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八章『彼女は彼に救われる(4)』

 少女が目を覚ますと、青い空が見えた。瞳にたまった涙を拭って、ゆっくりと体を起こす。木々が揺れる音が耳に入り込んでくる。こんな森の中を、幼い少女がいるというだけでも不思議なのだが、彼女は荷物を一切持っていなかった。どうやら旅人というわけでもなさそうだ。

 太陽が雲の隙間からひょこっと顔を出す。と、ひゅーっと彼女の髪を一陣の風がなびかせた。少女は無意識のうちに(そう、それは確かに無意識だった)目線を風が吹いてきた方向にやり、そこに心を静めて精神を統一させている男の後ろ姿を見つけた。彼は蒼い髪の毛を持っていて、少女よりは年上のようだが、まだ幼さの残る顔をしていた。

 ぴくっと彼の眉が動く。

「誰だ?」

 彼は目を閉じたまま言う。無論、先ほど眉が動いたことも、彼が目を瞑っていることも、少女の立っている方向からは分からない。少女は慌てて木陰に身を隠す。

「隠れても無駄だ」

 彼は依然として目を閉じたまま静かに言う。少女は観念したのか、木陰から出てくると男のほうへ近づいていく。

「女か? ……どうしてこんなところにいる?」

 男は後ろを振り返ると、片目だけを開けて少女の姿を捕らえた。腰にさげた刀がやや不釣合いではあったが、年齢の割りに大人びているようだった。

「わ、私……」

 少女が口を開く。その声は若干震えていた。男は自分の周りにあるものが全て敵であるかのようにかなりの殺気を身にまとっていたのだが、その雰囲気も次の瞬間、一変する。


 少女は泣いているようだった。


「な、泣くんじゃねぇよ」

 男はさっきまでの殺気を取り払い、少女の元に近づいていって頭をなでてやる。

「私……ひとりぼっちになっちゃった」

 あまりにも突然の告白。

「お母さんも、お父さんも……私……」

 男は戸惑いながらも少女の涙を指で拭ってやる。

「えーっと、まぁよく分からねぇが、行くところがないならここにいてもいいぞ」

 その言葉を聞いて、少女の顔が、ぱぁっと明るくなった。

「いても……いいの?」

「ただし、僕の修行の邪魔をするなよ?」

 男はそう言うと、すたすたと森の奥に入っていく。少女はそのあとを小走りでついていった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「こ、こんな重いの……も、持てない」

 少女は見よう見まねで丸太を持とうとする。しかし、丸太はぴくりとも動かず、少女はただ唸るばかりだ。

「おいおい。お前じゃそれは無理だろ」

 男は自分の体の何倍もある丸太を片手に1つずつ持ち、それを持ったまま彼女の前をどんどんと進んでいく。

「わ、私も強くなりたいの!」

「あ?」

 男が振り返ると、少女は未だに丸太を持ち上げようと奮闘しているところだった。

「強くなってどうするんだよ?」

 男は足を止め丸太を置く。ズシッという音が辺りに響いた。

「分からないけど」

「なんだよ、それ……」

 男は呆れ気味に言って、ため息をついた。

「じゃあさ、じゃあ、えっと……」

「どうした?」

 何かを言おうとして、口をつぐんだ少女に向かって男が言う。

「お名前、なんだっけ?」

 少女が首を傾げる。その姿を見て男は小さく笑った。

「あぁ、ひなただ」

「ひなた……ひなた……」

 少女は何度も何度も呪文を唱えるかのように“ひなた”と繰り返した。

「お前は、なんて名前なんだ?」

「えっとね。私は……みなみ」

 少女は明るい笑顔でそう言った。

「そうか、みなみか」

 ひなたは微笑みながら言う。そして、ふとこんなことを思った。

(こんな気持ちになったのは、随分と久しぶりだな)

「それでね、えっと……ひな兄?」

 みなみは明るい声でそう言った。

「あ?」

 みなみの言葉に、ひなたは口をぽかんと開けた。

「えっと、えっと……ダメ、かな? ひな兄って呼んじゃ……」

 みなみの顔は真っ赤だった。ひなたはそんな顔を見て、嫌だ、と言えるはずもなく、

「好きにしろ」

 と、敢えてぶっきらぼうに答えた。その返事を聞いて、みなみは満面の笑みを浮かべて、ひなたの腕にしがみつく。

「おいおい!」

 ひなたは抵抗するような素振りをみせたが、みなみがとても幸せそうな顔をしているので、無理やり引き離すというようなことはしなかった。

「あっ、それでね。さっきの続きなんだけどね」

(さっきの?)

 ひなたはさっきのことが何だったかを思い出そうとしたが、彼が思い出す前に彼女が言葉を続けてくれた。

「ひな兄は、なんで強くなりたいの?」

(あぁ、その話ね……)

 みなみの言葉で先ほどの会話を思い出したひなたは、その問いに答えようとした。

(ちょっと待てよ)

 しかし、なんと答えればよいのか分からなかった。

(この子に、それを話すのか……?)

 仇を討つため、という危険極まりない理由を、目の前にいる無邪気な子に話しても良いものだろうか、とひなたは苦悩した。

 そして、そのせいでしばらく何も答えないひなたに疑問を抱いたのか、みなみが語気を強めた再び訊ねた。

「ねぇ! なんで?」

 無邪気だな、とひなたは思った。まさか目の前にいる男が、蒼風という名で怖れられている悪党だとは微塵も疑っていないような輝いた瞳をしていた。

(ひとりぼっちになったっていうのに、こんなにも楽しそうにしていられるのか)

 ひなたはみなみの顔をじっと見つめる。それに特に意味はなく、ただ考え事をしていただけであったのだが、彼に見つめられて照れてしまったのか、みなみは朱に染まった顔を背ける。

(僕は何をやってるんだ。あいつみたいに暴れまわっても意味なんてないじゃないか)

 最近はみかげに感化されたのか、ただひたすらに暴れまわっていた自分を冷静に見返してみて、彼は呆然とした。確かに仇を討つために強くはなりたかった。

 けれど――。

 彼の胸を激しい後悔が襲う。仇を捜すために情報をかき集め、仇を討つために腕を磨く。そのためにいくつもの悪事を働いてきた自分を省みて、彼は自分を殴りたい気持ちになった。

(僕が殺してきた人たちにも、家族はいたんだよな……)

 それは当然のことであるはずなのに、ひなたはそれを失念していた。危うく、自分を止めることができないところまで連れて行ってしまうところだった。なるほど。だいちが僕たちと離れた理由は、そこにあるのかもしれない。ひなたはそう考え、首を横に振った。

 そして、ふとひなたは先ほど、みなみが自分を“ひな兄”と呼んだことを思い出す。

(もしかして、この子は家族が欲しいんだろうか……)

 みなみはようやく顔の火照りが収まったのか、背けていた顔を元に戻す。

(いや、家族のぬくもりが欲しいのかもしれないな……)

 ひなたは何も言わず、そっとみなみを抱きしめた。生き別れになっていた妹を優しく抱きしめる兄のように。

「えっ! ちょ……ひな兄!?」

 せっかく落ち着いたというのに、また顔が赤みを帯びていく。ひなたはみなみを抱きしめたまま言った。




「大切な人を守るためかな?」




「ええ?」

 そうして、ゆっくりと体を離すと、みなみの顔をじっと見つめた。

「僕が強くなりたい理由」

 守りたい。その言葉に嘘はなかった。初めは、そのつもりで戦ってきたのではなかっただろうか。

 自分たちと同じように“ひとりぼっち”になった人たちを守りたくて、あるいは自分たちと同じように誰かが“ひとりぼっち”になってしまわないように、戦っていたのではなかっただろうか。それがいつしか、ただ強くなりたい、という気持ちが大きくなりすぎて……。

 真っ赤な顔で動転しているみなみが目の前にいて、彼は微笑みを浮かべた。

(久しぶりに、帰ろうか)

 ひなたは立ち上がってみなみに手を差し伸べた。

(“あいつ”に会えば、少しは救われるかもしれないし)

 彼女もそっと彼の手を握り返してきた。

「行こうか」

「どこへ?」

「うちへ」

 ひなたは、にっと笑う。みなみは、こくんと頷くと、彼の手を握る力を強めた。

「あ、そうだ」

 そして、ひなたは何かを思いついたように声をあげた。そして、意地悪な口調で言う。

「新入りは、今日の夕食当番だな」

「え?」

 ぴたりと動きを止めたみなみを見て、ひなたの方が驚くはめになった。

「どうした?」

「料理、したことない……」

 それを聞いて、ひなたは、ははっ、と声をあげてわらった。一方のみなみは馬鹿にされたと思い、ぷくっと頬を膨らませる。

「大丈夫。うちには料理の得意な“先生”がいる」

 みなみは、まだむっとした顔をしていたが、内心、とても楽しかった。ひとりぼっちだった自分を救ってくれた人を見つめ、さっきまで泣いていたことも忘れて彼女は微笑んだ。

 



 そして、そのまま倒れた。

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