八章『彼女は彼に救われる(1)』
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、こわいいいいいいいいいい!
暗い森の中を走り回りながら少女は涙を浮かべた。それほど長くはない、もともと黒かったのであろう髪を無理やりに染め上げたかのような、なんとも個性的な髪色(水色というか空色というか……)をした彼女は腰の刀を揺らしながら走りにくい森の道を全速力で駆ける。
助けて、助けて、助けて、助けて、助けて、たすけてえええええええええ!
少女が見たのは、化け物、という言葉が最もしっくりくるであろう“人間”だった。表情のない顔、身長よりも大きくみえる剣。見間違えるはずがない。あれは“あの男”だ。
少女は息を切らしながら、どこまでも走る。逃げても逃げてもすぐに追いつかれそうな恐怖にまとわりつかれながらも、彼女は必死に足を動かし続けた。景色が飛ぶように後ろに通り過ぎる。
「あっ」
木の根っ子に足をひっかけ、少女は顔から地面に倒れこんだ。一度、足を止めるともうだめだった。震えが止まらない。立ち上がることもできない。振り返ることもできない。少女は両手と両膝をついた姿勢のまま、がたがたと震えた。
来る、来る、来る、来る、来る、くるうううううううううう!
奴の気配を感じ、少女は力を込めて立ち上がろうとするが、それは失敗に終わった。ぐしゃっと再び前に倒れこみ、彼女はもがきながら後ろを振り返る。顔も服も泥だらけになったが、そんなものに構っていられなかった。
震える手で刀を抜き、なんとか構える。しかし、立ち上がることはできない。腰をついた姿勢のまま、少女は必死の抵抗として刀を構えた。
自分の目で見た事実が信じられない、と思ったのは久しぶりのことだった。
彼女が最後に信じられない人だと思ったのは、風のように走ることができる男だった。しかし、今目の前にいる男はそれすらを軽く凌駕していた。まるで光の速度かと思うくらいの一瞬間のうちに自分に接近してきた男は、やはり無表情のまま小さなナイフを握っていた。そして、そのまま速度を緩めることなく彼女の首をかっきろうとつっこんでくる。
「ひ――!」
そんな少女の叫び声は、かき消されることになった。ナイフを弾き飛ばす金属特有の音が鳴り響いたからだ。
少女は自分を救ってくれた男に視線を動かす。それは彼女が求めた人物ではなかった。むしろ、会いたくない人物であった。
「悪かったな。あいつじゃなくて」
紅い髪を有する男だった。彼は、にやっと笑うと、とんとん、と自分の肩を刀で叩く。少女の記憶によれば彼は銃使いだったはず。いつの間に刀など扱えるようになったのだろうか。
「さて、手前を助ける義理はねぇが、こいつには用がある。手前は目障りだから、さっさと消えな」
舌なめずりをして“獲物”を睨み付けたみかげは刀を構え“獲物”と対峙した。少女は自らがひどく怯えており、そのせいで身体中が震えてしまっていることに悔しさを覚えると、きつく唇をかみ締めたが、彼の言うとおり自分はこの場に似つかわしくない存在だと理解し、何とか身体を引きずって這うようにして逃げ出した。
みかげは少女が消えていくのを確認しながら、取り出した煙草に火をつけて瞳を怪しく輝かせ、表情のない“獲物”に微笑みかけた。
「捜したぜ、フブキ」
“獲物”=フブキは、まるで無駄のない動作で“化け物”が扱うにふさわしい剣をすっと抜いた。
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どこをどう走ったかは覚えていなかった。すっかり日は沈み、もともと暗かった森の中が完全な闇に包まれたころ、息をきらしてたどり着いた場所に少女は身を隠した。そして、恐怖やら疲労やらが限界に達したのか、そこでぱたりと意識を失ったのだった。
目が覚めたとき、いったい何日が経過したのかは分からなかった。ただ、太陽が上に昇っていたことと、自分のお腹の減り具合から判断して、最低でも丸1日は眠っていただろうと結論付けた。これだけ時間が経てば、あの“化け物”もみかげも近くにはいなくなっているだろう。
そう思って安心した少女は起き上がると自分の身なりを見て驚いた。いくら無我夢中であったとしても、この汚れようは凄まじかった。彼女はため息をつくと近くに川や滝がないかと思い、とりあえず歩き出そうとして一歩を踏み出した。
そして、あの音を聞いた。




