五章『彼女は彼の名を呼び続ける(3)』
「いいか。どちらかが倒れるまでは決して発砲するな」
だいちは見物人を退避させた後、ひなたとみかげを遠くから囲みこんでいる部下たちにそう指示を出した。
「それから、怪我人を大至急医務室に」
そして、みかげの発砲により怪我をした人間を医務室まで運ばせた。どうやら死者はでていないらしく、だいちは胸をなでおろした。見物人を避難させるまで、ひなたがみかげの注目を集めてくれたおかげだということは痛いほどに分かっており、だいちは心の中で深く感謝せずにはいられなかった。
「私はちょっと所用があるので、しばらくこの場を離れる。いいか。もう一度言う。どちらかが倒れるまでは何があっても決して発砲するな」
部下たちが神妙な面持ちで頷くのを確認して、だいちはある場所に向かった。
「この借りを返すには、やはり彼女をきちんと守るしかないってことか」
向かう先は、倉庫。先ほどユキナとハム吉を運んで寝かせた場所だ。彼女たちが目を覚ます前に行かなければ、何をしでかすか分からない。
万が一でも、ひなたとみかげの対決の場に現れてしまったら彼にあわせる顔がない。だいちは、やや足早気味に倉庫に向かったのであった。
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さて、そうして再度出会っただいちとユキナたちであったが、彼らはとある場所に移動していた。そこは、ひなたとみかげのいる場所からかなり離れた場所であった。だいちは双眼鏡をユキナに手渡し、それからきつく言い渡した。
「これ以上は近づかないでくれ。君を危険な目に遭わせたくない」
「よぉ、だいち」
双眼鏡を覗き込むユキナの肩の上でハム吉が口を開いた。
「何だ。えー……ハム五郎君」
「ハム吉だ」
「失礼」
わざと言ったのかそれとも本気で間違えたのか分からないほど真面目な顔でだいちは軽く頭を下げた。
「つまり、これはあれか。ひなたの処刑うんぬんは、みかげ確保の作戦の一環だった、と」
「簡潔に言えば、そうなる」
「だったら、さ」
戦闘の様子を見ながら、ユキナが言う。
「ひなたの安全は保証されてるわけ?」
その問いに、だいちはすぐさま答えられなかった。
保証はされて、いない。だいちとしても、ひなたを死なせる気はない。ある程度までみかげを追い詰めてくれれば、その機を生かして彼を捕縛する予定だ。しかし、逆にひなたが追い詰められたとき、だいちは彼を守るために何ができるだろうか。この距離からみかげに発砲したところで、簡単に避けられてしまうだろうことは彼をよく知るだいちにとって確実な事実であった。
要するに、だいちはひなたがみかげに勝つ、ということを前提としているのである。
「その沈黙はいただけねぇな」
ハム吉が言い、その声に反応してユキナが双眼鏡から目を離す。
「ひなたが死んだら、私はあんたを殺す」
だいちは薄く笑うと、先ほど倉庫前でユキナの手から奪い取った短刀を彼女の傍らに置いた。そして、彼女に背中を向けると部下たちが待機している場所へ歩を進める。
「ぎりぎりまでは我慢していただきたい」
軽く右手を挙げて去っていくだいちを穴が開くほど睨み付けてから、ユキナは貴重品でも扱うかのように短刀を手に握ると、再び双眼鏡を覗き込んだ。
「我慢なんかできるわけねぇだろ」
ハム吉のつぶやきはユキナの耳に届いたのだろうか。それは、彼女にしか分からない。
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刀と銃では、圧倒的に銃が有利といえた。事実、みかげの攻撃はひなたの身体を何度か蝕んだが、ひなたの攻撃はみかげにかすりもしなかった。
「ちっ」
顔を歪めて舌打ちをしたひなたは、空いている手にナイフを持つと、みかげから距離をとるため後方に飛んだ。着地と同時にみかげが発砲し、ひなたの右足首をえぐる。それによってバランスを崩したひなたは刀を地面に突き刺すことでなんとか身体を支えるが、次に視界に飛び込んできたのは、銃をしまい両手を空にしたみかげが自分に掴みかかってくる映像だった。ひなたは刀から手を離すと、無我夢中でナイフを奮った。
確かに、手ごたえはあった。
「で?」
ひなたの奮ったナイフはみかげの右腕に刺さっていた。が、彼は全く微動だにせず、傷ついていない左手でひなたの首を掴んで軽々と持ち上げた。ひなたより少しだけ身長の低かったみかげだが、ひなたが宙に浮いたことで彼を見上げる格好になる。苦痛に歪むひなたの顔を楽しげに見上げるその様は、まさに、殺人狂と呼ばれるにふさわしい光景であった。
「弱すぎだろ、手前。この数年、何やってたんだ?」
みかげは地面に突き刺さったままのひなたの刀を抜くと、それをひなたの首筋に突きつけた。ひなたの喉から言葉にならない声が漏れる。
首筋に赤い点ができた。切っ先がひなたの首に小さな穴を開け、そこから血が滴り落ちる。刀にそれが伝わり、地面に染みを作った。
ひなたは自分の首をしめつけるみかげの手を右手で掴むと、左手で彼の顔を掴みにかかった。
「くだらない抵抗だな」
しかし、その左手に激痛が走る。みかげが噛み付いたのだ。あまりの痛さにひなたは悲鳴を上げた。そのまま食いちぎられるかとも思ったが、何本かの指から血があふれ出しているだけで、5本ともくっついたままだった。
「じゃ、そろそろ死のうか」
刀がひなたの首に刺さっていく。ずぶずぶ、と。深く深く……。
「あ?」
が、その手は不意に止まることになる。乾いた音が鳴って、みかげの頭上を弾丸が通り抜けていったのだ。弾丸がかすめたせいで切れた紅い髪が散り、みかげは殺意を込めて弾丸の飛んできた方向を見据えた。
あまりにも遠すぎてよく分からないが、弾丸が飛んできたことから察するに、そこに誰かがいるのは確かであった。誰が撃ったのかは分からないが、勝負の邪魔をされたことに苛立ったみかげは、ひなたを地面に叩きつけ、その顔を踏みつけてから弾丸が飛んできた方向に駆け出した。右手にはひなたの刀を握ったままだった。
地面に倒れこんだひなたには立ち上がる気力さえ残っていなかった。拳を握り、自分の弱さに悔しさを覚えた。かつては互角の強さだった。こうも一方的にやられたことなど、彼の記憶にも、もちろんみかげの記憶にもないはずだ。
ひなたは、目を閉じると、静かに謝った。
みかげを捕らえる手助けができないことを、だいちに。そして、大丈夫だと言ったくせに、それが守れないであろうことを、ユキナに……。




