七章『彼女たちは語り合う(5)』
「……」
「あの人は、それくらいしでかすわよ」
そう言うさくらにユキナは挑戦的な瞳を向けた。そして、強い意志を持って口を開く。
「ひなたは死なせません」
その声は先ほどまでの少女が発したものとは思えないほど力のあるものであった。さくらは少し驚き、目を細めた。
「死なせません」
「そんなに上手くいくかしら?」
「分かりません」
ユキナは目をそらさずに続ける。さくらはミルクを飲むと、続きを促すように視線を送った。
「これまで、私はひなたや……兄に守ってもらってばかりでした。そして、多分これからも、守ってもらうばかりになると思います。私は弱いから。でも、だからって守ってばかりじゃいけないことはよく分かっています。だから、だから私は――」
「そういうのは良くないと思うわ」
さくらはきっぱり言って、ユキナの額をこづいた。すると、これまで硬い表情だったユキナの顔が徐々に緩んでいく。
「あなた、思いつめると突っ走るタイプみたいね。ん〜ん。やるときはやるタイプって言った方がいいのかしら? ただのか弱い女の子ってわけでもなさそう」
「そ、そうですか?」
「なんていうのかしらね。ひなたと一緒にいる時点で普通の女の子だとは思っていなかったわ。あの人は女運が悪いっていうのかしらね。一癖も二癖もある子にからまれやすいのよね。人が良いからかしら」
さくらは、ふふっと笑って言った。ユキナは反応に困って愛想笑いを浮かべた。と、突然さくらは笑みを消して、ぐいと身体を乗り出してきた。
「ユキナちゃんが考えていることは最後の手段にしなさい。いい? 命を賭ける、っていうのは、そんなに簡単なものじゃないわ。それにね、ひなたはあなたを守りたくて戦うわけじゃない? それなのに、あなたに守られて助かるなんて辛すぎると思うの」
「で、でも、私だってひなたに守られて、それでひなたが死んじゃったら……」
「バカね」
「な、何でですか?」
さくらは笑顔になる。その笑顔は100人いれば99人は見惚れるであろう笑顔だった。
「守られるのは、女の特権でしょ?」
ユキナは、まさに鳩が豆鉄砲を食らった状態になった。ぽかんと口を開け、目も大きく見開いた。
「へ?」
「っていうのは、冗談でね。ん〜、なんて言うのかしら。そもそも、ひなたに守ってもらえるなんて、とても贅沢な悩みだと思うのよね」
「え? えーっと……え?」
さくらはユキナの頬を思い切り引っ張った。ユキナは、いたた、と小さく漏らして頬をさする。
「今のは忘れてちょうだい」
「え? あ、は、はい」
注意深く見れば、さくらの頬はやや朱に染まっていたのだが、ユキナはそれには気づかなかった。頬をさするのに気がいっていた、というのがその主な理由である。
「ユキナちゃんがひなたを守って、あなたが怪我をしたら、きっとひなたは悲しむわ。それが理由じゃ不服かしら?」
「い、いえ……」
有無を言わせぬさくらの声の響きにユキナは頷くしかなかった。でも、とユキナは思い、腰の短剣に手を当てた。もしものときは……。
「そろそろ寝ましょうか?」
さくらはそんなユキナの表情に気づかない振りをして2人分のカップを持って立ち上がった。ユキナは、はい、と答えて一足先に寝室として借りている部屋に戻った。扉を閉め、ベッドに向かう。その途中、ふと気づいたことがあった。
急な訪問にも関わらず、ここは随分と綺麗に片付けられていた。もしかすると、この部屋はさくらが一緒に暮らしていたという少女が使っていた部屋なのではなかろうか。
そう考えたせいで、やや複雑な心境で布団に潜り込んだユキナであったが、連日に渡る騒動による疲労に、ホットミルクで身体が温まったことも合わさって、あっという間に寝息を立て始めたのだった。
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「僕を捜しに、ね……」
そう独り言ちたひなたはベッドに倒れこむようにして寝転がった。彼女には自分の剣術をきっちりと教え込んだはずだ。料理の腕には難点があったが、そう簡単に死にはしないだろう。そう言い聞かせながらも、ひなたは胸の奥に沈んだ錘のような不安を取り除くことはできなかった。
「縁があれば、また会えるだろう」
無理やりにそう結論付けたひなたは、目をきつく閉じ、そのまま思考を閉ざすように眠りについた。
夜が更けていく。
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それから幾日か時がながれることになる。
その間、例の脱走劇により、ひなたとユキナの賞金額は若干あがったという情報を得たが、そんなことは彼らにとってさして気に留めるような事項ではなかった。さらに、みかげがまたどこぞの街を襲ったという記事や、政府側がフブキ・みかげ・ひなたの捕獲に向けて特別部隊を編成した記事なども新聞に載ったが、それもそこまで彼らの心を揺り動かす力を有してはいなかった。
つまり、彼らは無駄に心を乱されること無く久しぶりに平穏な数日を過ごしたのであった。
さて、さくらの治療により、ひなたの傷がある程度の治りを見せたところで、彼らはアンフォールを出ることにした。
さすがにバイクで3人と1匹を運ぶのは不可能だということで、ひなたたちはさくら宅の車を利用させてもらうことにした。アンフォールは狭くて道の悪い場所を抜けたところにあるため、その道を何度も通った経験のある車はどう控えめに言ってもぼろぼろのずたずただった。そもそもこの車は外からひなたが持ち込んだものであり、彼曰く、初めからこのような風体だったと言うが、どこまでが真実であるかは彼のみぞ知ることである。
「では、参りましょうか」
「うん」
助手席にさくらが座り、後部座席にユキナとハム吉が飛び乗って出発の準備が整った。ひなたの旅荷物にさくらの医療道具、それからユキナが家から持ち出した荷物をトランクと座席に分けて置いても、あと1人くらいは余裕で乗れそうだった。
「あてはあるの?」
さくらが問い、ひなたが困ったように苦笑いを浮かべる。
「フブキの場所を特定するのは厳しいだろうから、ひとまずはみかげの動きを追うか?」
ハム吉がひなたの肩に前足を乗せて言い、さくらがそちらに視線を移す。
「でも、みかげの居場所なんて分かるの?」
「ああ。臭いがする」
「そんな能力があるのなら初めに行ってくださいよ」
ひなたがため息をつきながら言い、ハム吉は大声を上げて笑った。
「すまん、嘘だ」
「はい?」
「あのときに政府の本拠地にいたこと、それから、数日前に新聞に載っていたみかげの襲撃事件の位置から計算して、奴が今いるであろう場所を推測すればいい」
ハム吉は、いつもとは違う知的な表情を見せ、ふふん、と笑った。
「それは、本当にできるんですか?」
「もちろんだ。俺が誰だか忘れたか」
ハム吉の自信満々な視線にひなたは苦笑を浮かべて首肯した。
「信じましょう」
ひなたはエンジンをかけ車を発進させる。
「では、ナビは任せます」
「おう」
そして、ひなた一行は進む。新たな波乱の中へと――。




