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八章『彼女は彼に救われる(3)』

「なるほど。ただの可愛い妹ではないわけか」

「彼女もなかなかにきつい過去を持っていますからね。やや屈折しているのは見逃してあげてください」

 みなみの顔を拭いてやるために取り出した大きめの布と、着替えのためのユキナの服(もしかしたら、すこし大きいかもしれないが、それでも今着ているものよりはましだろうと判断した)を手に、ひなたとハム吉は車の中から3人の様子を観察していた。

「女って怖ぇな」

「人間は皆怖いですよ」

 そこで、ひなたとさくらの視線がぶつかった。困ったような視線を向けたさくらを見て、ひなたは小さく笑う。

「助けてくれ、とのことです」

「そうか。確かに一触即発って感じだもんな」

 ハム吉は苦笑を浮かべたが、ひなたは顔を引き締めると低い声で語る。

「みなみは多分ユキナさんと同じか、それより年下だと思いますが、あの歳で充分に戦えるくらいに鍛えています。僕が教えたわけですが……。さらに、僕を追って町を出た、ということは数年ほど旅をしていることになります。その間に見たくないものが見えたり、聞こえたくないものが聞こえたりしたんじゃないでしょうか」

「ん?」

 急に語りだしたひなたの言葉が、これまでの流れと無関係な気がしてハム吉は首をかしげた。

「つまり、彼女は見た目よりはるかに大人で、はるかに冷静に物事を判断できる、ということです。ユキナさんは実戦経験も少なすぎますし、事が起これば、確実にみなみはユキナさんを捕らえることが可能でしょう。けれど、踏みとどめるべき場所はきちんと理解していると思います。彼女は試しているんですよ。ユキナさんが、どの程度の挑発に食いつくくらいの存在なのか。もっと言えば、彼女は自分が認めるに足る人間なのか、ということを」

「ほぉ……。っつうことは、俺らはどうすればいい?」

「できることなら、もう少し成り行きを見守りたいところです」

 そんなひなたの顔を見上げてハム吉はため息混じりに口を開く。

「だがなぁ、ひとつだけ言っていいか?」

「なんでしょう?」

 ひなたが問いかけると同時に前方で火花が散った。みなみの刀とユキナの短剣がぶつかったのだ。

「うちの姫は、我慢をしらない」

 ハム吉のつぶやきに、ひなたは急いで外に足を踏み出した。

「そうでした。うちのお姫様は“何も”知らないんでした」




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「何で、あんたみたいな弱そうなのがひな兄と一緒にいるわけ?」

「弱そう?」

「うん、弱そう」

 ユキナは、ふふん、と自慢げに鼻で笑うとポケットから自らの手配書を取り出して、彼女の目の前に広げて見せた。例の脱走により、懸賞金は少し上がっている。3,200万S。それが今の彼女の賞金額だった。

 もともと手配書にはそれ自体がある程度の力を持っている。手配書には顔写真、賞金額、名前が書かれている。と言うことは、だ。手配書が出回ると言うことは自然と自分の噂が広がるということでもある。つまり、それは戦いを有利に進めることにつながる。なぜなら、手配書を相手に見せるといった行為、あるいはそこまでせずとも名前を言うだけの行為であっても相手を怯ませるのに有効であるからだ。例えば、知名度が上がれば、それによって戦うことなく相手が怖れをなして逃げ出す、といったことも十分にあり得るということだ。

 ただ手配書を見せるというのは、まだ自分の名声に不安があることの表れでもあった。相手に信じ込ませるためにはきちんとした証拠がなければままならない、と自分の手で示しているようなものだからだ。ひなたやみかげといった高額の賞金首は、手配書どころか名乗らずとも顔を見ただけで相手が逃げ出すほどだ。

 手配書には、そういった効果があるという点で、悪党たちは自分の額が上がるたびに喜びをかみ締める場合もあった。

 そして今回、ユキナにそのような知識があったかは別にして、彼女は手配書を示した。3,200万Sならば、一部の者を驚かせる程度の威力はあるだろう。

 しかし、残念ながらみなみには通用しなかった。

「たかが3,200万で何自慢してんのよ?」

「う……」

 ユキナはそう言われて手配書をそそくさとしまうと、短剣を抜いた。

「抜いたね?」

 え、という間もなかった。

「先に仕掛けてきたのはあんただからね」

 瞳をぎらぎらと光らせながら、みなみが言う。短剣があっという間に抑えられ、じりじりと後退していきながら、ユキナは額に汗を浮かべた。

「あんた。それの使い方知らないでしょ? 戦い方も知らないくせに、そんなもん持ってるんじゃないわよ」

「うるさい」

 体格もさほど違わないというのに、この力の差はなんなのだろう。ユキナはそう思いながら、このままではどうしようもないと感じた。

 2人が急に戦いだしたのを見て、さくらは慌てて止めに入ろうとするが、車のドアが開いた音に気づき、そちらに顔を向けた。

 こんな状況にも関わらず、にこやかに笑みを浮かべたひなたが出てきて、さくらに小さく手を振った。

(さっさと止めなさいよ)

 目でそう合図して、ひなたが頷く。彼はさくらに近づくと、車から持ち出した布と服を手渡した。

 そしてすぐさま、彼女の目の前を風が吹きぬけた。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




「あれ?」

「ふぇ?」

 いきなり足場を失ったみなみが声を上げ、自分を押さえつけていた力が消えたことに驚いたユキナが間の抜けた声を漏らした。

「あまりユキナさんをいじめないでください。うちの大事な“お姫様”ですので」

「だって、ひな兄。こいつ、むかつくんだもん」

 みなみはふくれっ面でじたばたと暴れた。ひなたが彼女の襟首を掴んでひょいと持ち上げた姿は、悪戯を見つかり兄に捕まえられた妹そのものであった。

「ユキナさんも、そんな物騒なものはしまってください」

「ん、あ、うん」

 殊勝に頷いて、ユキナは短剣をしまった。それを見てひなたは満足げに頷くと、つづいてみなみに声をかける。

「みなみもしまいなさい」

「でも!」

「しまいなさい」

「う……はい」

 みなみが刀を鞘に戻すのを確認してから、ひなたはみなみを地面に下ろした。それからさくらから布を受け取ると、乱暴に顔の汚れを拭ってやった。

「さくらの持っている服に着替えなさい」

 ひなたは布をみなみの頭にかけると、次にユキナに向かっていき、軽く頭を下げた。

「お騒がせしてすみません」

「ん、いや、別に」

 ユキナはまだ不機嫌ではあったが、ひなたに頭を下げられ、困ったように手をふった。

「では、仲直りしましょう」

 唐突に屈託なく笑ったひなたは、その言葉で全員の注目を集めた。さくらとハム吉は呆れたように額に手を当て、ユキナとみなみは頬をひくつかせた。

「ま、まぁ、ひな兄がそう言うなら、あんたと仲良くしてあげてもいいけど?」

 みなみは意外にも素直にすっとユキナに近づくと、右手を差し出した。

「偉そうに……」

 ユキナはそれに応えて彼女の手をつかむ。



 

 それはもう持てる力全てを右手に集約して思い切り握る。



 

 みなみも同じことを考えていたようで、2人の手がぎしぎしいうくらいきつく結ばれた。

「離したら?」

「……あんたがね」

 両者とも一歩も引かない様子を見て、

「いい加減にしとけよ」

 ハム吉がそう漏らした。

 


 

 2人の視界の隅で、ひなたの頭が「バカ」という小さな声とともにさくらに叩かれた。

 みなみはそれを見て、なんだか懐かしい思いにとらわれる。そして、目の前のユキナのことなど忘れて、あの日々のことを思い出したのだった。

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