「あっ、でも……ですね」

 既に宴会気分のハム吉を制するように、ひなたが付け足す。そして、もう1人、この病室にいる人物に目を向けた。

「2人きりというわけにはいきません」

 さくらはちょっぴり残念そうな顔をしたが、予想はしていたのかひなたの大切な人のほうに目を向けた。



「みなみも一緒に。な?」



 ひなたの言葉に、みなみは笑顔で涙を流しながら彼に飛びついた。

「ちょ!! ちょっと待った!! き、傷が!!!」

「ひな兄ぃ!! ありがと!! ずっと一緒だね!!!」

 ひなたの言葉など耳に入っていないようで、ぎゅーっと彼を抱きしめるみなみ。

「わ、わかったから……み、みなみ。痛い」

 ひなたは必死に抵抗するが、怪我で体が思うように動かない。それに痛いのは痛いのだが、それでもひなたは笑顔だった。






 そして、そんな彼を見ながら彼女は想う。


 自分が記憶を取り戻したことは、まだ彼には言わないでおこう、と。

 たとえ自分が父親を刺して逃げ出した、という事実を知っても、彼は変わらず接してくれるだろう。


 問題はそこじゃないのだ。


 問題なのは自分が記憶を取り戻したことを聞いて、彼に“本当の名前”を聞かれたときだ。


 それは、とても困る。

 あたしは、さくらでいたい。

 彼がくれた名前だから。


 彼女はひとつの秘密を抱え、彼にそっと近づき、みなみを彼から引き剥がすと――



 その唇に、自分のそれを押し当てた。


 乱暴で、それでいて優しく。


 満ち溢れる幸福の中で、彼女は思う。



 それに――




 あたしが“彼と同じ名前”だとお互いに呼ぶときに困るものね。


 1つに重なった2人のそれは、やがてゆっくりと離れていく。


 


 あたしは、さくらとして、ひなたと一緒にいたいもの。






 目を見開いて口をぱくぱくと動かすひなたを悪戯っぽい笑みで見つめて、さくらは自分の想いをそう完結させた。


 さくらはひなたの頬に触れ、柔らかく微笑んだ。

 つられてひなたも微笑もうとしたが、嫉妬の瞳をみなみに向けられ、どきまぎとした不器用な笑顔にしかならなかった。

 ハム吉の口笛が響き、再び部屋中に笑顔が広がる。部屋の中の全ての存在が笑顔になり、誰一人として嬉しさを隠そうともしない。




 彼は今、ようやくひとりぼっちの闇を抜け出た。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「ほらみろ。やっぱ俺の居場所なんてねぇよ。惚気られる身にもなれってんだ」

 ぽつりとつぶやいた“カゲ”は、足早にその場を去った。

「幸せに、な。……ひなた」




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 病院内廊下。


 ひなたの病室を出てフブキのいる監獄に向かう途中、ユキナはある男に呼び止められた。

「それ、だけどな」

 声のする方を見ると、そこにはだいちが立っていた。

「ん?」

「その短剣」

 ユキナは手にしていた短剣とだいちの顔を見比べた。

「それ、もともとは私がひなたにもらったものなんだ。政府への入隊記念に、新たな旅立ちへの贈り物としてな」

「え? でも、これ私が……」

「拾っただろ。あの場所で」

 だいちはにっと笑い、言いたいことは全て言い切ったとでもいう風にユキナの視界から通り過ぎてゆく。

「それは、もう君のものだ」

 その背中を見つめながら、ユキナは彼の言いたかったことはなんなのかを考え、声を上げた。

「ど、どういうこと!?」

 彼女に上手く伝わっていなかったことで、ずるっとこけかけただいちは、呆れ顔で振り返った。

「ここは格好良く立ち去るところだろう」

「だって……」

「いいか。それは君が手に入れたとき、実際は私の所有物だった。しかし、もともとはひなたのものだった。つまり、それは私を介してはいるが、ひなたから君への“新たな旅立ちへの贈り物”ととらえても良いんじゃないか、ってことだ」

「ええ……?」

 ユキナは納得いかない風にだいちを見つめるが、彼は肩をすくめると再び彼女に背を向けた。

「自分にとって都合の良い解釈が善い結果になることも、ままある。そう思うことで、君が少しでも救われれば、と思っただけだ。気にするな」

 ひらひらと手を振りながらだいちは去っていく。

「しばらくはみかげを追うことにする。ひなたは…………君に黙って捕らえることはしない」

 最後に告げられた言葉を聞いて、ユキナは深々と頭を下げた。




「ありがとう!」

 


 

 その言葉を最後にユキナは駆け出した。短剣と小瓶をそれぞれ片手に持って。2人の大事な人のことを考えながら、ユキナは走る。




 彼の元から彼の元へ――。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 窓の外では、もうそんな季節になったのかぱらぱらと雪がちらついていた。


 風に誘われて、雪がふわりと揺れる。


 太陽の日差しが、地面に陽だまりを作る。


 いくつかの日向が微笑みを浮かべて、舞い落ちる雪を見上げている。



 雪が、日向に、降る。



 その光景は、彼を、彼女を、あたたかくさせる。






 もう、誰も“ひとりぼっち”じゃない――。




 Fin

約2ヶ月に渡り、ようやく完結を迎えました。


思ったよりも長くなってしまったというのが本音です。

草稿時点では、word換算で150ページくらいだったんですが、書き足し書き足しで、結局180ページを越えることになりました。

(別のテキストに走り書きしたのを含めると、きっと200ページを優に越えます)


前半(みかげ編)と後半(フブキ編)で区切って、2巻構成の長編小説として投稿すれば良いかなとも思ったんですが、余章の件もあるし、最後までつっぱした方が良いだろう、ということで1つにまとめることにしました。



さて、ちょこっと読み返してみましたが、どうも投げっぱなしの伏線がちらほらありそうな気がしないでもないです。

回収しきれてない、かな……。


ですが、一応これで完結です。


拙い上に、長い作品でしたが、ここまでお付き合いいただきまして、ありがとうございました。


もしかすると、番外編「日向の降る雪」を短編で書くかもしれませんので、

そのときは、またよろしくお願いいたします。


最後にもう一度、皆さま本当にありがとうございました。(彩月空)

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