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七章『彼女たちは語り合う(4)』

 その日の夜。


 眠りが浅かったのか、不意に目を覚ましたユキナは居間の方から光が漏れているのに気づき、のそりと起き上がると足音を忍ばせて部屋を出た。

 廊下をひたひたと歩いて居間を覗く。そこにいたのはさくらだった。机の上に肘をつき、ぼーっとしているように見えた。ひなたはいない。彼女はひとり、ぽつんと座っていた。何をするでもなく、ただそこに座っていた。

 それがユキナには異様な光景に思えた。

「入ってきたら?」

 突然そう言われてユキナは身体をびくりと震わせた。さくらはこちらに視線を向けるでもなく、しかし、確実にユキナに向かってそう言った。そのまま逃げるのも何だか妙なので、ユキナは居間に入ることにした。そして、やや俯き加減の姿勢でさくらの正面に座った。

「眠れないの?」

「あ、いえ。目が冴えちゃって」

「そう」

 さくらの髪をかきあげる仕草にユキナは自然と釘付けになった。綺麗な人だな、という感想を抱き、ひなたは……というところまで考えて、首を強く横に振った。

「どうしたの?」

「何でも、ないです」

「そう」

 さくらは立ち上がると台所へ向かっていた。ユキナはその背中を見送って居間をぐるりと見回した。家具は少ない。食器や衣類もそれほど多くない。随分と長いこと、ひとりぼっちで暮らしてきたのだろうか。そんな疑問が頭に浮かび、それはそのまま口から飛び出した。

「さくらさんは、ずっと1人で暮らしていたんですか?」

「ん?」

 戻ってきたさくらは手に2つのカップを持っていた。どうやらホットミルクのようだった。ユキナは礼を言うと、それを受け取って息を吹きかけた。熱いのは苦手だ。

「そうね。ほとんど1人だったかしらね。でも、ひなたがいた頃はたまに彼が泊まっていたこともあったのよ」

「……」

 さくらはミルクを一口飲み、ふぅ、と息をついた。ユキナも口をつけるが、まだ熱くて、ちょっとしか口に含むことができなかった。

「それから、ほんの少しの間だったけど、あなたと同じくらいの子と一緒に暮らしていた時期もあったわ」

 さくらは遠くを見つめるようにして言った。

「その子は、今?」

「分からないの」

 ユキナの問いにさくらは即答した。その顔は不安でいっぱいといった表情だった。

「ユキナちゃんにどこまで話してもいいのか、正直よく分からないの。でも、いずれは言わなくちゃいけないことかもしれないし……」

 しばし逡巡の時間を置いたさくらであったが、ユキナがごくごくと飲めるくらいにホットミルクが冷めたころ、ゆっくりと口を開いた。

「ひなたが出ていってすぐにね、その子は彼を追って町を出たの」

「え?」

「だからね。ひなたが女の子を連れて脱走したっていう記事を読んだとき、あの子と無事に会えたのかしら、って思ったわ。違ったみたいだけど」

 さくらは悪戯っぽく笑って、小さく舌を出した。付け加えた一言が余計だったことを恥じるような仕草だった。

「……そのことを、ひなたは?」

「気づいてはいるんじゃないかしらね」

 さくらはカップを両手で包んで、それを覗き込むような姿勢になった。

「ここに彼女がいない時点で疑問には思っているんじゃないかしら。まだ、きちんと説明したわけではないんだけど」

「そうですか」

 ユキナはなんとも言えない気持ちになった。

 自分がフブキを捜しているのと同じように、誰かがひなたを捜している。誰かが誰かを捜すということは、世界中の至るところで行われていることだろう。しかし、捜し人を実際に見つけ出せる可能性はいくらくらいなのだろう。その子がひなたを見つけ出せれば、自分も少しは希望をもらえるだろうか。

「ユキナちゃんはお兄さんを見つけて、元に戻して、それからどうしたいの?」

「え?」

 唐突な問いにユキナは固まった。兄を見つけて、元に戻して、それから……。

「一緒に暮らしたい?」

「それは、そうです」

「だったら、ひなたは?」

「え?」

 答えは、いくら考えても出そうになかった。もし、もしもだ。全てが上手く解決し、昔のフブキがユキナの前に帰ってきたとしよう。そうしたら、ユキナは確実にフブキと一緒に暮らしたいと願うだろう。だが、そうなるとひなたはどうなる。出会ってから、それほど長い時間を共に過ごしたわけではないが、ユキナにとって、ひなたと別れることになるなどありえない事態といえた。

「あのね、ユキナちゃん」

「な、なんですか」

 その声に、かなりの真剣さがこもっていることに気づいてユキナは姿勢を正した。さくらはそんな神妙な態度とは裏腹に、何でもないことであるかのようにさらっと言った。


「ひなたがフブキと戦うことになったら、きっとどっちかが死ぬわ」


 それを想像しなかったわけではない。むしろ、ひなたとだいちの会話を聞いていると、そうなるのが必然であるようだった。

 だからこそ、ユキナはそれについてできるだけ考えないようにしてきたのだった。しかし、目の前の女性はそれを許さない。彼女は乾いた声ではっきりと言い切った。




「特に、ひなたはユキナちゃんのために死ぬ気かもしれないわ」

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