余章『彼らの場合』
――某日。彼が彼女と出会った日の話。
「聞きたいことがある」
男の凛とした声が響いた。
「なんだ?」
その声に気だるそうな声が答える。どうやら、この場には2人の男がいるらしかった。
「今日、1人の少女と出会った。“ひとりぼっち”になってしまった、と言っていた」
最初の男が言う。後半は怒りで声が震えていた。もう1人の男が、それに対して淡々とした口調で答える。
「それがどうした?」
「お前が、やったのか?」
問いただしているのは蒼い髪を持つ男で、訊ねられている紅髪の男は不機嫌そうに鼻を鳴らした。いつも苛立たしそうなのだが、今はより苛立っている風にみえた。それを示すかのように、煙草に火をつけようとして、何度か失敗する。
「証拠でもあんのかよ?」
「そんなものはない。だが、お前がここに帰ってきた日にちと、あの子がここに彷徨ってきた日にちとを考えて、お前がやったとしても充分可能な範囲内だと判断したから、カマをかけてみた。……そして、お前の態度でだいたい分かった」
「あ?」
「また、どっかの町か村かを1つ消したな?」
紅髪はようやく火のついた煙草をふかすだけで、何も答えなかった。それは肯定の合図であり、蒼髪はいきなり彼の頬を殴りつけた。
「何すんだよ」
「黙れ」
「手前だって、散々――」
続きはうめき声に変わった。もう1発。蒼髪が拳をねぐりこませたのだ。
「今更善人ぶっても、もう遅ぇんだよ」
紅髪が煙草を吹き捨て、それが蒼髪の頬をこがした。
「そんなことは」
「分かってねぇ!」
夜の闇の中に2人の男の叫び声と肉体がぶつかり合う音が響いた。それは、彼らが倒れるまで続くことになる。
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――某日。彼女が彼らにすっかり馴染んだころの話。
「は?」
月明かりがわずかにしか入ってこず、お互いの顔すら見えない森の中、2つの影が対峙していた。
「俺は、もうすぐここを出て“やつ”を追う」
1人が軽い口調で言った。もう1人は震える拳を握り締めながら答える。
「追ってどうする?」
「殺すに決まってるだろ?」
聞くまでもないだろう、という意味合いを暗に含んで、そう即答した声は感情のこもっていない声だった。
「そうか」
1人が言う。その声は幾分、諦めの思いが込められていた。
「あいつを殺さないと、俺はだめなんだよ」
「……」
「隙間を埋めるには、あいつを――」
「分かった。もう、いい」
1人は刀を抜き、それを見たもう1人が拳銃を構えた。
「準備が整い次第、出る。止めたきゃ、命賭けな」
「ああ、そのつもりだ」
銃声が、闇夜に吸い込まれた。
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それから、数日が過ぎた。
その間にさらに一悶着あったのだが、それはまた別の話とつながり、ここで語るのは適切ではない。いつかまた、語るときもくるだろう。
「……行ったか」
夜の闇の中、1人の男の声がする。
いつも“あの男”が寝泊りしているテントはそのまま残されていたが、その中は空だった。
いや、正確には1枚の紙だけが残されていた。男はそれを読んで、拳を握り締めた。手の中にあった紙がくしゃと潰れる。
手前は手前で動けばいい。
俺は俺のやりたいようにやるだけだ。
“あいつ”の言葉を借りるなら、俺は俺の正義を忠実に実行する。
いいか、ひなた。
手前と俺は違う。
俺は確実に狂っちまったんだと思う。
俺は手前が最も敏感な“ひとりぼっち”の人間だ。
だから、俺がやる。
手前は、そこで平和に呆けてろ。
体の震えが止まらなかった。
もう誰も殺したくはなかった。傷つけたくもなかった。それが虫の良い話であることは知っていたし、それを言う資格が自分にはないこともよく知っている。
けれど――
ひなたは自分を取り巻く人たちの顔を思い浮かべる。ここで黙ってみかげを放っておけば、それこそ大罪に当たると思えた。彼はやると言ったらやるやつだ。きっと、いつになるかは分からないが、確実に“あの男”を殺すだろう。
そうなったとき、果たして自分は今頭に浮かんだ人たちの前で、心から笑うことができるだろうか。
仇に同情のようなものを抱き始めた自分を自嘲的に笑うと、ひなたは決意を込めた眼差しを空に向けた。
ここから見る空は、今日で最後になりそうだ。
――ひなたとみかげが、ひとりぼっちになった。




